魔法の運用
「……まあ、魔物相手に常識で考えても仕方がないね。麻痺については今後も魔物ごとに試していこう」
そう締めくくったあと、僕はあらためて仲間たちを見渡した。
「とりあえず、これで少しはお互いのことが分かったね」
僕がそう言うと、マリィが軽く笑って肩をすくめた。
「あたしの麻痺は不発だったけど、まあいいわ。試してみないと分からないものね」
少しだけ残念そうな口調だ。きっとナズカに麻痺の効果を見せたかったんだろう。だがこればかりは仕方がない。
「じゃあ、これから階層を降りていこう。僕とリリエットは五階層まで行ったことがあるから、そこまでのルートのメモはあるんだ。でも今回は初めて四人でパーティを組んだし、まずは三階層までにしておこうと思う。しばらく三階層で戦って、連携を試そう。三階層だと、トレントが二体同時に出てくるからね」
以前はリリエットと二人で倒していた相手だ。
四人なら、戦力的には何の問題もないはずだ。
余裕のある階層で連携を深めておきたい。
一体ずつしか出てこない一階層では、楽すぎて連携の練習にならない。
リリエットが真剣な顔で頷き、マリィも自然にそれに続いた。
僕はナズカに視線を向ける。
「僕もそれで問題ないよ。この階層だと敵が弱すぎるしね」
ナズカは軽く笑って、いつもの調子で答えた。
「じゃあ、決まりだね。三階層に行くまでに出てくる単独のトレントは、僕とリリエットで倒しちゃおう。魔法も温存でいこう。マリィも体力を温存しておいてね」
「ああ、わかったよ」
「了解」
* * *
メモを頼りに、僕たちは最短ルートを選びながら階層を進んでいった。
迷うことなく、戦闘回数も少ないまま、やがて三階層へと続く階段までたどり着いた。
階段を降りながら、僕は仲間たちに向けてこの階層での作戦を話した。
「トレントが二体出てきたら、僕が一体、リリエットとマリィで一体を担当しよう。マリィは無理にダメージを狙わなくていい。リリエットのサポートをお願い」
マリィは頷きながら、任せてと言わんばかりに腰の短剣を軽く叩いた。
「ナズカ、君はリリエットたちが相手にしている方のトレントを狙ってくれる?」
僕の黒溶の戦斧はトレントに対して相性が良い。
一人でも十分に倒せる自信がある。
一方で、マリィの短剣では、トレントに決定打を与えるのは難しい。リリエットのアイスブランドは強力だけど、単独でトレントを倒すには少し時間がかかる。
だからこそ、マリィの素早い動きで注意を引いてもらい、リリエットが決定打を狙う隙を作ってもらいたい。
さらに時間を稼げれば、ナズカの魔法でとどめを刺すことができるはずだ。
「分かったよ。じゃあ、トレントが二体出てきたら、毎回魔法を撃つってことでいいんだね?」
ナズカが確かめるように言った。
ナズカの魔法には回数制限がある。彼女自身の説明によれば、おおよそ二十発が限界だという。
「うん、それでお願い。回数についてはナズカの方で管理してくれる? 残り回数が少なくなったら……そうだね、五回になったら教えてくれると助かる」
「ああ、任せてくれ。魔力の管理も――偉大なる魔法使いのたしなみだからね」
ナズカは胸を張り、得意げに笑った。
「トレントが一体だけの場合は、今まで通り。僕とリリエットで倒すよ」
方針が決まり、いよいよ三階層での探索が始まる。
* * *
三階層での戦闘は、狙い通りに進んだ。
トレントが二体現れた際には、僕が一体を正面から引きつけて撃破し、もう一体にはリリエットとマリィが連携して対処し、最後はナズカの雷がとどめを刺す――という形。
想定した通りの流れだった。
それ自体は悪くなかった。実際、被害もなく安定して勝てていた。
だが、いくつかの戦闘を重ねるうちに、ふと疑問が芽生えた。
――この戦い方だと魔法、もったいないかもしれない。
冷静に振り返ってみると、ナズカの魔法がとどめを刺すタイミングには、すでに僕が一体を倒し終えていて、三人で残りの一体を囲める状況が整っていることも多かった。
リリエットとマリィの連携もどんどん洗練されてきていて、彼女たちだけでも少し時間をかければ倒せそうな場面が増えてきている。
つまり、端的に言えば――魔法が必要ない戦闘が、けっこうあるのだ。
「ナズカ、今度から魔法は、敵を発見したときに距離がある場合に使おう。向こうがこちらに近づいてくるまでに時間がかかるときに、魔法で先制して一体を倒してしまおう。残りの一体は、三人で仕留めればいい」
戦闘を終えみんなが息を整えているタイミングで、僕はナズカに提案する。
「魔法を使ってほしいときは、僕から声をかける。どうかな?」
先ほどナズカが「毎回撃つのか」と確認してきた理由が、今になってようやくはっきり分かった気がする。
魔法には回数制限がある。
敵が二体現れたからといって、毎回使っていたらすぐに尽きてしまう。
それをどう効率よく、必要なタイミングで使うか――それこそが、魔法使いをパーティでどう活用するかという問題なのだ。
「分かったよ。そうしよう」
ナズカはあっさりと頷いた。
きっと、僕が思っていたことは、他のみんなも薄々気づいていたのだろう。
改めて考える。
回数制限のある魔法を、パーティ全体の中でどう活かしていくか――
それは思っていた以上に、難しいことなのかもしれない。
そもそも魔法がなくても通用する階層では魔法を使わないのが正解なのかもしれない。
だが、逆に魔法がなければ対応できない階層へ挑むなら、その“残りの魔法回数”が、そのままパーティの“探索可能な戦闘数”になってしまう。
二十発。
それは思っていたより、少しだけ――心もとない。




