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【祝・書籍化!】融合スキルで武器無双!ゴブリンソードから伝説へ  作者: 田中ゆうひ
第三章

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黒糸の????

 「まあ、僕が攻撃も防御もしなくても戦闘が終わるなら、それはそれで良いことだけどね」


 囮だとしても、それは確かに立派な役割だ。そして囮が攻撃を食らうことなく戦闘が終わるなら、むしろ理想的な状況と言えるだろう。


 ダンジョンでは何が起こるか分からない。大蜘蛛も、ギルドの情報によれば、背中に赤や青の模様がある個体が確認されており、それぞれ毒を持っていたり、糸の性質が異なるらしい。いま余裕を持って戦えているということは、それだけ不測の事態への備えができている、ということでもある。


 そもそも、今のところ大蜘蛛は糸による攻撃をしてこない。倒すまでの時間が短すぎるのか、それとも通常の個体だとしてこないのか。いずれにせよ、まだこの魔物の全容を把握できたとは言えなかった。


「ねえ、二人とも。余裕のあるうちに、確かめたいことがあるんだ。盾のことなんだけど」


「ふむ。その盾の“虫系統からの敵対心上昇”というやつか」


 リリエットがすぐに察する。


「うん。思ったより効果があるような気がしてるんだ。でも、実際のところどれくらいの効果なのか、下の階に行く前に確かめておきたいんだ」


「どうやって確かめるの?」


 マリィが首をかしげた。


「リリエットと僕の位置を入れ替えて、僕は最初の攻撃まで少し後ろにいようと思うんだ。マリィも、最初の一撃までは様子を見てほしい」


「大蜘蛛が私を無視するのか、確認するのか?」


「うん、それもあるけど……さすがに完全に無視するとは思ってないよ。どっちかというと、後から僕が攻撃したときに、攻撃対象が僕に切り替わるかどうか。そういうのを見ておけば、いざという時に役立つから」


 必ずしも、ダンジョン内で正面から敵を迎え撃てるとは限らない。いまは三人での行動だから、誰も気づかず敵が接近してくる可能性は低いとはいえ、備えておくに越したことはない。


「なるほどな。確かに試してみる価値がありそうだ」


「ふーん、分かったわ。何ごとも経験ね」


 二人の同意を得て、実験は始まった。リリエットが先頭に立ち、僕とマリィが少し後ろに下がるという変則的な隊列で、慎重に進む。


 ほどなくして、大蜘蛛が前方に姿を現した。


「来るわよ!」


 マリィの声に、リリエットが盾を構えて応じる。その姿を背後から見るのは、どこか奇妙な気分だった。


 大蜘蛛はまっすぐリリエットへと迫り、目前で足を振り上げる――やはり、正面の相手を無視するような真似はしなかった。


 僕はその動きを見て、素早く左側に回り込む。マリィも同時に右側に展開。僕は走り込んだ勢いのまま、大蜘蛛の左足へ黒溶の戦斧を振り下ろした。


 リリエットのように一度に複数の足を断ち切ることはできなかったが、命中した一本は切断できた。切断面からは煙が立ち上る。


「よし……!」


 続けざまに胴体へ攻撃を入れようとした、その時。


 大蜘蛛が残った足で体勢をひねり、こちらへと向き直った。口の横の鋏のような牙が開く。


「噛みつきか……!」


 反撃が来ることは予想していたので、冷静に盾を構える。


 そもそも、僕に攻撃してくるということは、リリエットに無防備な側面を晒し、マリィには背後を完全に明け渡しているということだ。


 案の定、大蜘蛛の牙が届くより早く、リリエットの剣が鋭く閃いた。


 二本の足が宙を舞い、すぐさまマリィもその巨大な腹部に短剣を突き立てる。


 大蜘蛛が怯む。


 その隙を逃さず、僕は渾身の力で黒溶の戦斧を頭部に叩き込んだ。


 八つの目が並ぶ中央に斧が食い込み、そこから赤く輝く溶岩が溢れ、煙を上げる。


 大蜘蛛は一瞬ピクリと痙攣したかと思うと、やがて力なく倒れ、光の粒となって崩れ落ちた。


 「割と思った通りの結果だったね」


 僕は一息ついてからそう言った。


「攻撃の範囲にいるなら優先して狙う……といった感じだな」


 リリエットが簡潔にまとめる。確かにその通りだった。


「うん、そうみたいだね。よし、じゃあ効果もある程度わかったし、隊列は元に戻そう」


 その後も僕たちは探索を続けた。だが、残念ながらこの日は二階層への階段は見つからなかった。けれど、十分な数の大蜘蛛を倒して素材も集まり、バックパックがある程度埋まった時点で探索を切り上げることにした。


