3 on 3
「ごめんごめん、次また単体のコボルトが来たら、攻撃せずにパラライズファングを試してみよう」
僕がそう言うと、マリィはすこしふくれたような顔で頷いた。
あまりにあっさり倒してしまったのは、想定外だった。だけど余裕があるうちに武器の性能を確かめておくのは大事だ。
「そうだな。私も、まさかあそこまで弱いとは思わなかったのでな」
リリエットも、どこか拍子抜けしたように言う。
マリィが軽く肩をすくめて、
「まあ、弱いコボルトが悪いってことね」
と言って笑った。
僕は地面に残された毛皮を拾い上げる。
手早く鑑定を使うと、《毛皮:素材》と表示された。見たまんまの鑑定結果だ。おそらくこれを加工すれば、防具用の皮素材になるのだろう。
「よし、じゃあ次に行こう。もしコボルトが二体出てきたら、その時は普通に戦うからね」
武器のテストのために、無理はしない。
「はーい」
「うむ」
ふたりとも軽く返事をしてくれる。
しばらくして、またコボルトと遭遇した。
幸い、今回も一体だけだった。
僕は前に出て、盾を構える。先ほどと同じように、攻撃を引き受ける構え。
「マリィ」
名前を呼んだときには、もうマリィは動いていた。
すっと低く構えた、コボルトの横を通り抜けざまに右手の短剣を閃かせる。
その一閃を受けたコボルトは、中腰のまま硬直し、ぴくぴくと痙攣を始めた。
「様子を見るよ!」
僕は声をかけながら、心の中で数を数える。
一、二、三――
コボルトが、ぎこちなく体を動かし始める。
しかし、すぐにマリィが背後から素早く踏み込み、背中に斬りかかる。
二撃目では、麻痺は発動しなかった。サハギンと同じく、一度きりのようだ。
コボルトが反転し、マリィに向き直る。
その背中が、完全に無防備になった。
僕はためらいなく黒溶の戦斧を振り下ろす。
ずしりとした手応えと共に、戦闘はあっけなく終わった。
「三秒くらいだね」
僕はドロップアイテムの毛皮を拾いながら言った。
「そうね、でも、やっぱり二回は効かないのね」
マリィが短剣を軽く掲げて言う。
武器の性能がはっきりしてきた。
短時間とはいえ、動きを止められるのは大きい。
その後も探索を続け、次に現れたのは、ついに二体同時のコボルト。
だが――特に問題もなく、僕たちはそれを倒した。
サハギンのダンジョンで八階層まで進んできた経験が、確実に活きている。
僕とリリエットが前に出て、マリィが少し後ろから隙をうかがう。安定感がある戦い方だ。
二体同時でも問題ないことが確認できたので、本格的に階段を探す。
しばらく探索して分かったことだが、コボルトには素手の個体と、ナイフを持った個体がいる。ナイフはゴブリンからドロップするものとまったく同じだ。毛皮は防具に加工され、ナイフは鋳つぶして武器へ。迷宮都市からすると無駄のない効率の良いダンジョンだと言える。
戦闘が短く済むおかげで、ほどなくして二階層へと続く階段を見つけられた。
まだまだ余裕があったので二階層へと降りる。すると二階層でも特に苦戦することなく、あっさりと次の階段――三階層への階段が見つかる。
「どうする?」
リリエットが僕を見る。
バックパックの中身は、まだ半分程度しか埋まっていない。
「降りようか。ただ、三階層からは最大三体出てくるよね」
「一人一体ってことよね?」
マリィが任せてと言わんばかりに言った。
だけど僕は、それには少し不安があった。
マリィの動きに問題はない。むしろ僕よりずっと素早い。
だが問題は装備――盾がなく、鎧と兜以外は皮防具であること。
「それなんだけど、今まで通り僕とリリエットが前で、マリィが少し後ろの隊列のままがいいと思うんだ」
「なんでよ? あたしだって、コボルト相手なら問題ないわよ」
マリィがちょっとムッとしたように言う。
「マリィの実力を疑ってるわけじゃないんだ。防具が不安なんだ。盾もないし。だから僕とリリエットで三体を引きつけて、隙を見てマリィが一体を麻痺させる。その個体を集中攻撃して数を減らす。三対二になれば、一気に有利になるから」
「そうだな。私は異論はないな」
リリエットが頷く。
「うーん……そっか。そっちの方が安全なら、しょうがないかぁ」
マリィはやや不満そうだったが、納得してくれた。
「それに三階層からは黒コボルトも出てくる。普通のより強いはずだから」
「そっか、リザードマンも普通とエリートじゃ、全然強さが違ったものね」
「うん。だから、油断せずに慎重に行こう。ここまでは順調でも、たった一階層の違いで難易度が跳ね上がることもあるから」
改めて気を引き締め、僕たちは三階層への階段を降りた。
* * *
三階層に降りて、まずは階段周辺を警戒しながら進む。
と、その時。
前方から、複数の足音――。
「三体よ!」
マリィがいち早く気づいて声を上げる。
僕とリリエットはすぐさま前に出て、盾を構える。
戦闘を走る一体はナイフを手にしており、残る二体は素手のようだ。
先頭のナイフ持ちが飛びかかってくるかと思いきや、急にスピードを緩める。
代わりに、素手の一体が勢いよく飛び出してきた。
「……!」
僕はその一体の爪を盾で受け止める。
直後、ナイフ持ちが足元に潜り込むように動き、刃を僕の脚めがけて振る。
「っ……!」
一歩引いて避ける。
その瞬間、三体目が横から僕に飛びかかる――が、聖銀の剣がきらめいて割り込んだ。
「させるか!」
リリエットが一閃。3体目の攻撃はリリエットによって防がれた。
こいつら……意外に連携が取れてる。
二体のときは個別に対処できたのに、一体増えるだけでこの変化。
油断できない相手だ。
けれど――。
一連の攻撃をしっかり捌いたことで、敵の動きが一瞬止まる。
その刹那、マリィが僕の左側をすり抜け、すっと踏み込む。
短剣の閃き。左端のコボルトの肩口に命中――そして、ピクリと痙攣。
「麻痺したわ!」
言われる前に体は動いていた。無防備なコボルトに、黒溶の戦斧を振り下ろす。
残りの二体がこちらに向かおうと身構えたが、リリエットが横合いから押さえ込むように立ちはだかる。
斧の一撃が麻痺したコボルトの肩口に深く食い込み、溶岩が溢れる。致命傷だ。
一体撃破。
そして、マリィはそのままコボルトたちの背後に回り込む。
僕とリリエットが前、マリィが後ろ。
三人で二体のコボルトを挟み込むような形に。
その瞬間、勝負は決まったも同然だった。
――連携は、こちらのほうが上だ。
数合の攻防ののち、二枚の毛皮と一本のナイフを残し、あたりは静寂を取り戻した。
「思ったより、強かったわね、こいつら」
マリィが額の汗を拭いながら言う。
「ふむ。最初の連撃は偶然ではなさそうだな。数が多いほど、厄介な相手かもしれん」
リリエットが盾を下ろしながら、冷静に分析する。
「うん。コボルトは、集団での戦闘が得意なのかもね。こちらも狙われた人は防御に徹して、残りが攻撃を分散させる形が良さそうだね」
とはいえ、今の隊列が最適とも限らない。
いっそ三人横並びに構える形も、選択肢としてはあるのかもしれない。あるいは待ち構えるのではなくこちらから仕掛けるというのも……。
ドロップアイテムを拾いながら、そんなことを考えていたとき――
「ユニス、黒よ! 黒コボルト!」
マリィの声が、緊張を帯びて響いた。




