28. サン・ブラム
ニクソンから言われた次の日、レオノラはサン・ブラムに来店していた。
そして今、いくつものトルソーと鮮やかな布が並ぶ部屋で、レオノラはとても機嫌よさげなご婦人と対面していた。
「オホホホ。私どものデザインをそんなに気に入ってくださるなんて、こんな光栄なことはございませんわ」
来店した時に出迎えてくれた店主のスージー夫人は、最初は気の良さそうな穏やかな笑顔と口調だった。
しかし、レオノラが持参したサン・ブラムのカタログから過去のデザインを幾つか指し示し、ずっとこのブランドが憧れだったと語ったところから、だんだんと表情が変わっていった。
「あとは…あ、これも好きでした」
「まぁ!こちらは三年前のドレスですのに、覚えていてくださったのですか?丁寧にしおりまで挟んであって」
「はい。このデザインが、まるで薔薇の花そのものみたいで、すごく素敵だったので覚えています」
「まぁまぁ!その通りですわ。まさに、真っ赤な薔薇をイメージしたのです。当時の伯爵家のご令嬢の注文でしたわ……そういえば、見本として作ったものがまだあった筈。少しお待ちになって」
最初の営業スマイルと違う、興奮した様子のスージー夫人が店の奥へ消えると、気圧され気味だったレオノラは、一緒に来てくれたケイティにそっと耳打ちされる。
「さっき他の店員に聞いたんですが。エルマル伯爵令嬢は、あまりこちらのブランドが好みではなかったらしいですよ」
「えっ!そうなの?」
「同じ高位貴族の紹介で、派閥の問題もあってずっとそのままだったらしいんです。でも今の奥様の様にデザインに積極的ではなかったみたいで。なので、奥様が来てスージー夫人は嬉しいんだと思います」
「な…なるほど……」
ドレスの派閥問題はこんなところでも軋轢を生んでいるらしい。
自分の好きなドレスを好きな様に選べないなんて。
そう考えたレオノラだが、そこでふと疑問を覚えた。
そういえば、ゲームではどうだっただろうか。
たしかヒロインのパラメーター育成の為には、ドレス選びも重要な要素だった筈。
攻略対象の好みに合わせてデートイベントで服を選ぶのは勿論だが、ゲームの重大要素は女王になれるかなれないかだ。パラメーター増加に必要なイベントやミニクエストでは、着ていく服も数値にそこそこ影響していた。
品格を上げる為のお茶のレッスンでは、大人っぽいドレスを。
人望を上げる為の孤児院訪問では、柔らかな色味のワンピースを。
感性を上げる為の劇場では、豪華でシックなドレスを。
色も形も様々なドレスが選択肢にあったことは、よく覚えている。デザインに統一性はなかったので、恐らく仕立屋も様々だったのではないだろうか。
(……つまり、ヒロインが色々なドレスを選ぶことで、この派閥による仕立屋の慣習も、少し改善されると。そういうことか)
今まで隠されていた可憐な王女。誰よりも身分は高く、社交界で大注目される王女様が、色々なドレスを着る様になれば、派閥だなんだと拘る慣習も無くなっていくのではないか。
ゲーム内でその様な描写はなかったが、この件があればヒロインは貴族の女性社会に歓迎される存在となる。
(……ますます不安だなぁ)
ベルナールの崖下落下エンドを回避しなければならないのに、ヒロインの登場が今から憂鬱になってしまう。
「こちらが以前の見本になるのですが、ゲルツ侯爵夫人でしたら、もっと濃い赤色でもお似合いになるかと」
「わぁ!素敵!」
思考を飛ばしている間に戻ってきたスージー夫人が見せた真っ赤なドレスに、レオノラは一気に意識が引き戻されていた。
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