アメジストダガー
融合の光が収まると、僕の手元には一本の短剣が残されていた。
紫がかった刀身が、朝日を受けてほのかに輝いている。あの《アメジストリンゴ》の不気味な色彩も、こうして金属の質感を帯びると、むしろ神秘的で美しくさえ感じられた。
形状は融合前のダガーと変わらない。シンプルな短剣、ただ色だけが異質だ。
鑑定。
《アメジストダガー:片手剣 攻撃力5 ※マリィ以外が使用すると破損》
……あれ?
「どう、どうなのユニス!」
マリィが目を輝かせて詰め寄ってきた。待ちきれないといった様子だ。
「えっと……アメジストダガーって名前で、攻撃力はダガーの時と一緒だね」
「うんうん、それでそれで?」
マリィは期待に満ちた目で僕を見つめる。
「……それだけ、かな」
「え?」
きょとんとした顔。沈黙が流れる。
「ふむ、つまり何の追加効果もつかなかったということか」
リリエットが小さくため息をつきながら言う。声色には、微かに残念そうな響きがあった。
「うん、そうみたい。期待してた睡眠効果は付かなかったみたいだよ」
正直、僕も睡眠効果を期待してただけに、ちょっとガッカリだ。鑑定結果に追加効果の記述はなし。刃の紫色がやけに目立つだけに、余計に虚しく感じる。
「えーっ、本当に? だってこの色よ!?」
マリィはアメジストダガーを指さして言った。確かに見た目はそれっぽい。でも、ただそれだけ。
「色だけ変わったみたいだね。つまり……まあ、着色加工だね」
ここまで意味のない融合も珍しい。いや、刀身がリンゴそのものになったり、攻撃力が下がったりするよりかはマシなのかもしれない。
「その……、色は……綺麗だと思うよ?」
僕は少し申し訳なさそうに、ダガーをマリィに手渡した。
「色だけ変わったって、しょうがないじゃん! 昨日、ベッドの中で、コボルトを一瞬で無力化するカッコいい自分を想像してたのに……」
マリィの声がだんだん小さくなる。彼女の頭の中では麻痺と睡眠、両手に状態異常の武器を持って颯爽と敵を無力化する自分を想像していたのだろう。実際そうなっていたらめちゃくちゃ頼りになった。
残念な点はただの妄想で終わってしまったことだ。
マリィは地面にぺたんと座り込んで、紫の刀身をしげしげと眺め始めた。まだちょっと妄想の続きを楽しんでるのかもしれない。
「ねえ、あのリンゴって……もしかして、食べたら普通に美味しかったのかな?」
マリィをひとまず置いといて、リリエットに聞いてみる。あのリンゴに睡眠効果があるかもというのは、僕らの推測にすぎなかった。もしかしたら見当違いだったのかもしれない。
「どうだろうな。今となっては確かめる術はないな……。ただ私は、あれを“食べたら”睡眠効果があったのではないかと思っている」
リリエットが少し考え込むように言う。あのトレントの攻撃で彼女が眠ったことを考えると、効果自体は本物のはずだ。
「じゃあ、どうしてダガーに効果がつかなかったんだろう。毒が弱かったってことかな?」
「いや、私は食べたら効果を発揮したのではないかといったのだ。ダガーは食べ物ではないからな」
「そうか。確かに、それならダガーに融合しても意味はなかったのかもしれないね」
「ちょっと、何の話よ」
いつの間にかマリィは現実逃避から戻ってきて、投げやりな声で尋ねてきた。やっぱりショックは大きかったらしい。
「えっとね。食べないと効果が出ない毒だったんじゃないかっていう話」
「なによそれ。そんなのあるの?」
「例えばさ、僕らがよく食べるジャガイモだって、芽の部分には毒があるんだよ。食べるとお腹壊したり、頭が痛くなったり。でも、触っただけじゃ何ともないよね?」
「ああ、その通りだ。だがユニス、それをよく知っていたな。私も本で読んだことがあったが……」
リリエットが感心したように僕を見る。
「田舎の村じゃ、誰だって知ってるよ。親からよく言われてた。『お腹が空いてもジャガイモの芽は食べちゃダメ』ってね」
「……じゃあ、なによ。あたしのアメジストダガーは、魔物に“食べさせないと”効果が出ないってこと?」
マリィが唇を尖らせて、抗議のように言った。
「まあ、あくまで仮説だけどね。もしかしたら、そういう種類の毒だったのかも」
鑑定ではそのようなことは書かれてなかった。だが僕の鑑定はまだスキルとして未熟なのか分かる情報が少ない。食べると寝てしまうが効果が実は付いている可能性もなくはない。
まあ、そうだったとしても……。
「……だれがダガーなんか食べるのよ」
マリィのもっともなツッコミに、肩をすくめるしかなかった。




