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33. 介入

 とある日の夜、ゲルツ侯爵家の応接室では二人の男が相対していた。

 片方は、相手を見下すかの様に顎を突き出しているベルナール。そしてもう片方は、青褪めて震えるクリス。


「それで、決心は着いているな。クリス・グレイ」

「い、いえ、あの……その…」


 応接室に通され挨拶もそこそこに、こちらがベルナールの提案を受け入れる前提で話が進み、クリスはタラリと背に汗が流れるのを感じた。


「室長への昇進にあたって、私の他に推薦状を提出する貴族家の用意もできている。三家とも全て伯爵以上の家柄だ。現室長も黙るしかないだろう」

「ヒッ!?へ…あ!あの、」


 そこまで話が大きいとは、あまりにも予想外で息が詰まる。

 確かに、現室長はクリスの同期を後釜に望んでいるが、そこを交渉ではなく、力技で曲げさせるつもりらしい。三通も伯爵以上の家の推薦状など、余程の地位でなければ抵抗できない。


 やはり噂通りの蛇宰相だ。とクリスは血の気が引いた。

 ここで話を受けてしまえば、やはり永遠に言いなりの人生が待っているのでは。


 不安に押しつぶされそうになるクリスだが、自暴自棄にならずに済んだのは、目の前の男の妻、レオノラとの会話があるからである。


 彼女にはギリギリまで昇進を受けることも考えてくれと言われたが、やはり断るべきだろう。そのうえで、有用性をアピールして、左遷だけは考え直してもらうのが一番理想的だとレオノラとも話あったのだが。


「あ、あの、ゲルツ宰相。私は、やはり室長の荷は重いと感じておりまして…」

「……はっ?」


 一瞬の間の後に眉を寄せたベルナールの双眸が、蛇の様にギラリと光る。その鋭い緑眼に、ゾッと背筋が凍った。


「それはつまり?」

「あ、あの…室長はやはり今のまま私の同期に…」

「…なるほど。そちらの考えは分かった。なら話は終わりだ。お引き取り願おう」

「あああぁ、あの!お待ちください!そうは言っても、今の立場でも私は十分ゲルツ宰相のお力になれるかと」


 断る積もりで来たのはたしかだが、やはり恐ろしいものは恐ろしい。

 膝がガクガクと震えるも、クリスはレオノラとの会話を思い出しながら必死に言葉を並べる。


「その、私はこう見えて書類仕事は外交部の中でも早い方でして。今後宰相様から意見をいただいた際は、すぐに正式書類に纏めることができます」

「関係無いな。用は済んだので、お引き取りを」

「あ、あと、私の所属する第4室の中の様子を事前にお伝えすることができます。それに、リシャーネ国担当の第5室とチェンベル国の第8室に知り合いが多いので、噂などをご報告もできまして…」


 この程度なら許容できる、とレオノラと打合せした範囲で、クリスはベルナールの理になる自分の使い道をアピールしていく。

 ちょっと書類作成をさせられたり、噂を報告するくらいなら問題とは思わない。


 僅かだろうが利益があると思えば、ベルナールも“ただの腹いせ”をしたりはしないだろう。と、レオノラとクリスで頭を捻って考えたのだが…


「話しにならないな。さっさとお帰りを」

「う、あの、ゲルツ宰相…私は…」

「お帰りを」


 蛇に睨まれたネズミ、ないしカエル。と言ったところか。

 ギロリと鋭い睨みと共に、地の底から這う様な、ゾクリと背筋を寒気が走る低い声ですごまれ、クリスの喉が引き攣る。


「…どうやら頭だけでなく耳も悪いようだが、私の知ったことではないな。これ以上居座るつもりなら憲兵を呼ぶ」


 冷めた一瞥を投げたベルナールが立ち上がった瞬間、応接室の扉がブチ開けられた。


「ちょぉっとお待ちください!!」


 扉を全力で開け放ったのは、カッと目元を釣り上げたレオノラだった。


 室内に響いた豪快な扉の音と乱入者の声に、室内の二人は同時に言葉を失う。


「ベルナール様!折角なので、クリスさんのお話を聞いてください!」

「………は?は、…?はぁ!?」


 レオノラの登場があまりにも突然だったからか、ベルナールが目を瞬かせながら狼狽えている。


 彼の混乱した様な顔は初めて見たので『その顔も可愛いかも…』と思考が飛びかける。が、そんな暇ではない、とレオノラは気を引き締めて室内へ足を進めた。

 ベルナールの雷が落ちる前に、自分がこの場に居座って対話の流れにしなければ。


 今まで応接室の隣の覗き部屋に待機していたレオノラだったが、不穏な雲行きを見て思い切り介入することに決めたのだ。


「き、貴様…なんの積もりだ。ここへは近付くなと…」

「クリスさんは優秀らしいですよ。だから、自分の実力で出世したいんですよ。いい人ではないですか」


 レオノラを追い出そうとするベルナールに、こちらも負けじと相対する。退路を立つように扉とベルナールの間に仁王立ちで胸を張り、ここは動かないぞと主張すれば、ベルナールの眉間に更に皺が寄った。

 

「知らん。それよりも、何故貴様がここに居るのかと聞いて…」

「ちょっとでも友好的な人が居てくれたら、ベルナール様に利益があるじゃないですか」

「貴様には関係ない!さっさと…っ!」


 出ていけ、と言わんばかりに二の腕を掴まれたので、咄嗟にレオノラは足を踏ん張る。が、それは一瞬で、ハッとした様子のベルナールがパッと手を離してしまった。


「……え?」


 てっきりそのまま押されると思っていたので、拍子抜けして首を傾げるレオノラの前で、ベルナールの手が所在なげに揺れていた。


 重心を下げて抵抗すべく、少し腰を落としたレオノラの体勢は、傍から見れば身を縮こまらせた様にも見える。

 その姿に、以前の失敗と後悔を思い出しベルナールはグッと胃が重くなった。


 これは、妻の機嫌を損ねたか。怯えさせてしまったか。もしその瞳に軽蔑の色が映ったらどうすれば良い。


 そんなベルナールの内心はまったく理解していないが、とりあえず彼が怯んだ様子を見せたので、レオノラは好機だと更に説得を続けることにした。


「だから、これから彼は頼りになるかもしれないんです。ベルナール様もそうは思いませんか?」

「……関係が無いと言っている。その男はこれから外務部を去る者だ…分かったら貴様はさっさと部屋に戻れ」


 追い出すのは諦めたベルナールが吐き捨てるように言えば、レオノラも、横でハラハラしていたクリスもサッと顔から血の気が引いた。


「だ、ダメですってば!だから、左遷しない方がベルナール様の為にも良いんです!」

「何を言っているんだ、さっきから」

「むしろ、悪いことの方が多いです。優秀で協力的な文官を一人失うんですから」



「私に言った所で何も変わらんぞ。その男を飛ばすのは私ではない」

「……へっ?」


 なんとしてでも、それこそ婚姻関係を盾にしてでもベルナールの暴挙を止めなければ。と、意気込んでいたレオノラは、言われた意味が分からず、思い切り固まってしまった。



ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

ブックマークや評価くださった方々、誠にありがとうございます。


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