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1. プロローグ

 デデーン、とスピーカーから不穏なピアノ演奏が流れると、画面の背景も薄暗い部屋へと移る。


『いやっ!離して!!』

『そう嫌がらずとも。私はただお話がしたいだけですよ』


 その場の人物は二人。

 一人は可憐な少女の姿で、嫌悪と怯えを含んだ目で画面の正面を睨みつけ。

 もう一人、ニタリと笑う顔が蛇を連想させる男が、こちらも画面の正面をギョロリとした目で見据えている。

 いわゆる立ち絵の会話画面で、二人の言い争いが繰り広げられた。


 立ち絵ではあるが、その嫌悪を含んだ表情と画面の文章で、可憐な悲鳴をあげる美少女(ヒロイン)が男に腕を囚われていることが分かる。


『これはまた、嫌われたものだ。私はこんなにも姫君をお慕いしているというのに』


 背筋を這いずる不気味な声。普通の乙女ならその場で崩れ落ちるが、美少女(ヒロイン)は懸命に己を奮い立たせる。もし意識を手放そうものなら、その身も、愛する祖国も、力づくで奪われてしまう。


『もう諦めるんだな。貴女を手に入れれば、王座は私のものだ』


 画面の立ち絵が美麗なスチルに変わる。

 震えて怯える美少女(ヒロイン)に、男がギョロリと蛇の様な双眸でニタリと笑いながら迫っていた。


 そして画面下部に表われる選択肢。


【愛しい 『アレク』 の顔を思い出す】


 ここで名前が上がる彼が攻略ルートのキャラだ。これまで進めてきた作業通りの名がそこにあることに納得するが、これを押せばスチルが終わってしまう。


 数少ない推しのスチルを終わらせなければならないのは悲しいが、物語を止める訳にはいかない。

 仕方なくボタンを押せば、僅かにスチルが変化し、両手を拘束された美少女(ヒロイン)がそっと目を閉じた。


(ああ、アレク様…ごめんなさい)


『そこまでだ!』


 ドカドカと騒がしい靴音の後に立ち絵で登場した青年に、スチルから立ち絵に切り替わった少女も男もはっと顔をあげる。


『アレク様!』

『フィーネ!無事か!?』


 駆け込んで男を殴り飛ばした青年は、そのまま少女をしっかりと抱き留めた。殴られた男の方は後から入ってきた数人の騎士にそのまま取り押さえられる。


『なっ!?なんの真似だ!』

『ゲルツ宰相。貴方もここまでだ』

『何故貴様がここに?』

『私に媚薬を盛ろうとした貴方の妻も既に捕らえた。私のフィーネにした無体、必ず償わせてやるから覚悟しろ』


 そのまま騎士に引っ立てられていく男は忌々しげに顔を歪ませると、唾を撒き散らしながら叫んだ。


『貴様。これで私が終わったと思うな…必ず!必ず返り咲いて今日の事を後悔させてやる』


 怒号が終わった頃、それまで不穏だったピアノも美しく優しい音色へと移る。そのまま画面も、先程の男に囚われていた時よりも何倍もキラキラ効果の入った美しいスチル絵に変わった。

 

