24. 私情も国益も
「お話はしました。といっても、先日の関税の据え置きが必要だ、という事だけですが」
それも無理やり聞き出した話題だった、というところは黙っておく。
それを聞いたアレクが目を見開いたので、ベルナールが職場の話をすることは驚きなのだろう、と予想したレオノラだが、アレクにとっては別のことが衝撃だったようだ。
「据え置きが…必要……?」
途端に苦い顔をしたアレクだが、レオノラの腰に周った手は意地でも安定感を保っている。
ダンスの最中、相手に触れる手は何があろうと女性に合わせる。紳士の鏡だ。
「あれは引き下げるべきだった。北の国では今、ガラスの製造技術が目まぐるしく発展している。より高品質なガラスが安価で手に入れば、たとえば医療分野の研究も、もっと進む筈だ。それを見こして帝国は北との取引を増やしていて、我々も習うべきであり、関税引き下げはその布石となる。議会でも、ゲルツ宰相本人にも、そう何度も主張した」
「そう…なのですね…」
「なのに……我が家からの提案だということが、気に入らないのだろう。先ほども、私が相手だから貴方に乱暴をしてでも遠ざけようとした…その可能性は分かっていたのに、私の配慮が足りなかった」
「い、いえいえ。どうか、そんな風に仰らないでください」
レオノラにしてみればそこまでではないのだが、相当乱暴に扱われているように見えたらしい。
完璧王子様らしく、彼のホールドはしっかり安心感があり、尚且つ優しい。彼にしてみれば当然の価値観なのか。
完全に、ヒーローと悪役で対立する様な考え方をしている。
関税の件にしても、傍から見れば、アレクの主張の方がそれらしいと言えるだろう。実際に悪役だし、権力欲が強いのも事実だ。
それでも、これだけは言える。
「ベルナール様は、自分の感情で国を害することまではしないと思います」
「…っ?」
「関税のことも、ベルナール様なりに国益を考えていました。根回しも、国の為を思えば、ということだったかと」
健全かと言われれば、疑問が残るが。それでも、何人か覗き見した客人達に対して、暴力や誘拐等、目に余る脅迫行為は無かった。
余程国益に関わることなら、買収を提案された貴族達も躊躇う筈。けれど、そんな雰囲気はレオノラが見た限り無い。
アレクの主張を聞いて、関税を引き下げるメリットがあったことは理解できるが、ベルナールはデメリットを危惧したのだ。
絶対的な正解はなかった。きっと、そういうことだ。
「ベルナール様が口が悪いのは知ってます。やり方も、きっと正しいだけではないです」
何せアレクは攻略対象であり、ベルナールは悪役なのだから。
だがしかし、前世の知識を持つレオノラには分かる。
「ですが、そこまで国に害をなすようなことは…していないかと…」
そう。彼が悪役として仕事をするのはゲーム開始後。つまり、ヒロインが現れてからだ。
「……つまり、ゲルツ宰相の主張は私情の為の建前ではなく、本心だったと?引き下げることの方が不利益が多いと」
「あっ、うーん…そこまでは言わないですが……私情と、国益と……りょ、両方、とか?」
まぁ、あの性格だ。フェザシエーラ公爵に反目する気持ちが、一切無かったというには、自信がない。
しかし、それだけで反対することもしないとは思う。あれだけ北にも南にも舐められる訳にはいかない!と力説していたのだから。
「りょ……りょう、ほう…??…両方…?…」
どうやら、レオノラの言った“両方”という言葉が衝撃的だったらしい。まるで初めて聞いた言葉かの様に、アレクは呆然と同じ言葉を繰り返している。
そんなに驚く程のことだろうか。とレオノラが僅かに苦笑を浮かべていると、丁度そこで曲が終わりを迎えた。
それを合図に、アレクの次のパートナーを狙っていたご令嬢達がざわめき出す。
動き出したご令嬢の波を横目に、アレクが相変わらず完璧な手付きと足取りでレオノラをダンスの輪から連れ出してくれた。
「それではフェザシエーラ様。素敵な時間をありがとうございました」
「ああ。ゲルツ侯爵夫人、それでは……」
この後はそのままご令嬢達に捕食されてしまうのだろう。一人と踊れば、百人と踊る。王子様とはそういう宿命だ。
そこは、少し悪いことをしたかもしれない。とそっと心の内で合掌しておく。
「ゲルツ侯爵夫人」
「あ、はい」
「貴方の言っていたこと、納得はしかねる」
「……はい」
流石に、一度の話し合いでベルナールの印象を変えることはできないか。
それでも、少しでも会話ができたのだから今夜はそれで十分だ、と納得したレオノラに、アレクは「だが…」と続けた。
「だが、これからはゲルツ宰相と会話をする時は、先ほどの“両方”という言葉を意識しようと思う」
「え?……っ!はい!ありがとうございます」
まだ難しい顔をしているアレクだが、言っていることはレオノラにとってはこの上ない朗報だ。ベルナールの未来を変えるのに、これは大きな一歩ではないだろうか。
高揚で思わず飛び跳ねそうになる足を抑えながら、レオノラは満面の笑みで離れていくアレクの背を見送った。
(やった!さすが王子様タイプ!話せば分かる!!)
どこぞの誰かとは大違いだ。とウキウキ気分でクルリと向きを変えたレオノラは、目の前に突然現れた黒いシルク生地に鼻先をぶつけてしまった。
ぶっ!と乙女にあるまじき声を上げ衝突してしまい、痛む鼻を庇うように手で抑えていると、その手をグッと掴まれる。
「へっ!?……あ、あれ?ベルナール様?」
先ほど悪人でないと力説したばかりの夫が、どこからどう見ても悪魔の様な顔で、こちらを睨みつけていた。
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