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4. 朝食

 輿入れから一晩明け、ベッドから起きたレオノラは窓際で朝日を浴びグッと気合を入れる。これからゲルツ宰相と仲良し計画が始まるのだ。


 昨日は結局、理不尽な一言を吐き捨てたベルナールがそのまま部屋を出て行って終わった。

 まぁ、最初から簡単にはいかないだろうと予想していたし。初夜だというのに妻の部屋に来る様子がないのも想定済み。


 本来の新妻ならば、来ない夫を夜通し待ち続け、今頃疲弊していて然るべきなのだろうが。初端から来ないと踏んでいたレオノラは、一応申し訳程度にニクソンに確認を取ってからさっさと寝たので今朝はスッキリである。


『ニクソンさん。ベルナール様は今夜お越しですか?』

『あの…いえ、それが…』

『あ、大丈夫です。分かりました。おやすみなさい』


 ニクソンの申し訳なさそうな顔を思い出す。初夜に新妻を放っておく新郎に胸を痛めてくれたようだ。


 確かに、政略結婚で嫁いできた貴族令嬢としては悲しいところがある。だがオタクとしては、推しといきなり夜を過ごせといわれても無理。恐れ多い上に、心の準備が全くできていない。

 夫婦になったし仲良くなりたいとは言ったが、レオノラ側にもベルナールに対して恋愛的な感情はまだ無い。あくまで、推し、である。


 なので夜の訪問がないのはむしろありがたかった。

 これから夫婦として絆を深め、そういった感情がお互いに芽生えたら最高だと思う。

 だが、もしそういった気持ちが互いにないまま、ヒロインとの再婚をベルナールが考えるなら、それもそれで推しのイベント鑑賞のチャンス。


 要するに、愛情が芽生えれば良し。そうでなくても良し。

 どうなるかはこれから考れば良し。


「あの…奥様、そろそろご朝食のお時間です」

「ありがとう、ケイティ」


 昨晩、レオノラの専属の侍女として紹介されたケイティが、何処か心配そうな目で見てくるのでレオノラはニッコリと笑みを向ける。


「楽しみだわ。ベルナール様と初めて一緒の朝食」

「そ、そうです、か…」


 蚊の鳴く様な声でケイティは思わずレオノラの笑みから目を反らしてしまった。


「た、楽しみにしていただけて、良かった…です」


 ケイティを始め、ゲルツ家の使用人達は新しくやってくる花嫁に対し深く同情していた。歳の離れた若いご令嬢が、遠い領地から王都まで嫁がされるのだ。加えて相手は蛇宰相と忌み嫌われるベルナール・ゲルツ。

 自分達の主人を悪く言うのも気が引けて誰も口には出さないが。彼はモテない。冷たい態度と視線で人を見下してくるから、むしろ嫌われている。

 先代の頃から仕えているニクソン曰く、あの歳まで浮いた話の一つもないらしい。


 きっと妻となる女性にも他と変わらぬ、冷たい態度で接するのではと誰もが思っていた。

 そして使用人達の不安は的中し、ベルナールは遥々遠方から嫁いできた花嫁を労わることもなく、初夜すら放棄した。


 だからこそケイティも、きっと落ち込んでいるだろうレオノラを慰め、何か他に楽しいことを提案して元気づけようと考えていたのだ。


 だが、レオノラは呆気からんと昨晩はさっさと寝てしまうし、ベルナールと一緒に朝食を取りたいと楽しそうにしている。

 その様子が空元気なのか、ベルナールの評判を知らないのか、ケイティは判断しかねた為に、無言で前を楽し気に歩く女主人に付き従っておいた。


「ベルナール様が朝食を食べる方で良かったわ」

「はい。朝はきちんと召し上がってからお出になられますので」

「食べない人だったら、毎日ご一緒するのは夕食にしてもらってたかもだけど。お仕事の邪魔にならないし、朝の方が良いわよね」


 そんなケイティの心情を知らないレオノラは、とにかく浮足立っていた。

 朝食の最中、ジッと相手の顔を見ていたら怒られるだろうか。しかし夫婦がお互いの顔を見るのは決して不自然ではないと言えばなんとか。

 問題はいかにベルナールに対抗するか。


 と、気合十分にレオノラはダイニングの扉を開けた。


 広いダイニングの長いテーブル。そこで既に席についたベルナールが、不機嫌そうに眉を寄せていた。


「ベルナール様、お待たせしました。おはようございます」


 座る姿もまたかっこいい、とレオノラは見惚れる。が、ベルナールは微動だにせず、当然挨拶も返ってこなかった。


「おはようございます!」


 レオノラは再度、少し声を大きくして言ってみる。それでもベルナールは、完全に無視を決め込んでいるのかこちらを見もしない。


 首を傾げるレオノラの姿を横目に、ベルナールは頑として動かないと決めていた。


 彼としては、全く関心を寄せていなかった妻という立場の女に、わざわざ朝から付き合わされる羽目になったということが非常に腹立たしかった。しかも、昨夜のあれは完全に彼が言いくるめられた形だ。

