打ち上げ
魔法の運用には悩みつつも、トレントが二体同時に出てきても、僕らは十分に連携をとって対応できると分かった。
その手応えを得て、僕たちは四階層へと進む。
四階層までは、出てくる魔物は今までと同じトレントで、同時に出てくる数も同じく最大で二体だ。
ただし、黒曜ブドウという高価な素材をドロップする個体が現れることもある。周回するならこちらの方が金銭的においしい。
魔物の種類が変わるのは次の五階層からで、そこからは人食い花が出現する。
だが、今日はナズカを加えた初めての探索だ。
無理をせず、四階層で切り上げるつもりでいた。
ナズカの魔法については、必要な時に僕が声をかけるという方針を取ることにしていた。
魔法の使用には回数制限がある。だから、トレントが二体出てくるたびに魔法を撃っていては、あっという間に尽きてしまう。
四階層に降りてからしばらく進んだところで、通路の奥にトレントを二体発見した。まだ距離があるが、向こうもこちらに気づいたようで、ゆっくりと歩み寄ってくる。
魔法を使うには理想的な遭遇の仕方だ。
「ナズカ、魔法を!」
盾を構えてトレントを迎え撃つ体勢を取りながら、僕は後方のナズカに声をかける。
「うん、任せて」
ナズカはそう答えると目を閉じ、杖を両手で握りしめた。
魔法を放つための集中状態に入る。
トレントの接近を警戒しつつ、僕はナズカの様子に目を向ける。
今までの戦闘では、僕たちが交戦している最中に魔法をお願いしていたため、彼女の集中の様子を正面から見るのはこれが初めてだった。
目を瞑って杖を握っているその姿には、外見上の変化はほとんど見られない。けれど、空気が静まり返るような不思議な感覚が伝わってくる。
心の中で数を数える。
トレントとの距離はまだある。1、2、3……6。
六つ数えたところで、ナズカが目を開いた。
「撃つよ!」
彼女はまっすぐ前方を見据え、力強く言い放つ。
僕たちは彼女の射線を遮らないように散開し、後方からの雷撃を待つ。
瞬間、ナズカの杖の先から稲妻がほとばしった。
それはまるで杖とトレントの胴体が一瞬で光の糸で結ばれたようだった。
次の瞬間、ぱぁん、と乾いた破裂音が辺りに響く。
雷が直撃したトレントは煙を上げ、まるで糸の切れた人形のように前のめりに倒れ込んだ。
見事な威力だ。何度見ても感嘆せずにはいられない。
「残りを一気に片付けるよ!」
僕がそう叫ぶと同時にトレントに向かう。リリエットも同時に飛び出して並走する。マリィは少し後ろから続く。マリィは遅れたわけでなくサポートを意識しての動きだ。
三人で残った一体のトレントを包囲し、次々と斬撃を浴びせる。
連携はすでに板についてきており、短時間でトレントを仕留めることができた。
これで戦闘は終了。
なかなか良い連携が取れていると思う。
* * *
その後も、僕たちは四階層での探索を続けた。
ナズカが魔法を撃つのは、おおよそ三〜四回に一度くらいの頻度だった。
通路の合流地点や曲がり角など、遭遇のタイミングによってはすでに距離が詰まっていて、魔法の出番がないことも多い。そもそも単体で現れるトレントであれば、ナズカ以外の三人だけで十分に対処できた。
やがて、バックパックがずっしりと重くなってきた頃――
「魔法、あと五発くらいかな」
ナズカがさらりと言った。
ちょうど良い頃合いだった。今日は最初こそ手探りだったが、それでもかなりの数のトレントを狩ることができた。特別なドロップこそなかったものの、四人で分けても十分な収入になるはずだ。
僕たちは迷宮都市に戻り、ギルドでドロップアイテムを売却して、稼ぎを四等分にした。マリィは今回、いくつかのルビーリンゴと満月ミカンを孤児院に持ち帰りたいとのことだったので、その分も含めて計算して分配することにした。
分配についてはリリエットが、あっという間に計算してくれる。さすがは貴族の令嬢だ。
「ねえ、今日はせっかくだから四人で晩御飯を一緒に食べましょうよ」
稼ぎの分配を終えたところでマリィがそんな提案をしてきた。
「孤児院の方、大丈夫なの?」
「いつまでも私ばっかり世話してるわけにはいかないでしょ? 昨日はちゃんと休みもらって色々してきたし、シスターもいるから今日は任せ大丈夫よ」
頼もしげに言う彼女に、僕たちも頷いた。
ということで、僕らは四人そろって宿に戻り、一緒に夕食をとることになった。
その前に、せっかくの機会なので、僕はリリエットの左脚のグリーブへの融合を、皆の前で行うことにした。昨日の夜に右脚に行った融合と同じ手順だ。
当然、結果も前回と同様だった。
《百足甲殻のグリーブ(左):グリーブ 防御力3 ※リリエット以外が使用すると破損》
ナズカは目を輝かせ、興味深そうにグリーブを眺めていた。
* * *
やがて、夕食の時間になり、僕らは下の食堂に移動する。
いつもはリリエットと二人で囲んでいるテーブルを、今日は四人で囲んだ。
僕とリリエット、ナズカはエールを頼み。マリィは果汁を水で割ったものを頼んだ。
「じゃあ――今日はお疲れさま、乾杯!」
「乾杯!」
ジョッキがぶつかり合い、ほんの少し泡がこぼれた。
「ナズカ、今日はありがとう。おかげでいい探索ができたよ」
僕がそう言うと、ナズカは肩をすくめて軽く笑った。
「僕も楽しかったよ。偉大な魔法使いほどではなかったけど――まあ、君たちもなかなかだったね」
「それは光栄だね」
僕も笑い返し、続ける。
「ところで、明日からなんだけど、また一緒にダンジョンに行くのはどうかな? 僕たち、いい連携が取れてたと思うし」
ダンジョンの主の討伐を目指すなら、ナズカのような魔法使いの存在はとても重要だ。ナズカとこれからも一緒に戦っていけたら心強い――そう思っての申し出だった。
「ま、まあ……君たちがどうしてもって言うなら、そうしてもいいよ?」
ナズカは少しだけ言い淀んだあと、照れ隠しのようにそう答えた。
僕はリリエットとマリィに視線を送る。二人とも、すぐに頷いてくれた。
「うん、ナズカ。どうしても君みたいな偉大な魔法使いが、パーティにいてほしいんだ」
「そ、そうか……それなら……しょうがないね。明日からも、頼むよ」
少しずつだけど、ナズカの扱い方が分かった気がする。




