18. 更に配慮
一通りドレスの金額について説明があったところで、ミシェルは次の疑問点へと話題を移した。
「それで、もう一つのブランドの派閥問題ね。こっちの方が面倒臭いわ」
「私、サン・ブラムに行きたかったのだけど」
「王都の貴族の間では、高位貴族同士で派閥が違う家の御用達ブランドは避ける傾向にあるの。仕方ないわ。仕立屋だって、顧客同士での派閥の牽制合戦に巻き込まれたくないもの」
「……はぁぁぁ」
「目安としては伯爵家以上の有力貴族だから、貴方もバッチリ対象よ。しかも、貴方の旦那様はゲルツ宰相なんだから。そういう派閥関連にはより慎重にならないといけないわね」
どうやらこれはどうしようもないことらしい。
さらば、憧れの一着。
「まぁ仕方ないわ。常連でも仕立屋を変えることはあるし。それに、あくまで空気よ。空気。雰囲気でそうなってるってだけで、権力で無理を通すご令嬢も時々いるし。ゲルツ宰相の奥様なら、いつかサン・ブラムにお願いできる時だってきっとあるわよ」
「そうね。色々教えてくれてありがとう」
この件に関しては、潔く諦めよう。
そう心で呟いたレオノラがカップの紅茶に口を付けると、横からナンシーが身を乗り出してきた。
「それで。レオノラは初めての旦那様とのお出かけだし。どんな風に失敗したか今度教えてね」
「んぐっ!」
「ナンシー様。初めから失敗と決めつけるのは…」
思わず紅茶を咽そうになったレオノラに代わりポーラが反論してくれる。しかし、ナンシーは可愛らしく小首を傾げるだけだ。
「ええぇ、でも絶対失敗だと思うよ~。私達全員、初のお出掛けは失敗だったし。ゲルツ宰相様なんて、もっと手強そうだし」
全員失敗だった、との言葉にミシェルとポーラも当時を思い出したのか、顔つきが若干変わった。
「…まぁ、そうね。折角私がお膳立てしたってのに。…あ、思い出したらムカムカしてきた」
「当時は仕方ないとは思いますけど…まぁ、あれは大失敗でしたわね。私の所為ではありませんが」
「でしょ~。初めてで、お出掛けがラブラブで終わるなんて無理だよ」
この”旦那様と仲良く愛し愛されたい”同盟で言う失敗の定義とは、愛し愛される関係に近付けたか否か、ということ。
それで言えば、レオノラも間違いなく失敗で終わるような予感しかしない。
「でも、一応頑張るわ。折角だから、ドレスもちゃんと選ぶ」
初めから希望も何も無いお出掛けではつまらない。出来ることなら、着飾った自分の姿に対して何か反応が欲しい。それをきっかけに、少しお喋りをして。あわよくばダンスの一つもしてもらったり。
そんなレオノラの妄想を察したのか、心を叩っ切る声が飛ぶ。
「あんまりハードル上げると後で辛いよ~?」
「志を高く持つことは良い事ですわ。私、心からレオノラ様を尊敬します」
「まぁ、報告がてら、思いっきりここで愚痴れば良いわ」
経験に基づく言葉には、若干の悲哀が含まれている。説得力のある空気に、レオノラもフッと現実に意識を引き戻された。
「それは、まぁ、分かってるし、本当に期待はしないけど…でも、ベルナール様の正装姿、絶対素敵よ!それを見れるだけでも収穫よね」
「…あ、ああーー、まぁ、そっか。そうね…」
戸惑う様な、呆れる様な声は、前世から既に慣れたものだ。“そういう趣味の人も居るよね”という視線は気にせず、レオノラはフンスと鼻息を荒くして応えた。
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