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【祝・書籍化!】融合スキルで武器無双!ゴブリンソードから伝説へ  作者: 田中ゆうひ
第三章

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苦い味

 紫の瘴気を纏ったトレントが、猛牛の突進のように一直線に迫ってくる。

 ナズカは目を閉じ、集中に入っていて身動きができない。


 ――なら、僕が止めるしかない。たとえ相打ちになろうとも。


 腹の底で覚悟を決め、斧を振りかぶって突進するトレントに向かってあえて駆け出した。


 ぶつかる!


 衝突の直前、全身の力を叩き込むように、横合いから渾身の一撃をぶつける。


 ――ガァンッ!


 全身に凄まじい衝撃が走り、僕の体は空中へと弾き飛ばされた。

 視界が激しく回転し、上下左右の感覚が消える。


 まるで地面に吸い込まれるように世界が反転し――ドンッ、と額を強打した。


「ぐっ……!」

 息が詰まり、視界が白く弾ける。


 地面に転がりながら必死に頭を上げると、トレントは大きく軌道を逸れ、壁へと激突していた。


 ナズカは一歩も動かず、集中を保ったまま立ち続けている。

 ――どうやら狙い通り、突進の方向を逸らすことに成功したらしい。


 痛みに顔を歪めながらも、胸の奥で安堵が広がった。

 だが、まだ油断はできない――。


 僕は必死に体を起こした。視界が揺れる。だが、トレントも態勢を立て直しつつある。ナズカを守らなければ……。


 ――間に合ってくれ。

 胸の奥でそう祈った瞬間、ナズカが瞼を開いた。集中を解いた証だ。


 視線が合う。


「撃って――!」


 掠れた声を張り上げ、僕はトレントを指さした。


 次の瞬間、雷光が奔る。

 轟音とともに紫の瘴気を纏ったトレントは雷に貫かれ、痙攣するように震えたのち、光の粒となって霧散した。


「……やった……」


 安堵と同時に力が抜け、僕はその場に崩れ落ちた。


 すぐに駆け寄ってくる足音。どうやらリリエットとマリィも、もう一体のトレントを仕留めたらしい。


「ユニス!」


 リリエットが慌てたように腰を落とし、ポーションを取り出す。

 僕は苦笑して手を振った。


「ありがとう。でも、ちょっと吹き飛ばされただけだから」


「血が出ているぞ」


 リリエットにそう言われ、額に手を当てる。指先にぬるりとした感触――そこで初めて、自分が出血していることに気づいた。頭を打ったときのものだろう。


 強がっても仕方がない。差し出されたポーションを受け取り、口をつける。


「……に、苦い……」


 舌が痺れるような苦味に思わず顔をしかめた。

 癒しの薬草と空きポーションを融合して生み出したポーション。人に飲ませたことはあったが、自分で口にするのは初めてだった。


 ――これほどまでに苦いとは。


「ユニス、大丈夫かい……?」


 少し遅れて合流したナズカが心配そうに身をかがめ、声をかけてくる。


 胸に安堵が広がるはずだった。だが、代わりに込み上げてきたのは別の感情――《《苛立ち》》だった。


「どうして勝手に……!」


 思いのほか荒い声に、自分自身が一番驚いていた。


 ナズカがびくりと目を見開く。怯えたような表情に、僕ははっとして口をつぐんだ。マリィとリリエットも驚いているのが分かる。


「……ごめん。無事でよかったよ。」

 すぐに取り繕うように言葉を重ねる。だが胸の内は、ざわついたままだ。


「う、うん……」

 ナズカはそれだけ返し、視線を伏せた。


 その後、傷が問題なく塞がっているのを確認し、僕らは地上へと戻ることになった。


 * * *


 ダンジョンを出て、街へと続く道を歩く。


 僕たちの間には重たい沈黙が流れていた。さっきの僕とナズカのやり取りが影を落とし、誰も口を開こうとしない。


 ――この沈黙の原因は間違いなく僕だ。


 あの時の苛立ちが、なぜあんなに強く湧き上がったのか。頭を冷やして考えてみると、理由ははっきりしていた。


 僕が怪我をすることになったからではない。


 ――僕の判断を待たずに、勝手に行動した。

 その一瞬、リーダーとしての存在を否定されたような気がしたのだ。


 あんなに感情的になるなんて……自分でも情けなかった。


 そして、僕の声に怯えたナズカの顔。

 いつもの自信に満ちた「偉大なる魔法使い」の顔ではなく、不安を隠しきれない素顔。


 頭をよぎったのは、昨夜マリィが言った言葉。

 ――「きっとルミナスクローバーの元メンバーよ」


 確信めいた予感があった。ナズカは追い出されたのだ。仲間から責められ、居場所を失って。

 そして今もまた、僕の言葉に押しつぶされそうになっているのかもしれない。


 ……僕が感情をぶつけてしまったことで、「ここにも居場所はない」と思ったのではないか。

 いま、ナズカはどんな気持ちでいるのだろう。


 声をかけなければいけない――そのことはわかっていた。

 けれど、その一歩が踏み出せない。

 もし声をかけるなら、僕はまだ話していないことを打ち明けなければならないからだ。


 ナズカがルミナスクローバーの元メンバーだと知っていること。

 そして、彼女たちが賞金を追っていたあの頃、僕らが裏でサハギンのダンジョンを討伐するよう誘導したこと。


 どれも伝えなければならない。だが、どう言葉にすればいいのか。

 考えがまとまらず、喉の奥で何度も言葉がつかえては消えていった。


 ――結局、その日はナズカに声をかけることができなかった。

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