「大百足の毒牙」×「アメジストダガー」
ナズカがパーティではなく、一人でいた理由――それが自分の行動のせいなのではないかという不安が、胸の奥に重く沈んでいた。
ナズカは宿賃が払えず、宿屋を追い出されていた。元のパーティと円満に別れたとは、どうしても考えにくい。何か事情があって急にパーティを抜けることになり、一人ではダンジョンで稼げず、とうとう宿からも追い出された……。
そして、その原因が自分にあるのかもしれない。
気がつくと、いつの間にか足が止まっていた。
横を見ると、マリィが心配そうに僕を見つめている。
マリィが僕にルミナスクローバーの話をしたのは、きっと彼女も僕と同じ予想をしているからだろう。
「大丈夫だよ。マリィが心配することじゃないよ」
根拠もないのに、僕はそう言って笑ってみせた。
* * *
マリィを孤児院まで送り届けたあと、宿の自分の部屋へ戻る。
ベッドに横になり、さっきのマリィの言葉が頭の中をぐるぐる回った。
やはり、僕の取った行動がナズカのパーティに不和をもたらしたのだろうか。
いや……僕らの行動は関係ないかもしれない。それに、ダンジョンが討伐できるかどうかは、結局はそのパーティの実力の問題のはずだ。
でも――ナズカに話しておくべきだろうか。
話したところで何が変わる?
ただ関係をこじらせるだけかもしれない。
色々な考えが頭の中を巡っては消えていった。
そうしているうちに、意識は遠のいていった。
* * *
気づけば、朝になっていた。昨日は考え事をしながら、そのまま眠ってしまったらしい。
軽く身支度を整えて食堂に降りると、リリエットとナズカがすでにテーブルについていた。
ナズカの姿を見た瞬間、一瞬だけ緊張が走る。
「やあ、おはよう。昨日は醜態を晒してしまったね。だが、偉大なる魔法使いがパーティに加入した祝いの席だからね。君たちの浮かれた空気に、僕もほだされてしまったのさ」
「一杯飲んで、そのまま眠っただけだろう。大げさだな」
リリエットが肩をすくめる。そのやり取りから、二人の距離感が昨日よりも近くなったように感じられた。
「二人ともおはよう」
なんとなくナズカに何か言わなければと思っていたが、いつも通りの調子で話す彼女を前にすると、言葉は喉の奥で引っかかった。
今はまだ、その時じゃない――そう思った。
その後も、三人で賑やかに朝食をとるうちに――
わざわざこの空気を壊してまで話すことではない気がしてきた。
まだ、僕らは知り合ったばかりだ。
少しずつ打ち解けてきている今は、言わない方がパーティにとっても良いのかもしれない。
* * *
朝食をとった僕らは装備を整え、トレントのダンジョンへ向かった。
いつものように、マリィとは街の門で合流する。
マリィは合流してすぐ、意味ありげに僕へ視線を送ってきた。
――あの後、何か話したのか? 聞いたのか?
そう問いかけるような目だ。
僕は小さく首を振る。
マリィはほんの一瞬だけ目を細めたが、それ以上は何も言わず、すぐに前を向いた。
そのまま僕らは、何事もなかったかのようにダンジョンへ向けて歩き出す。
リリエットとナズカは、僕らのやり取りには気づいていないようだった。
やがて、空気は自然と日常のものに戻っていく。
マリィは気持ちを切り替えたのか、いつものように明るい調子で色々と話題を振ってくれる。
ナズカとリリエットも和やかに会話していて、昨日の食事会のおかげかパーティ全体の空気が前よりも柔らかくなっている気がした。
「ところで、今日も“アレ”をするんだろう? 昨日の話だと、マリィの武器に――」
ダンジョンへの道中、ナズカが周囲を見回しながら切り出した。
周りに他の冒険者はいない。“アレ”――つまり融合のことだ。
「そうだね。今日はマリィのダガーに“大百足の毒牙”を融合する予定だよ」
僕は足を止めながらそう答えた。
ダンジョンに近づくと、逆に準備をする冒険者で人影が増える。
だから今、この辺りで融合してしまうのがちょうどいい。
今日の融合の組み合わせについては昨日、ナズカが酔いつぶれる前に話をしていた。ちゃんと覚えていたらしい。
「そうだったわね。きっとすごい効果の短剣になるわ」
マリィも明るく言いながら、腰のアメジストダガーを外して僕に差し出す。
以前、アメジストリンゴと融合して作ったダガーだ。
刀身が鮮やかな紫色をしていること以外は、性能は普通のダガーと変わらない。
「こっちのダガーでいいんだね?」
一応、確認する。マリィはパラライズファングとアメジストダガーのほかに、何も融合していないダガーも持っているはずだ。
「ええ、だって大百足の素材を融合するんでしょ? 見た目がグロテスクになったら嫌だもの。まだこっちのダガーの方が、きれいな色味になる可能性が高いわ」
――意外な理由だが、ちゃんと考えがあったようだ。
僕はバックパックから、宿から持ってきた“大百足の毒牙”を取り出す。
黒く光沢を帯びた、ギザギザの牙。確かに優雅とは言いがたい見た目だ。
「それじゃあ、やるね」
片手に短剣、片手に毒牙を持つ。
「ちゃんと“カッコいい短剣”をイメージしてね」
マリィが念を押すように言った。
融合の結果は、融合時のイメージに少なからず影響される。
今回のパターンでどれほど変わるかは分からないが――。
しかし、難しい注文だ。僕からすれば、このギザギザの牙にも一種のカッコよさがあるし、毒もこの形状のほうが効きそうな気がする。
けれど、マリィはとにかく“虫っぽさ”を嫌っているのだろう。
「わかったよ」
とりあえず短く返事をし、精神を集中させる。
アメジスト色の、鋭利な短剣をイメージする。
対象はマリィ。
融合。




