リーダーの役割
「できたよ、マリィ。本当にクロークができたね」
手の中に現れた黒い外套を見つめながら、僕は内心で驚きと安堵が交錯するのを感じていた。マリィの希望を叶える形になって、まずは一安心。それに、もしこれが“意図した形に融合できた”というのなら――それは、今後にとっても大きな意味を持つ。
「すごいわ、ユニス。あたしの思った通りの装備よ」
マリィは笑顔でクロークを受け取ると、早速その場で羽織ってみせた。
クロークは、光を吸い込むような深い黒色をしている。滑らかでしなやかな生地は身体に自然に沿い、フードを被れば顔まで隠れる仕様になっている。この柔軟さは大蜘蛛の絹糸の性質なのだろう。
「黒糸のクローク、防御力が2で“気配遮断(小)”って効果が付いているよ。効果量は小だから、どこまで役立つかはまだ分からないけど」
「そんな効果まで付いたの! 最高ね!」
マリィはその場でくるりと回って見せた。嬉しさを隠しきれない様子で、まるで子どもみたいだ。
気配遮断の効果については、ぱっと見ただけではよく分からなかった。まあ、これだけ元気に動き回っていれば、“気配”も何もあったものではないけれど。
「ふむ、よく似合っているな」
リリエットが優しい声で言った。
「えへへ、ありがとう」
マリィは嬉しそうに笑う。その姿を見て、僕も思わず微笑んでしまった。確かに、このクロークは彼女によく似合っている。とはいえ、全身黒装束に短剣使い……まるで暗殺者のようだ。でも、マリィの快活な性格が、その印象をほどよく中和していた。
「ねえ、今の融合。実はクロークの形を明確に意識して融合したら、本当にクロークになったんだ。関係あると思う?」
僕はふと疑問に思ったことを、二人に共有してみる。
「ふむ……。融合の結果を指定できた、ということか。だが、今までも完成形を全く意識せずに融合していたわけじゃないだろう?」
リリエットが少し首をかしげて答えた。
「うん、確かにそうなんだけど……。今回はちょっと違う感じだったんだよね」
僕は言葉を選びながら続ける。
「今までも、“こうなったらいいな”とか”こうなるかも”って思って融合したことはあるけど、今回みたいに“これになってくれ”って強く意識したのは初めてだったかもしれない。しかも、素材の組み合わせが防具になるかどうかも微妙で、不安があったからこそ、より強くイメージしたんだと思う」
「それなら、簡単に確かめる方法があるわよ」
マリィが前のめり気味に言った。
「同じ組み合わせで、もう一度融合すればいいのよ。同じ物ができたら、意図しなくてもそうなるってこと。違う物ができたら、意図が影響したってことじゃない?」
「確かに、それが最も確実に確かめられる方法だな」
リリエットも頷く。
「なるほどね。じゃあ、今はこれ以上考えても仕方ないか。明日融合して確かめるしかなさそうだね。……でも、大蜘蛛の絹糸はもう手元にないんだよね」
僕は少しわざとらしくマリィを見た、マリィは僕の目線を受け止めて意気揚々と拳を握りしめた。
「ええ、だから今日は――あいつにリベンジよ!」
高らかに宣言するマリィの姿は、昨日とはまるで別人のようだった。
* * *
僕たちは再び、大蜘蛛のダンジョンの階段を降りていた。マリィは今のところ落ち着いていて、顔色もいい。少なくとも昨日のような怯えは、まったく見られない。
「じゃあ、昨日と同じ隊列だね。僕が正面で攻撃を引き受けるから」
わざわざ口にするまでもない。二人とも理解していることだ。けれどあえて口にしたのは、僕なりの宣言だった。攻撃は引き受けるから、安心して戦ってほしいというのを伝えたかった。
「ああ、頼んだ」
「お願いね」
二人の返事は短く、だが真剣な響きを帯びていた。特にマリィの表情は、宿屋での明るい雰囲気から一転して、今は静かな闘志を宿している。
初戦が大切だ。
捕まえた蜘蛛で恐怖を克服したといっても、その辺の蜘蛛とダンジョンの大蜘蛛ではかなり差がある。だからこそ、今日の最初の戦いが重要だ。僕は密かに気合を入れた。
ほどなくして、一匹目の大蜘蛛が姿を現す。
昨日と同様に真っ直ぐに僕に向かってくる。改めて盾を構えなおす。横でマリィが腰を落として臨戦態勢に入ったのを目の端で捉えた。
大蜘蛛の前足が振り下ろされる。僕はそれを盾で受け止めた――その瞬間。
マリィが音もなく飛び出す。大蜘蛛の右側に回ると足の一本をパラライズファングで斬りつけた。
硬直はしなかったが、明らかに右側の動きが鈍っている。
逆に、バランスを取ろうとするかのように、左側の足はせわしなく動いていた。大蜘蛛は左右のバランスを崩し、混乱しているようだった。
その隙を見逃さず、リリエットが踏み込む。
せわしなく動いていた左足を、鋭い斬撃で二本まとめて切り落とし、その勢いのまま、頭部へと剣を振り下ろした。雑なようで、一切の無駄がない見事な攻撃だった。
頭部を割られた大蜘蛛は、光の粒となって消滅した。残されたのは、ドロップ素材の絹糸だけだった。
「マリィ、やったね。もう大丈夫だね」
僕が声をかけると、マリィは頷いた。
「ええ。それに、麻痺が効くみたいね。完全に動かなくなるわけじゃないけど……あたしが斬った足は、3秒くらいは完全に動いてなかった。周囲の足も動きが鈍ってたわね。リリエットがとどめを刺した直前に、ようやく少し動き始めたわ」
一撃を与えただけで引いたように見えたマリィだったが、その間、相手をしっかり観察していたらしい。
「なるほどね、でも十分効果的だね」
急に体の一部が動かなくなるのは食らった側からすると、一大事だ。
「ああ、おかげで私も楽に攻撃できた。助かった」
リリエットが軽く微笑んで頷いた。
「よし、じゃあ今日は探索範囲を広げて、二階層の階段を探そう」
「いいわね!今日はガンガン狩るわよ」
* * *
その後の探索は順調だった。現れる大蜘蛛を次々と撃破していく中で、マリィの動きはますます洗練されていった。敵との間合いの詰め方、攻撃のタイミング、そしてパラライズファングの扱いすべてが、目に見えて冴えてきた。
リリエットもそれに呼応するように動きを加速させ、二人の連携は戦いのたびに磨かれていく。
そして――十匹目の大蜘蛛との戦闘。
ついに僕が攻撃を受ける前に、接近してきた大蜘蛛へマリィが先制して飛び出した。彼女の動きに即座にリリエットが反応し、見事な連携攻撃を叩き込む。大蜘蛛は反撃の暇もなく、その場に崩れ落ちた。
……つまり、僕が突っ立っている間に戦闘が終わった、ということだ。
蒼花紋の盾の効果なのか、大蜘蛛は常に僕を狙ってくる。たとえマリィやリリエットが先に飛び出しても、標的を変えることはなかった。
「ねえ、これって僕……ただ突っ立ってただけだね。防御も攻撃もしてないんだけど」
「何を言う、ユニスには大切な役割があるではないか」
「ええ、そうね」
嫌な予感がした。
「囮だ」
「囮ね」
二人は見事に声をそろえて言い放った。
……やれやれ。