 危機を乗り切ったヒロインと攻略キャラが、その存在を確かめるようにガッツリと抱き合っている。


『遅れてすまなかった。怖かっただろう』

『アレク様…私、やっぱり思ったの。私、アレク様が好き』

『フィーネ。私も、愛してる』


 互いに愛を確認し合った二人は、その後手を取り合いエンディングで結婚式を挙げるまでがストーリーだ。


 しかしエンディング直前のこのクライマックスシーンの後、プレイヤーにはおまけ程度だがとある会話画面が映し出される。

 事件の数日後、モブ騎士がアレクに、牢から脱走した男。ベルナール・ゲルツ宰相が逃亡中に崖から転落し、川の中へ飲み込まれていったと報告する会話が。





「いやあああああ!ベルナール様、死んじゃやだああ!!!」


 部屋のガラスがビリビリと音を立てるほどの悲鳴をあげ、レオノラはガバリと跳ね起きた。だけでなく、そのまま頭を掻きむしりながらボロボロと涙を流す。


「あああなんでぇ!ベルナール様ぁ!そこで死なないでもうちょっと頑張ってぇぇ!……あれっ?」


 ふと我に返ったレオノラは、そこで完全に覚醒した。


 絶望的な気持ちで跳ね起きたのは慣れ親しんだ、しかし何処か慣れないような、豪華なベッドの上。着ている手触りの良い夜着は、フリフリのレースで飾られている。


「あれ?布団は…?」


 違和感は覚えたが、慌ただしく誰かが部屋に入ってきたので、その思考はかき消された。


「お嬢様!」

「あ、えっと……あれ…?」

「お目覚めになられたのですね!今奥様達にお知らせを…!!」


 バタバタと音を立てて侍女姿の女性が飛び出していく。そしてすぐにまた騒がしい足音が部屋に駆けこんできた。


「「ノーラ!」」


 自分の愛称を呼びながらベッドに駆け寄る夫婦。父と母の存在にレオノラもホッと安堵を覚えた。


「目が覚めたんだな」「よかった、よかったわぁ」

「お父さま、お母さま…」


 手を取り合って涙ぐむ二人の後ろから、今度はキラッと輝く美形が飛び出してきた。


「ノーラ、やはり結婚はショックが…」

「お兄さま…?」


 5つ年上の兄にそう言われ、レオノラは倒れる前の状況を少しずつ思い出した。たしか、家族が集まった場で……


「父さま、ノーラには無理だったんですよ」

「そうですわ貴方。ノーラを一人、王都へ嫁がせるなんて」


 そうだった。聞かされたのは縁談話だ。相手はこの国の宰相として王都でも相当の権力を有する男。


「そうだな…やはりゲルツ宰相との婚姻は断った方が…」

「結婚します!」


 父が兄の提案に頷いた姿を見て、レオノラは咄嗟に声を上げた。


「ベルナール・ゲルツ様と結婚します。したいです!どうかお話を受けてください!」


 お断りの雰囲気を断ち切るべく、そう力強く宣言する。


 話をした途端に倒れた娘から、まさか結婚したい、とまで乗り気な言葉が出てくるとは家族も予想外で。混乱した様に父と母は顔を見合わせるし、兄は目を丸くさせている。

 

「ノーラ。断っても我が家が傾くことはないよ。だから、家の為にと無理をする必要は…」


 穏やかな声の父に頭を撫でられるが、レオノラはやんわりと首を振った。


「いいえ。私、是非ベルナール様と結婚したいです」


 心配してくれる父の言葉はありがたい。政略結婚など当たり前のこの世界で、ここまで融通してくれるのも。

 まぁ結婚相手が、断っても仕方ない、と言わしめる相手であることもあるが。

 しかし、だからこそ、ここではっきり言っておかないと折角の機会を逃すことになる。


 その後も何度か同じ問答を繰り返したあと、本人がそう言うなら一旦は保留ということになり。まずはゆっくり休むように、と未だ戸惑った顔の家族が退出すれば、レオノラは部屋に一人になる。 

 と同時に、ベッドから飛び起きて鏡へと駆け寄った。


 そこで見たのは、クリッと大きな紅い瞳と、輝く金髪を背中まで伸ばした二十二歳の貴族令嬢、レオノラ・ミロモンテ。屈強な兵士を纏め周辺諸国との境界を守る、ミロモンテ辺境伯爵家の娘が居た。


 その姿に、レオノラはこれまで生きてきた今世の記憶が正しいと確信した。そして、今思い出した前世の記憶が、これから先の未来も告げてくる。


 自分はレオノラ・ゲルツとなる。将来の夫は、悪役であり蛇宰相と嫌われ、ヒロインを我が物にしようと陰険に付け狙う、ベルナール・ゲルツ。


 その事実に鏡の前でレオノラは…


「やった!ベルナール様(最推し)に会える!」


 固く握った拳を突き上げ、ガッツポーズを掲げた。


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