23. 一曲の相手
ファンタジーの世界を舞台にしたコンテンツの人気は非常に高い。その中でも、乙女ゲームを喜んでプレイする者なら、ドレス、王城、舞踏会、のワードに胸が踊るのではないだろうか。
そんな世界が今まさに目の前に広がっているとしたら。
(はあ~~、素敵!)
かくいうレオノラも、そういった要素にワクワクする一人だった。
前世で普通の日本人として生きていれば滅多に着ることはなかった、フワリと裾の広がるドレス。たっぷり使われたレースも、煌びやかなアクセサリーも、全て今夜のレオノラを引き立たせる為に作られた代物だ。
しかも、侍女というメイクのプロにバッチリ施された化粧のお陰で、レオノラでも自信を持って言える「今日の私はいつもより可愛い」状態だ。
そんな自分がドレスの裾を優雅に持ち、王城で開かれている舞踏会場でグラスに入った美味なるワインを揺らしている。まるで御伽の国のお姫様だ。
前世を思い出してからは精神も引っ張られているのか、こういった物に対する憧れもぶり返している。
まぁ、推しへの愛もぶり返した訳だが。
前世を思い出す前も、華やかな場は嫌いではなかった。なのでレオノラは、久しぶりの王城の舞踏会を好き勝手堪能することにした。
適当に料理をつまみながら、招待客自慢のドレスを観察したり、恋の駆け引きに勤しむ若い男女の会話を盗み聞きしてみたり。
既に挨拶の時にベルナールにとってお飾り妻だと印象付けたおかげか、宰相と繋がりたい貴族に声を掛けられたりということもなく快適だ。
そう思って油断していたのだが。コツっと靴音がしてすぐ背後に誰かが立った気配に振り返った瞬間、レオノラは目を見開いた。
「っ!?」
「ゲルツ侯爵夫人。先ほどは挨拶の途中で失礼した…その、怪我はないだろうか?」
「へっ?あ、フェザシエーラ様」
キラキラ輝くイケメンのアレクが急に話し掛けてきたことに驚いたが、相手の視線が遠慮気味に自分の腕に注がれていることで合点がいった。
「ご心配いただきありがとうございます。まったく問題はありません」
「しかし、痣になっていたりは…」
「ほら、ご覧の通りです。夫もそんな人ではありませんので」
確かに、アレクから引き離される時に痛い程腕を握られたが、痣にはなっていない。そこはベルナールも手加減してくれていたらしい。それに握る力よりも引き寄せる力の方が強かった。
肩から腕に視線を走らせてレオノラの言葉が真実だと確認できたのだろう。アレクはホッと安堵した様に表情を緩ませた。
態々レオノラの心配をして声を掛けてくるとは。敵の妻という立場であるのに、なんと律儀なことか。
「私とゲルツ宰相の争いに、巻き込んでしまい申し訳なかった」
「い、いえとんでもない。フェザシエーラ様の責任では……」
ない、と言おうとしてレオノラは言葉に詰まる。「アレクの責任ではない」と言ってしまうと、まるでベルナールの所為と言う雰囲気になってしまうのではないか。
どちらかといえば、あの場はレオノラがベルナールの意向を無視して前に出たから、彼が怒ったのだ。
そんな思いからふっ、と言葉を切ったレオノラに何を思ったのか。アレクはまた瞳に心配の色を滲ませる。
「やはりゲルツ宰相に理不尽な扱いを受けているのでは…先程も私に何かを訴えようとしてた様に思えたが」
その言葉に、レオノラはアレクが声を掛けてきた理由を理解した。流石、王子様タイプの取る行動は一味違う。
そういえばゲームの時もベルナールの指示で近付いてくるレオノラを、そうとは知らず、酷い扱いを受けているのでは、と正義感を滾らせて話を聞く場面もあった。
とはいえ、今のレオノラは彼の予想と真逆の主張をするつもりなのだが、向こうから来てくれたのはありがたい。
「ありがとうございます。先ほどのお話ですが…っ、」
と口を開いた所で、周りからのキツイ視線を感じたレオノラは咄嗟に言葉を飲み込んだ。
気を配ってみれば、明らかに聞き耳を立てるようにチラチラとこちらを伺う顔がいくつもある。それだけならばまだ良いが、もっと厄介なものを見つけてしまったレオノラは冷や汗を流した。
あちこちからゾロゾロと動き出した、美しいドレス達。いや、ドレスを翻して早足で近づいてくるご令嬢達だ。
アレクが真面目な仕事の話をしている時には大人しくしていたご令嬢達だが。アレクの話し相手が一人の女になったのなら好機到来、と顔に書いてある彼女達が、列を成して押し掛けてきた。
このままでは話どころではない、とレオノラは必死に思考を巡らせる。
そしてグッと覚悟を決めると、相手にも考えが分かる様に、ホールの真ん中。ダンスが繰り広げられる場所へと顔を向けた。
「あの…よろしければ、一曲お付き合い願えますか?」
「…はっ?……あぁ、たしかに。その方が良さそうだな。ではゲルツ侯爵夫人、どうぞお手を」
「はい」
彼も慣れているのか、心得たとばかりに優雅に手を差し出される。
この場にとどまって話を続けるのは無理だし、会場を二人で抜け出す訳にもいかない。時間は一曲分と短いが、誰にも気にせず話が出来る方法はこれしかなかった。
決して疾しい動機があった訳ではないのだが、優しい手付きでホールの真ん中まで導かれ、その後そっと腰に手を置かれてレオノラは焦る。
(な、ななな、なんて王子様!)
ホールドは優しい手付きなのに、とてつもない安定感がある。背が高く、ほどよく筋肉のついた腕に包まれる感覚は、全ての乙女を夢心地にさせるに違いない。
しかも、目の前にあるのはとてつもなく端正な顔。
その刺激の強さに、レオノラはどうしようもない焦燥感を覚える。はっきり言えば、恥ずかしさで速攻逃げ出したい。
「ゲルツ宰相は、貴方に仕事の話をするのか?」
「へっ!?え?」
「先ほど、そんなことを言っていた」
醸し出されるあまりにも完璧な王子様感につい呆けていたレオノラは、思いつめた様なその声でハッと現状を思い出して気合を入れる。
ここからベルナールの崖下エンドを防ぐ為、アレクとなんとか繋がりを作らなければならないのだから。
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