未熟な僕でも
翌朝。
コンコンとノックの音で目を覚ました。
「ユニス、起きているか」
リリエットの声だ。
「……今起きたよ。どうしたの?」
寝ぼけ眼をこすりながら返事をすると、扉の向こうから短く告げられた。
「ナズカのことだ。どうやら、一人でダンジョンに行ったらしい」
「――えっ?」
一気に眠気が吹き飛んだ。
頭の中に、昨日の光景が蘇る。
あの時、僕は感情をぶつけてしまった。
ナズカは怯えた顔をして……そのまま僕は、声をかけることができなかった。
慌ててベッドから飛び出し、扉を開ける。神妙な顔をしたリリエットが立っていた。
「ネルコの話だと、早朝に宿を出て行ったそうだ。ダンジョンに行く装備だったが、一人だったので不思議に思って私に知らせてくれた」
「一人で……そんな無茶な」
胸の奥が冷たくなる。ネルコの言葉が本当なら、ナズカが向かったのは間違いなくダンジョンだ。
「……僕のせいだ」
思わず口から漏れる。
昨日、苛立ちをぶつけてしまったこと。その後、まともに話もできなかったこと。
「とにかく、追おう」
そう言って部屋の隅に置いてある装備を掴み、防具を身につけ始める。だが、ふと手が止まった。
「どうした、ユニス」
リリエットが怪訝そうに問う。
「いや……追いかけてどうするんだろうって思って」
うつむきながら答えた。
ナズカは一人でダンジョンに向かった。それは――僕らと一緒にはいられないと思ったからだ。いや、正しくは“僕と”だ。
「ユニス、顔を上げろ。私を見るんだ」
凛とした声に、思わず顔を上げる。リリエットの蒼い瞳が真っ直ぐ僕を見据えていた。
「昨日の態度はユニスらしくなかった。……私に何か言っていないことがあるのではないか?」
胸が刺されるように痛む。言葉が出てこない。
「それとも、私は相談役として仲間として頼りにならないのか?」
ハッとした。そんなことはない。リリエットが頼りにならないはずがない。
リリエットを信じている。
だからこそ、隠してはいけない。
僕は勇気を振り絞り、胸に抱えていた思いを一つ残らず語り始めた。
ナズカがルミナスクローバーの元メンバーだと気づいたこと。
僕がサハギンのダンジョンの攻略情報を広めたせいで、彼女のパーティが打撃を受けたのではないかと思っていること。
昨日、ナズカが独断で魔法を使ったとき、自分をないがしろにされたようで感情的になってしまったこと――。
たどたどしく、順番もめちゃくちゃで、それでも胸に溜め込んでいた思いを、僕はすべてリリエットに吐き出した。
話を聞き終えたリリエットは、一度ゆっくりと頷き、静かな声で言った。
「ユニス。サハギンのダンジョンの件――貴方は自分の行動を間違いだと思っているのか? 誰かのためにした選択が、別の誰かを不幸にしたかもしれない。だから自分は誤ったことをしたと考えているのか?」
「それは……」
「もし時を戻せたら、今度は何もしないのか? そうすればナズカたちがトレントのダンジョンを討伐していたかもしれない。彼女はいまも仲間と一緒だったかもしれない、と?」
「……いや、そんなことはない。僕があの時やったことは間違いじゃない」
はっきりと言い切る。あの行動のおかげで懸賞金は取り下げられ、そして――マリィが守りたかったものが守れ、僕らの仲間になってくれた。決して誤った選択ではなかった。
「そうだ。それなら胸を張れ。ナズカにも堂々と話すべきだ。どう受け止めるかは彼女の問題だ。自分の行動が“誰かを不幸にした”と勝手に決めつけるのは、ある意味で傲慢だぞ」
「……確かに、そうだね」
「それと、もうひとつ。昨日のことだ。ユニスは、なぜナズカが独断で魔法を使ったと思う?」
「それは……」
「自分の力を誇示したかったから? 貴方を無視して好き勝手にしたかったから?」
「……そう思ったところもある」
口にして、自分でも気づいた。あの時、自分の心にそんな疑いがよぎった。だからこそあんなに感情的になってしまったのだ。
「ユニス、私は魔法に詳しいわけじゃない。だが――魔法を撃つ前の集中。あれは目を閉じ、完全に無防備になる。そんな状態になるのは並大抵の覚悟じゃない。仲間を信じていなければ、あんな危険なことはできない」
確かにその通りだった。魔物を前にして目を閉じるなど、どれほどの勇気が要るだろう。僕はそれを無視して、ただ独断だと決めつけた。なんて愚かだったのか。
「リリエット……ありがとう。ナズカに会わないと。会って、謝らなきゃ」
「よし、ならば急ごう」
その力強い声に、胸の重さがほんの少しだけ和らいだ気がした。
僕はリーダーとしてまだ未熟だ。けれど、リリエットが仲間として支えてくれる。だからこそ、逃げずに向き合わなければならない。




