夢の共演
床に転がったそれは、光を透かすように淡く輝いていた。
掌に収まるほどの大きさの塊。オレンジ色の輝きは柔らかくも深みがあり、まるで宝石のような存在感を放っている。
「これは……」
僕はそっと拾い上げ、鑑定のスキルを発動させた。
《魔花の琥珀:素材》
初めての素材だ。
「魔花の琥珀……だってさ」
「わあ、きれい……。高く売れるんじゃないかしら」
マリィが目を輝かせて言う。
「ふむ、売るのも良いが、これは……杖の素材にできるかもしれないな。宝石や魔石は杖の素材になると聞いたことがある。」
リリエットは冷静に観察しながら、可能性を口にした。
杖の素材――その言葉に僕の胸も高鳴った。融合の素材は基本的に試してみないと効果は分からないが、もしこれが杖に馴染むなら、ナズカの魔法をさらに強化できるかもしれない。
「……いや、そんなの、もったいないよ」
低い声で否定したのはナズカだった。
「もったいない?」
「そうだよ。せっかくの素材を杖に使っても……その杖が強くなったからって、魔法の出番がなければ意味がないだろう?」
思いのほか強い口調だった。僕は驚いてナズカを見る。
彼女も言った直後に、はっとしたように口をつぐんだ。言葉にするつもりのなかった本音が、不意に零れ落ちてしまったのだろう。
「ナズカ……」
――やはり、今日の探索で彼女が不満を抱いていたのは間違いない。
麻痺や脱力が人食い花にまで効いてしまったことで、魔法の出番がほとんどなくなってしまった。
魔法の運用をどうすべきか。それを判断するのはリーダーである僕の役目だ。ナズカが苛立ちを抱いたのは、僕の采配のせいだ。
ここで言葉を重ねるべきか――一瞬迷ったが、ダンジョン内での話し合いは危険だ。感情がぶつかり合えば、連携に支障をきたしかねない。
それに融合に使うかどうかは、宿に戻ってからでもいい。
「……とりあえず、この件は帰ってから考えよう。ダンジョンの中で長話するのは向いてないしね」
「そうだな。ちょうどいい区切りだし、今日はここまでにするのが良いと思う」
リリエットが頷き、空気を汲むように言った。僕はほっとする。
「賛成! せっかくいいものが手に入ったんだし、落ち着いて考えたいものね」
マリィも笑顔を見せ、あえて明るい調子で場を和ませてくれる。
「……まあ、君たちがそう言うなら」
ナズカは少し口を尖らせ、不満げに視線を逸らした。けれど、それ以上は何も言わなかった。
僕たちは五階層の探索を切り上げ、帰還の途につくことにした。
* * *
――だが、その帰り道。五階層を引き返し、四階層へ上がった直後のことだった。
「っ……!」
前方に現れた二つの影を目にして、思わず息を呑む。
緑色の瘴気を纏ったトレントと、紫色の瘴気を纏ったトレント。
どちらもかつて討伐したことのある“変異種”だ。だが、二体同時に姿を現したのは初めてだった。
「こいつら、普通のより速い。気をつけて!」
声を上げると同時に、二体のトレントは一斉にこちらへ突進してくる。動きは通常種よりも明らかに速い。
「マリィ、リリエット! 右の緑を止めて!」
「了解!」
二人はすぐに連携をとり、右の個体へと走る。マリィの短剣なら動きを封じられるかもしれない。
だが、もう一体――紫の瘴気を纏った個体は、僕とナズカの正面へ一直線に迫ってきていた。
僕は盾を構える。だが、突進の勢いはあまりに強い。真正面から受けるのは危険すぎる。避けるべきか……だが、ナズカは?
「ナズカ、下がっ――!」
振り返った瞬間、息をのんだ。
迫るトレントを前に、ナズカは逃げることもせず、ぎゅっと目を瞑って杖を構え、集中の姿勢に入っていた。
僕は魔法の指示などしていない。
――まずい!