   * * *


「今日は収穫の多い一日だったね」


 宿へ戻る道すがら、僕はしみじみとそう呟いた。


 クロークの融合に始まり、マリィの大蜘蛛の克服、そして盾の効果検証まで出来た。


「そうね。あたしも大蜘蛛にリベンジできたから満足だわ。クロークも動きの邪魔にならなくて、すごく良い感じ」


 マリィは満足げに笑って、クロークの裾を指先でつまんで見せた。本当に気に入ったらしい。


「ああ、良い一日だった。それに、明日は融合の実験も控えているな」


 リリエットも頷きながら言った。


「そうだわ、同じ融合でクロークになるか確かめるのよね? 何も考えずに融合するってことよね?」


「いや、それよりクローク以外をイメージして融合する方が、確実だと思う」


 僕はそう答えた。意識の有無が結果に影響するかを見るには、前回と異なる明確なイメージを持つほうが比較しやすい。


「確かにそうだわ。でも、何をイメージするのがいいのかしら? 順番で言ったら、次はリリエットの装備にするんでしょ?」


 マリィが僕を見ながらそう言う。特に誰が次、という取り決めはないが、三人ともできるだけ平等に融合を使いたいという意識は自然と共有していた。


 僕自身の装備は現状で困っていないし、必要性という点では二人の方が優先度は高い。


「もし私の装備で良いのなら、グリーブをイメージするのはどうだろうか?」


 リリエットが僕に確認するように訊いてきた。確かに、彼女のグリーブはいまだに初期装備の皮製のままだ。以前、鎧はリザードマンの鱗の物を新調したが、グリーブは後回しになっていたままだ。


「いいね。でも、革と糸だとグリーブになるかちょっと微妙かも」


 僕はそう前置きしながらも考えを巡らせる。


 防具屋で見た黒狼の革製グリーブは、何枚もの革を重ねることで厚みと防御力を確保していた。それに比べて今回の素材は、黒狼の革一枚と大蜘蛛の絹糸。皮のグリーブに黒狼の革を融合するならまだしも相方が絹糸だと少し怪しい。


 もっとも、過去の融合では元の素材のサイズや質量から逸脱した完成品ができたこともあるので、やってみなければ分からないというのが正直なところだ。


「ああ。だから、実験としてもちょうどいいと思ってな」


 リリエットが小さく頷く。


「なるほどね。なら、その融合は宿でやってきていいわよ。明日は門で集合するでしょ? 本当にグリーブになったら今の装備が邪魔になるかもしれないし。あたしは結果だけ後で聞くわ」


 マリィの言葉に、僕も納得した。


 最近は三人そろって朝に融合するのが習慣になりつつあったけれど、たしかに完成した装備がかさばるような場合は、その後の行動に差し支える。宿で済ませるのが賢明だろう。


「わかった。じゃあ、明日の朝にやってみるよ。結果、楽しみにしててね」


「ええ、期待してるわ」


 マリィは笑顔でそう答えた。リリエットも口元に軽く笑みを浮かべて頷いた。


   * * *


 翌朝、リリエットが僕の部屋を訪ねてきた。


 融合のためだ。


「よし、じゃあ早速やってみようか」


 僕は昨夜のうちにテーブルに用意しておいた素材に手を伸ばした。黒狼の革と、大蜘蛛の絹糸だ。


「ああ、頼む」


 リリエットが静かに頷いた。


 僕は素材を両手に持ち、目を閉じて意識を集中させる。思い描くのは、リリエットの足を守るための装備。彼女のような剣士にふさわしい、しなやかで丈夫な――グリーブ。


 融合。


 対象はリリエット。


 素材が光に包まれ、光が収まると、手の中には……柔らかそうな布が現れていた。


 ズボンのようだが、生地が薄い。そして黒光りするような艶があり、触ってみると、するりと滑る感触。これは……一体何だろうか。


 鑑定。


《黒糸のストッキング:衣服 ※リリエット以外が使用すると破損》


「クロークじゃないね。やっぱりイメージが融合結果に影響したってことだよね。でも、黒糸のストッキングだって……? これ、防具にしては薄すぎるよね」


 僕は思わず眉をひそめながら口にした。


 ストッキング―――聞き慣れない言葉だ。そもそも鑑定でも衣服となっている。防具ではないのか。


「ユニス、その……少し貸してくれ」


 リリエットが静かに手を差し出した。その表情は、普段の冷静さに加えて、どこか複雑な戸惑いの色を帯びている。


 僕が手渡すと、彼女は布を軽く広げながら観察し、ゆっくりと口を開いた。


「これは……ドレスの下に履くものだな。下着の上に履く、いわば……下着とズボンの中間。いや、どちらかというと……下着だな」


 微妙な空気が流れる。リリエットの表情も、明らかに説明しにくそうな雰囲気になっていた。


「えっと……じゃあ、すぐに使い道はないかな」


 僕が気まずそうに言うと、リリエットは少し考えるように視線を落とした


「いや、防具の下に履くにはちょうど良い。……少し待っていてくれ」


 そう言い残すと、彼女はストッキングを手に持ったまま、隣の自室へと戻っていった。


   * * *


 しばらくして、ふたたびノックの音がした。


 扉を開けると、リリエットが立っていた。いつもの冒険者姿――蜥蜴鱗の鎧に、皮のグリーブ、そして靴。


「どうだろうか」


 そう問いかける彼女の姿は、まったくもって――いつも通りだ。


「えっと……ごめん、普通にいつも通りに見えるよ」


「……ああ、そうか。そうだな。私は何を言っているのだろうな……」


 リリエットはほんの少しだけ肩を落とすようにしてつぶやいた。


 なんとなく、彼女なりに“変化”を期待していたのかもしれない。


「じゃあ、逆に聞くけど……そのストッキング、履き心地はどう?」


 僕が尋ねると、リリエットは目線を合わせることなく淡々と答えた。


「さらさらしている」


 その一言に、妙な説得力があった。

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