20. 挨拶回り
結局、ドレス姿には何も言ってくれないのか。
分かってはいたが、やはり二人の関係性はまだまだ進歩が足りないようだ。
次回に期待だな、とレオノラが今後の作戦に思考を飛ばしていると、その横から地を這う様な声が響いた。
「いいか。最初は挨拶回りがあるが、貴様は何もするな。何も喋るな。分かったな」
「…はい。分かりました」
耳が!耳がぁ!と思わず一瞬呆けたレオノラだが、崩れ落ちそうになる足をなんとか踏ん張り耐えた。
流石に会場入りでエスコート無しは拙いらしく、今レオノラの手はベルナールの手に重ねられ、二人の距離は今までで最高に近い。
その状態から、ベルナールの冷たい言葉を耳元で言われたものだから、その背筋を這う声にレオノラはゾワワと全身を粟立たせる。普通とは違う意味で。
ああああ、これぞ悪役。これぞ蛇宰相。
こんなご褒美があるのなら、毎週王宮で舞踏会を開いてほしい。
その後のレオノラは、ニッコニコの上機嫌であった。ベルナールが何をしても、今は寛大な心で”推し”の行動を受け止められる。
たとえ、言われた指示が「喋るな」というあんまりな内容だったとしても気にならない。
「これはゲルツ宰相。ご結婚されたとのことでおめでとうございます。是非奥様をご紹介いただきたいと…」
「これが妻です。それよりも、この度の街道の工事職員の派遣にご尽力いただいたこと、感謝申し上げます。実はまだ計画段階ですが、近々次の……」
たとえ、妻の紹介を一言で済ませ、さっさと仕事の話に話題を移しても。
「おぉ、ゲルツ宰相。ご無沙汰しております。これは、お美しい奥様を迎えられて…」
「どうぞこれはお気になさらず。ところで次回の予算案について、後日ご相談がありまして、どこかでお時間はありますかな?」
社交辞令でこちらが褒められたり視線が向いたりする度、嫌そうな顔で眉間に皺を寄せ、何事もなかったように話を逸らしても。
「ゲルツ宰相、どうですかな。今度我が商会が主催するオークションがありまして。是非、素敵な奥様とご一緒に招待させていただきたい」
「生憎と妻は家の外に滅多に出ませんので、恐縮ですが私一人で伺いましょう」
妻同伴の招待をわざわざ断り、一人で行くと決めてしまっても。
いや、最後のだけは、お出掛けの機会を潰されて少し残念だったが。
それでも、仕事人間が私的な近況報告や社交辞令より、さっさと仕事の話題に移るのは仕方ないだろう。
レオノラが見た限り、相手方も想定内なのか。一応礼儀としてベルナールが結婚した話題には触れたが、本人が一言で片付けてしまう姿に『ああ、やっぱり』という顔をして仕事の話に集中してしまう。
「ゲルツ宰相様。ご結婚されたと聞きました。どうか麗しい奥様に私もご挨拶を…」
「いいえ。どうぞ妻のことはお気になさらず」
挨拶にくる貴族からの視線を遮る様に、エスコートされた腕をグイと引かれ距離を離されてしまう。ベルナールが間に立ち仕事の話を始めてしまう所為で、レオノラは誰ともまともな挨拶の一つできていない。
(まぁ、楽だけどね)
美しいだ、幸せ者だ、などと社交辞令を並べられたところで、レオノラもなんと返して良いか迷うし、仕事の話に至ってはチンプンカンプンだ。
正直に言えば、特に会話をせずに、横でニコニコしてれば良いだけの状態は楽で良い。しかも、仕事に勤しむベルナールの一面を見れて、一石二鳥。
チラリと横を見れば、ベルナールも笑ってはいるが、貴族らしく貼り付けただけの作り笑いだと一目で分かった。その瞳は少しも笑っておらず、何かを探るようにギョロリと光っている。
(ああ、悪役っぽくて、良いィ!)
ほぅっと短く吐き出された溜息を聞いた者は、まさかレオノラがベルナールに見惚れて吐いたものだとは思うまい。
冷徹な蛇宰相に嫁いだ新妻は、やはり夫に関心を向けられず冷遇されている様子だ。と、殆どの貴族の予想を証明する様な挨拶回りとなったが、憐れむ視線などまるで気付かず。レオノラは暫くベルナールの悪役っぽい顔や言動を堪能していた。
その後も、グイグイと遠慮もなく引っ張られて次の貴族、次の貴族と連れまわされ、ぐるりと会場を一周した頃には、大分時間が経っていた。そろそろ会場全体にも挨拶を終わらせる空気が流れている。
先に済ませた者達は、より深い話に入ったり、ダンスへ向かったり、逆に壁際へ移動したり、とそれぞれだ。
レオノラも、挨拶の後はどうしようか、と歩きながら意識をそちらに向けていると、丁度すぐ横で背中を向けていた人物がくるりと振り返った。
相手も振り返った先にレオノラ達がいるのは予想外だったのか、ぶつかりそうな程近い距離に目を見開いている。
これだけであれば、人込みの中で時々起こる偶然だが…
「っ!……くっ、」
「ん?…チッ」
苦々しい声がどちらのものか。小さな舌打ちは誰のものだったか。考えるより前にビリッと緊張感と火花がその場を走る。
えっ?とレオノラが顔を上げれば、そこには輝くばかりの美貌を携えた、アレクが立っていた。
メイン攻略対象登場です。
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