36. お礼の差し入れ
石造りの城壁に囲まれた真っ白な王城が、高い位置に昇った陽の光に照らされてキラキラと輝いている。上階の方で等間隔に並ぶ窓ガラスも光を反射するものだから、余計に眩しい。
白い光が荘厳さを醸し出すと評判の王城が、最も眩しくなるこの昼時。予定通りに王城に到着したレオノラはその姿を見上げながら、ギュッと二つのバスケットの持ち手を強く握りしめた。
「…よし!行こう」
気合を入れ直したレオノラが今日王城を尋ねた目的はただ一つ。
ベルナールにお弁当を届ける為、である。
ネズミ司書改め、ネズミ補佐官となったクリス。
それも全て、ベルナールがレオノラの我が儘を聞き入れてくれたお陰だ。クリスが期限内に己の能力を証明した結果でもあるが、そもそもベルナールが端から話を聞かない可能性も十分あった。
そのお礼としてレオノラが考えたのが、この”お弁当作戦”である。
今後、定期的にお弁当を差し入れる習慣を作れば、ベルナールとも距離が縮まるし、クリスにも頻繁に会って情報交換ができる。更に、城への出入りの用を作って置けば、ヒロインが登場した後も、城に通って彼女達の様子が見れるのだ。
まさに一石三鳥の名案。
「……まぁ、お礼になるかといえば、怪しいんだけど」
それどころか、お礼になるようなベルナールの望むところが真逆にある気がしないでもない。むしろ、朝食を数日別々に摂ると言った方が喜ぶのでは。
とも思ったが、そんな姿を想像すると微妙な気持ちになるのでヤメだ。
「大事なのは気持ちよね。気持ち」
言葉通り、レオノラは弁当に気持ちだけはたくさん込めた。
ニクソンの協力の元、ベルナールの好物と栄養のバランスを考慮して作られたもので、糖分も摂れるようにデザートまで完璧だ。
調理に関しても料理人に頼み、貴族婦人が許される範囲一杯まで手伝った。野菜を切ったり、卵を焼いたり。ローストビーフを入れるオーブンには近付くのを止められたが、それも今後交渉していくつもりだ。
このお弁当計画の為、クリスが事前に許可を取ってくれたので、名前と要件を告げるだけで城内へ案内された。
「はっ!?ヘビさっ…ゲルツ宰相に、奥様が……差し入れ、でございますか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
案内係に青い顔をされたが、気にしてはダメだ。とりあえず、笑顔を振りまいておく。城内を歩く間にもすれ違う侍女や文官が顔を青くさせるが、構わず笑顔続行だ。
ヒソヒソと小声で囁かれようと、すれ違う相手には上品に会釈しながら突き進めば、漸く宰相の執務室までたどり着いた。
「…こちらです」
「ありがとうございます」
扉から少し離れた位置に案内係が待機したところで、レオノラはコンコンと扉を叩いた。その音に部屋の中から顔を見せたのは、三週間ほど前に会った時よりもゲッソリとやつれたクリスであった。
「…レオノラ様、お久しぶりです」
「クリスさん、痩せました?」
「ハハハ…ハハッ」
笑うしかないというとこか。乾いた声で口の端を僅かに上げた、微妙な半笑い。目の下の隈と指先にこびり付いたインクで、彼の現状が垣間見えてしまう。
「でも、もう少し慣れれば、マシになると思います。それにやりがいもあるので」
宰相補佐に無理やり推したのは悪いことだったかもしれない。とレオノラの僅かな不安を感じたのか、クリスが半笑いから表情を緩めた。
その瞳に遠慮している色はなく、レオノラもホッと胸を撫でおろしたところで、部屋の中から鋭い声が響いた。
「おい。何を立ち話している」
「は、はい!ただいま」
ドアの前からでは中の様子は見えない為に声で判断するが、口調とは別にそこまで苛立ってはいなさそうである。
これならばイケる、とレオノラは室内へ踏み入った。
「ベルナール様。お仕事お疲れ様です」
ガタンッ!と机と足がぶつかる音が響いた先で、ベルナールが驚愕の表情で固まっていたが、すぐに正気に戻ったのかいつもの様にグッと眉間に皺が寄る。
「貴様、なぜここにいる」
「ベルナール様に昼食の差し入れ、お弁当をお届けしたくて」
「弁当だと…?」
チラリ、とレオノラの持つバスケットへ視線が向く。
「…要らん。帰れ」
一刀両断でそれだけ言うと、ベルナールは視線を資料に落として仕事に戻ってしまった。
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