17. 配慮
「まぁ、辺境のご令嬢だったら知らなくても仕方ないかもね」
王都のドレス仕立て事情を全く知らないことが分かったレオノラは、早速ミシェルに訪問を願う手紙を送った。
快い返事と共に、ナンシーとポーラも招待したミシェルの屋敷で、レオノラは真剣な顔で現在の状況を説明した。
「田舎者に厳しい、王都住みの貴族の流儀があるってことよね」
「…言い方がなんか喧嘩腰だけど?」
「いえ。気にしないで」
都会はいつだって怖いのだ。独特の空気とルールを知らなければ、途端に田舎者扱いされてしまう。
前世で特に地方出身だったわけではないが、都会生まれ都会育ちとはいかず。高校入学してから初めて見た、そういう一派の発する空気が衝撃的だったことは覚えている。
「まぁ、間違ってないわ。まず分かりやすいところから、ドレスの予算の上限の説明ね」
「そうそう。それも疑問で…」
一番気になるのは、希望する店に頼めない派閥問題だが。
「上限を決める理由はね、その舞踏会の主賓、もしくは一番重要な人物の着ているドレスよりも高価にならない為よ」
「…な、なるほど」
「といっても、大体配慮されるのは帝国の高位貴族が来てる場合ね。国内貴族に対して上限が設けられるのは、よっぽどのことだわ」
「帝国」の名前に、レオノラは思い切り納得してしまった。
ミシェルのざっくりとした説明に、横からポーラが補足してくる。
「元々は、帝国出身の先代王妃様が輿入れされた際に国内の高位貴族が配慮をしたことから始まります」
「…うんうん」
「我が国としても帝国との婚姻は願ってもないことでしたから。嫁いでこられた帝国の皇女様が居心地が悪くならないように、舞踏会では皇女様の御召し物以上に派手なドレスは控えようということになりました」
なんとなく、行き過ぎな配慮と思えなくもない。が、しかし、それだけ当時から帝国は大国だった。そんな大国から皇女が王家に嫁いできてくれることに、誰もが歓喜し浮足立った、と当時を知るお年寄り達は皆口を揃える。
「そこから、皇女様を訪ねて訪問される帝国の皇族や高位貴族を招待した舞踏会でも、その方々も含めて配慮の対象とする流れができ、今の形になりました。その為、帝国からの国賓が来られる際は、その方々の御召し物の価格を調査する係が王宮にはあります」
その調査結果が王族や公爵家の夫人達に伝わり、そこから彼女達のお抱えの仕立屋に伝わり。その仕立屋からまた顧客である別の貴族に伝わり…
そうやって伝言ゲーム形式で舞踏会の招待客は、上限金額に配慮したドレスを仕立てるのある。
「そ、そんな話、ぜんぜん知らなかった」
つまり仕立屋にも情報が周る、とニクソンが言っていたのはこういうことだったのか。
納得するレオノラの横で、ナンシーが指を頬に押し当てる可愛らしいポーズで口を開いた。
「って言っても~、あくまで配慮だし。たとえ、上限より高価なドレスを着ても罰則がある訳じゃないし。そもそも、帝国のドレスってすっごく凝っててかなり高価だから、そうそうそれ以上のドレスなんて作れないよね。だから、普段から王都に住んでる貴族以外にはあまり浸透していないし」
「まぁ実際、帝国貴族だってそこまで気にしてないしね。我が国にもっと社交界を引っ張っていくようなご令嬢が居れば、この風習だって無くなっていくと思うわ」
「現在、公爵家は四家とも夫人しか女性が居ませんものね。どこもご令息ばかりで。侯爵家も、力のある家のご令嬢は皆様大人しい方だったり、病弱だったりで」
「淑女としては立派な人達だけど、華々しく着飾るってタイプじゃないものね。つまり花形が居ないのよ!花形が!!」
帝国貴族より派手なドレスで対抗してやろう!という気概のあるご令嬢が居ない為、逆に阿るような配慮が空気を満たしてしまうという訳だ。
その話を聞く内に、レオノラには分かってしまった。
(ああ。まさに、ヒロイン登場の為の舞台だわ)
こんな中で、帝国皇族の血も引く王女様の登場は、それはそれは華やかに映るだろう。社交界の花形の地位も約束された様なものである。
なにせ、帝国のただの貴族より、皇族の血を引き、王女でもあるヒロインの方が地位が上になる。つまり、誰よりも派手なドレスを着ることができるのだから。
(王女のドレスに引っ張られて、他の令嬢も帝国に気を遣わずに高いドレスを仕立てられるって訳ね…そんなヒロインにあの悪役宰相様は)
そんな皆が注目しているであろう王女に、人が集中している舞踏会で、よくもまぁ悪役顔で迫れるものだ。
ゲームでのベルナールとの会話イベントの幾つかは、舞踏会場で行われていた。攻略対象と良い雰囲気の時に、それはそれは厭味ったらしく絡んでくるのだ。
(心配になってきた……本当に大丈夫かな?)
その会話シーンが、見たいような。でもそれはベルナールがただただ可哀そうなことになるだけの様な。
そんな複雑な思いを抱えながら、レオノラはズズッと紅茶でとりあえず不安を飲み込んだ。
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