黒コボルト
「黒コボルトよ!」
マリィの緊迫した声に、はっとして顔を上げる。
暗がりの奥から、駆けてくるコボルトの群れが見えた。
そのうちの一体――真ん中で先陣を切っているのは、確かに黒い毛皮に覆われていた。体格も、ほかの二体と比べて一回り大きい。間違いない、あれが黒コボルトだ。
幸いにも全員、武器は持っていない。けれど、素手であることが安心材料になるとは思えない。
僕はすぐさま盾を構えながら、叫ぶ。
「正面は僕が、リリエットは右のやつをお願い! マリィは――」
そこまで言いかけて、言葉が止まる。
マリィにも横に並んでもらって、左の個体を受けてもらうべきか――そんな考えが一瞬、頭をよぎった。
マリィの動きなら、きっと対応できる。けれど、防具は僕たちよりも軽装だ。盾もない。いきなり隊列を変えて意図が伝わらなかったら、混乱を招くだけかもしれない。
ほんの一瞬――だが、確かに、僕は迷ってしまった。
だが、その間にもコボルトたちは距離を詰めてくる。真ん中の黒コボルトと、目が合った。こいつは、僕を狙っている。
構えを正した瞬間、黒コボルトが跳躍する。爪を振り上げ、勢いよく飛びかかってくる!
「くっ――!」
僕は盾を突き出す。重い一撃。通常のコボルトとは別物だ。全身に衝撃が走るが、何とか受け止めて弾き返す。
視界の端、リリエットの剣が右側のコボルトを捉え、怯ませたのが見えた。
だが、左側は……!
「っ!」
次の瞬間、僕の足元に影が飛び込んできた。
低姿勢で滑り込むように接近してきたコボルトが、僕の左足に向かって爪を薙ぐ。
直撃――けれど、痛みはない。琥珀色のグリーブが、ちゃんと機能してくれた。けれど、衝撃で数歩後退してしまう。
体勢が崩れた、その時だった。
再び黒コボルトが、跳躍して僕に向かってくる。
そして、さっきの足元のコボルトも、そのまま間合いを詰めてくる。
まずい――このままじゃ押し込まれる。
「ユニス、左に避けて!」
マリィの声。反射的に左へ飛ぶ。
その直後、僕の横を何かがかすめた。
黒コボルトが空中でぴたりと硬直し、そのままの姿勢で無様に落下する。
――パラライズファング!
マリィが投げたんだ。とっさに短剣を投げてくれたようだ。
でも、まだ残っている。足元にいたもう一体のコボルトが、今まさに飛びかかってきた。
「いい加減にしろ!」
僕は覚悟を決めて、攻撃を食らう覚悟で斧を振り下ろす。
ガンッ、と鈍い音。
爪が届く前に、黒溶の戦斧がコボルトの頭を砕いた。叫び声を上げる間もなく、光の粒となって消えていった。
一体、撃破。
視線を戻す。黒コボルトは――地面に倒れ伏していた。麻痺がまだ効いている。マリィが駆け寄って、その背に飛び乗り、短剣を突き立てた。
けれど、仕留めきれなかったのか、黒コボルトの身体がピクリと動く。
麻痺が解ける!
「マリィ、任せて!」
僕の声に、マリィはすぐさま反応して黒コボルトから飛び退く。
僕はすかさず駆け寄って、起き上がろうとする黒コボルトの背中に黒溶の戦斧を振り下ろした。
刃が食い込み、赤く輝く溶岩が傷口を焼く。
黒コボルトが、喉の奥から唸るような咆哮を上げた。
だが、ここで畳みかける。
「もう一撃!」
振り下ろしていた斧を、腰の位置から一気に振り上げる。
重たい手応えと共に、背中に二本目の赤い軌跡が刻まれる。
――黒コボルトの体がぐらりと揺れ、そのまま崩れ落ちた。
光の粒となって、静かに霧散していく。
「二人とも、大丈夫か!」
リリエットの声が飛ぶ。どうやら、右側のコボルトも倒してくれたようだ。
戦闘終了だ。
「……なんとかね」
息を切らせながら、僕はそう答えた。
額をぬぐい、周囲を見渡す。
他に敵の気配は――ない。ようやく、ほんの少しだけ、息をつけそうだ。
やれやれ、三階層に降りたばかりだというのに、いきなり三体の集団と立て続けの戦い。
なかなか厳しい出迎えだ。




