脱力
「よし、じゃあ《大百足の毒刃》――もとい《ヴェノムエッジ》の効果を、まず最初に確認しようか」
トレントのダンジョンへ続く石段を降りながら、僕は改めてパーティメンバーに告げた。
「一階層のトレントで試そう。僕とリリエットで前を抑えるから、最初の一撃はマリィに任せるね。もし効かなそうだったり、危なそうだったら僕とリリエットで仕留める」
「わかったわ」
マリィが短く応じ、腰の《ヴェノムエッジ》に手をかける。
「ナズカ、魔法はお預けだよ」
「ああ、僕もそこまで無粋じゃないさ。存分に――《エターナル・ヘル・ヴェノムエッジ》の真価を確かめたまえ」
例の長ったらしい名前を、ナズカは得意げに口にした。よくまあ、スラスラと言えるなと変なところで感心してしまった。
* * *
探索を始めて間もなく、ちょうどいい相手が現れた。
ゆっくりとこちらへ迫ってくる、一体のトレント。
「予定通り、行くよ」
僕は正面に立ち、盾を構えてその一撃を受け止めた。
枝のような腕が鈍い音を立てて弾かれる。
「今だ!」
合図と同時に、マリィが後方から滑り出るように飛び出し、黒紫の刃をトレントの足に深く切り込んでそのままトレントの後方に回り込んだ。
トレントの動きがふっと緩む。
斬りつけられた“足”が力を失い、支えをなくしたようにずるりと滑った。そのまま仰向けに傾き、後方に回っていたマリィの方へと倒れ込む。
「ちょっと!?」
慌てて横に跳び退くマリィのすぐ脇をかすめ、トレントの大きな体がどさりと音を立てて倒れ込む。マリィに怪我は無さそうだ。
「畳みかけよう!」
僕はリリエットに声をかけ、倒れたトレントに攻撃を叩き込む。転倒したトレントは反撃のすきもなく、あっという間に光の粒となって霧散した。
「脱力の方は、トレントにもちゃんと効いたね」
呼吸を整えつつ、僕は安堵を込めて口にした。
「ええ、そうみたいね」
マリィは満足げに笑い、《ヴェノムエッジ》の黒紫の刃を眺めながら言った。
「流石は地獄の猛毒だね!」
ナズカが興奮した様子で言った。実際は“大百足の毒”だが、本人が楽しそうなのでわざわざ訂正することないだろう。
「なかなかの効果だ。転倒させれば勝負はついたようなものだ」
リリエットが冷静に評価した。
「でも、まさかこっちに倒れてくるなんて、危うく下敷きになるところだったわ」
マリィが肩をすくめて言った。
「ちょっと危なかったね。とりあえずは気を付けるしかないね」
「そうだわ、それなら次はそっち側に倒していい? その方が攻撃もしやすいんじゃない?」
「それは問題ないと思うけど、そんなの制御できないんじゃない?」
敵がどちらに倒れるかなんて決められない。そもそも、さっきのように毎回きれいに転倒するとも限らない。
「ちょっと考えがあるの。あたしに任せて」
マリィは得意げに言った。
* * *
再び探索を進め、通路の先にトレントの姿を見つけた。
「さっきと同じ形で行くよ」
僕が短く告げ、リリエットと並んで前に出る。マリィは僕らの少し後方で腰を落とし、タイミングを見計らっていた。
トレントがうねるように拳を振り上げる。その瞬間――マリィが床を蹴り、矢のように飛び出した。脱力の効果が確実に効くとわかったから、先ほどより大胆な動きだ。
ヴェノムエッジが、トレントの足を裂いた。
そのままの勢いで後方へ回り込んだマリィは、体をひねり、背中へ渾身の蹴りを叩き込む。
ぐっと体重を預けて押し込むその動きは、まるで切り込みを入れた大木を最後に押し倒す熟練の木こりのようだ。
ぐらりと前方に傾くトレント。
こちらに倒れるとわかっていた僕とリリエットは同時に左右に飛び退き、倒れる巨躯をやり過ごす。そのまま間髪入れずに武器を振るい、無防備な胴体に攻撃を浴びせた。
あっという間にトレントは無数の光の粒になって霧散していく。
「ふふん、どう? あたしの作戦通りでしょ」
マリィが胸を張り、勝ち誇った笑みを浮かべた。
作戦というより、力押しだった気がするけれど、本人が楽しそうだったのでわざわざ訂正することはないだろう。




