木にはキかぬ
「ナズカ、君の雷魔法も本当にすごかったよ」
そう言いつつ、僕はマリィとリリエットに視線を送り、周囲の警戒を任せる。ナズカに僕自身のスキルについて説明するつもりだったが、まだ階層の入り口とはいえ油断は禁物だ。不意打ちがないとも限らない。
「ただ、実は僕もスキルを持っているんだ。『融合』っていうスキルなんだけど――」
僕は軽く自分の斧を掲げ、刃に走る赤い炎の紋様を見せた。
「二つのアイテムを組み合わせて武器や防具を作れるんだ。この斧は火の追加効果を持っているし、リリエットの剣は冷気を纏っている。口で説明するより、実際の戦闘を見てもらった方が早いと思ってね」
「そんなスキルが……なるほど、それで剣の攻撃が効きづらいトレントを、あんなに簡単に倒せたんだね……」
ナズカは感嘆の声を漏らしつつ、僕の黒溶の戦斧をじっと観察した。
「色々と制限はあるんだ。いつでも何でもできるわけじゃないし、詳しいことはまた今度。ここはダンジョン内だしね」
僕は念のため周囲を見渡し、一旦話を区切る。
「でも、必要ならいつでも説明するよ。これから一緒に冒険するんだから、知っておいてくれると嬉しい」
「……ふふ、なるほど、大体はわかったよ。いや、それでこそ“偉大な魔法使い”の仲間に相応しいよ!」
ナズカは驚きの色を残しつつも、いつもの調子を取り戻したようだ。
「そうね。偉大な魔法使いの足を引っ張らないように頑張るわ」
周囲を警戒していたマリィが軽口を返す。
その言葉に僕は思わず微笑んだ。
ナズカの独特な自信家ぶりに、一番うまく合わせているのは今のところマリィかもしれない。
そう思ってナズカの方を見ると――
一瞬だけ、彼女の表情が曇った。
ひきつった、と言った方が正しいかもしれない。
だが、すぐにナズカはいつものような笑みを取り戻し、明るい声で答えた。
「ああ、頼むよ」
気のせいだろうか。
少しだけ気になったが、深く考えずに話題を切り替える。
「そうだ、マリィの短剣も融合でできた武器なんだ。麻痺の効果がある」
「そうね、でも効き目は魔物ごとに違うのよ。ユニス、次は私の番よね」
「うん、トレントに試すのは初めてだからね。効き目を試そう。僕とリリエットで正面を受け持つから、マリィは隙を見て攻撃してね。ナズカは悪いけど、今度もお休みだね」
仲間を見渡すと、みんな異論はないようで軽く頷いてくれた。
* * *
探索を続け、間もなくして通路の先に一体のトレントが現れる。
作戦通り、僕とリリエットが盾を構えて正面から突っ込む。
トレントの太い腕を受け止め、体勢を崩させる。
その隙を突いて、マリィが素早く側面から滑り込んだ。
手にした短剣――パラライズファングが、樹皮にかすかに切り込む。
だが、トレントは特に反応を示さない。
麻痺の兆候もなく、動きは鈍らなかった。
「リリエット、マリィ――倒すよ」
即座に切り替え、僕とリリエットが畳みかける。
斧と剣が一閃し、トレントは光の粒子と化して崩れ落ちた。
「効かなかったわね」
マリィがあっさりと言い、短剣を腰に戻した。
「うーん、そうみたいだね。実は、ちょっとそんな気もしてたんだ」
僕は苦笑しながら答える。
「そうよね。私も実は少しだけそんな気がしてたわ」
マリィが肩をすくめる。
麻痺自体が効かないのか、それとも短剣の一撃が浅かっただけなのか――
そこははっきりしないが、一旦「トレントには麻痺は効かない」と考えていいだろう。
「まあ、木が麻痺するってのも変な話よね」
マリィが軽く笑いながら言う。
「それを言ったら、木が歩いてる時点でおかしいかもね」
……まあ、魔物相手に常識で考えても仕方がない。
これからも魔物ごとに試していくしかなさそうだ。