 今朝もベルナールは来るつもりは微動もなかったが、ニクソンに懇願され宥めすかされ、渋々こうして席についている。しかし、本音としてはふざけるなと罵声でも飛ばしてさっさと退室したい気分だ。


 眉をグッと寄せるベルナールに、レオノラは負けじと挨拶を繰り返した。


「おはようございます!………おはようございまーす」


 その様子をハラハラと見守るケイティやニクソン達の視線を受けたが、レオノラはここだけは譲れない、と再度声を張り上げた。

 ここで引き下がれば、ベルナールのレオノラに対する基本姿勢は”無視”になってしまう。

 顔も見たいが声も聞きたいレオノラには、看過できない事態だ。


 引くわけにはいかないが、しかしただ扉付近での挨拶を繰り返しても埒が明かないと判断すると、静かにベルナールに歩み寄った。

 近付く蛇顔に思わずまた見惚れそうになる。なんとも、好みドストライクの顔だ。


「ベルナール様、お顔が見られて嬉しいです。とても素敵ですね」


 言った瞬間に、それまで微動だにしなかった不機嫌顔がグルリと首ごとこちらを向いた。そしてまるで珍獣でも見るような、心底奇妙なものに遭遇したような顔をする。

 

 とりあえず、何か反応が貰えたことにレオノラは好機だとにっこり微笑んだ。


「おはようございます」

「……ああ」


 漸く諦めたのか、ベルナールは短く息を吐くと、小さくそれだけ返事をした。





「ベルナール様。今日はお屋敷の中を見ようと思ってるんですけど、よろしいですか?」

「ニクソンに聞け」

「窓から見たお庭が少し寂しいので、もっとお花を植えたいと思ってるんですが…」

「ニクソンに聞け」


 愛想も素っ気もない。何を話しかけても同じ言葉しか返ってこないが、反応があるだけでも良いスタートだ。そうでなければずっと無視だっただろうから、粘った甲斐があるというもの。


「……ベルナール様は好きな食べ物はありますか?」

「ニクソンに聞け」


 取り付く島もない。しかしその徹底ぶりが、逆に可愛くすら思えてくるから不思議だ。思わず笑いそうになるが、それではあまりに奇妙な人に映るだろうから、なんとか笑みをかみ殺していると、ガタリとベルナールが立ち上がった。


「出る」


 短い一言で周りの使用人がサッと動いた。一瞬なんのことかと目を見開くが、なんのことはない、彼の食事が終わったので宮殿に仕事に行くということらしい。よく見れば、話しかけるのに忙しかったレオノラを置いてさっさとデザートまで完食してしまっている。


 逆にレオノラはまだ料理が全部出ていない。


 食事は途中だが、咄嗟に立ち上がりベルナールの背を追った。


「お見送りします」

「いらん」

「そう仰らずに」


 ガツガツと乱暴に足音を立てながら上着や鞄をニクソンから受け取るベルナール。追ってきたレオノラを振り切るように玄関を出ていく後ろ姿に、気合を入れて呼びかけた。


「いってらっしゃいませ!」


 その瞬間だけ、ピクリと肩を揺らしたベルナールだが、結局一度も振り返らずに馬車へと乗り込み出発してしまった。


 まるで嵐でも去ったかの様にほんの数秒、シーンと静まり返る玄関。その真ん中でレオノラがふぅっと溜息を吐き出すと、それを冷たい夫への憂いと思ったらしいニクソンがおずおずと頭を下げた。


「奥様…旦那様の非礼、どうかご容赦ください」

「え!?あ、いえいえ。もともとこんな感じだと思ってたので。それより、朝食を続けてもいいですか?」

「勿論でございます。奥様はデザートがまだでしたので、すぐにご用意を…」

「嬉しい。いちごのプディングが美味しそうで…そういえば、ベルナール様は甘いものがお好きなんですか?」

「いえ。旦那様は特にお好きという訳ではないのですが、頭が働くから、といつも甘味を用意しております」


 なるほど。合理的な仕事人間らしい発想だ。

 聞きたいことはニクソンに聞け、と本人が言っていたのだから、こうして彼越しにベルナールの情報を集めることはなんの問題もない筈。これからはニクソンと懇意になり、ジワジワと推しの情報を集めて、なんとか仲良くなってやる。


 まずはデザートだ、とレオノラはこれからの推しとの関係に思いを馳せながら食堂に戻った。

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