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14. 分からず屋なのは


 その日の夜、食堂では異様な光景が広がっていた。

 異様というと多少語弊があるだろう。が、その様子を静かに見守るニクソンにとってはそう形容するしかない状況だった。


 なにせ、ベルナールの機嫌が良いのだ。それだけなら喜ばしいことであるが、そんな主人の姿は、この新しい妻が嫁いできてからとんと見たことが無かったので、どう受け止めれば良いのかニクソンは悩む。


 そんな彼の心中を知ることなく、レオノラはニコニコ、いや、ニヤニヤと緩む頬のまま、食事中のベルナールを盗み見ていた。


 当たり前となったレオノラの挨拶に、今日は珍しくベルナールは一回で応えた。不機嫌な空気も発することなく、今までに見たことがないほど静かな表情で。

 レオノラに向ける顔にも、今日は眉間の皺がない。


 レオノラにとっても穏やかな夕食は喜ばしいのだが、ずっとこれではなんの進展もない。

 ここはやはり、ズバリ聞いておいた方が良いだろう。と、これから起こるだろう大爆発に、ニクソン達には心中で静かに謝っておいた。



「…毛織物の関税は、据え置きになるのですか?」


 ピタリ、と食堂の時が止まる。

 そのまま過ぎること数秒、グッと眉を寄せたベルナールが、ガタリ!と乱暴に椅子から立ち上がるとそのまま食堂を出て行こうとしてしまう。


「お話してくれないと、お部屋まで押し掛けますよ!」

「……きさま…」


 仮にも妻を「貴様」呼ばわりとは。しかし、レオノラが鬱陶しく付きまとうと言ったら実行することを既に学習したらしいベルナールは、またガタッと乱暴な音を立てながら席に戻ってきた。


「フンッ!誰かに探るようにでも言われたか?」


 尊大な態度で言われるが、レオノラはしれっと皿の上の野菜をフォークで突つく。


「探るも何も、お茶会で話題を聞いたのに、私は何も知らなかったので。折角なら、その政策に携わってらっしゃるベルナール様本人に聞こうと思っただけです。フェザシエーラ公爵家と対当する形になるとか?」


 ついでに、サラッと先ほど覗き穴で知った情報も混ぜておく。

 ベルナールが不機嫌になるのは分かっていたが、やはりレオノラにはベルナールを「崖から転落エンド」から遠ざけたい気持ちが強い。

 もし破滅に繋がるほどの悪事をしているなら、議会前日に睡眠薬入りのお酒でも飲ませて、遅刻させるくらいは出来るかもしれない。それが良いか悪いかは分からないが。


「たかが茶会の話題がなんだというんだ」

「ご婦人方の噂話を侮ると怖いですよ。試しに次のお茶会で、ベルナール様は毎日桃色のローブだけで庭をウロウロ徘徊する、って言ってみましょうか?」

「口喧しい女共が何を言ったところで…」

「その方々の旦那様やご子息にも伝わりますね」

「………」


 たかが婦人の暇つぶしのお茶会の噂、と吐き捨てようとしたベルナールも、レオノラに指摘され、その情報が最終的に行きつく先に思い至ったようだ。

 ハッとした様な顔をしたあと、思い切り顔を顰めた。気に入らない同僚や政敵の多い彼にとって、その相手にそんな風に思われるのは色々と屈辱だろう。


 そして、女の噂の恐ろしさに、人生で初めて気付かされた。これまで婦人方と会話など碌にしたことがなかったベルナールにとって、女の噂といえば漏れ聞こえてくる自分(蛇宰相)の悪口か、どこぞの男がモテるだとかの、非常に不快でくだらないものしかなかったから。


「冗談ですよ。今は…」

「チッ!」

「それで、ベルナール様のお仕事のお話も少し知っておきたいな、と」

「知るも何も、関税は据え置き。それだけだ」


 取り付く島もない様子に、レオノラは少し頭が痛くなる。こっちはベルナールの運命をなんとか好転させようとしているというのに。それでなくとも、折角の夫婦の会話ならもう少し膨らませても良いものを。何故こうも物分かりが悪いのか。


「そもそも、どいつもこいつも。何故分からない」


 はて?とレオノラは思わず顔を上げてベルナールをまじまじと見てしまう。今、まったく同じことをベルナールに思ったところだった筈だが。


「今北と関税など見直せば、南の隣国も下げろと騒ぎ出すのは明白だろうに」

「……南の、モンメル国ですか?」

「あそこの銀細工は近年需要が伸びている。どうせ数年先に見直すのだから、その時に北との関税も見直すのが理想的だろう」

「でも、結局見直すなら今でもいいのでは?……帝国が取引を増やしたんですよね?毛織物の」

「下げ方の問題だ。北を下げたならこちらも下げろと、南に言われるがままに見直す形にするのは良くない。あくまで、関税は我が国主導で決める。当たり前のことだ」

「な、なるほど……」


 当たり前だと言われても、レオノラにはそんな外交上の駆け引きなどはよく分からない。

 しかしその心底呆れたとばかりの声と表情から、建前ではなく、本気でそう思っていることが伺えるのだ。



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