凍てつく牙
融合の光が静かに収まると、僕の手の中には新たな一本の短剣が現れていた。
それは刀身全体がひとつの湾曲した大きな牙のような形をした片手剣だった。
元となったリザードマンの牙は手のひらほどの大きさだったが、完成したそれは一回り、いや二回りほど大きい。かつてあったヒレの名残は完全に消え、刃には淡く黄色みを帯びている。
まるで巨大な毒蛇の牙をそのまま鍛え上げたかのような、一振りだった。
鑑定。
《パラライズファング:片手剣 攻撃力4 麻痺効果(小) ※マリィ以外が使用すると破損》
ステータスを見て、思わず小さく息を吐いた。ちゃんとマリィ専用になっている。攻撃力も以前のものより上がっており、麻痺効果もそのままだ。間違いなく、成功だ。
「できた。パラライズファングって名前だよ。鑑定したら、ちゃんとマリィ専用になってた」
僕はその短剣を、マリィへと差し出した。
「これが……私の武器」
マリィは新しいおもちゃを手にした子どものように、目をきらきらと輝かせながら呟いた。
「麻痺の効果もちゃんと残ってるから、扱いには気を付けてね」
そう注意してみたものの、マリィは僕の言葉も聞いていないかのように、パラライズファングを手に持ってしげしげと眺めている。すっかり夢中のようだ。
まあ、今更自分の武器で怪我するような初心者でもないし、大丈夫だろう。
ふと横を見ると、リリエットが静かにその様子を見守っていた。僕の気のせいかもしれないけれど――少しだけ、羨ましそうに見えた。
「今度は、リリエットの武器を作ろうね。かっこいいやつをさ」
「ふ、そうだな。とびきりの素材でないとな」
リリエットは、腰に下げた聖銀の剣にそっと手を添えた。その表情は穏やかで、少し誇らしげでもあった。この武器に見合う素材を見つけるのは、なかなか難しそうだ。
「そうだ、ねえ、これからどこのダンジョンに行くの?」
マリィがパラライズファングを腰に収めながら、顔を上げた。
「ああ、それはね。これから決めようと思ってるんだ」
「サハギンのダンジョンに挑んでわかったんだけど、僕らはまだ“主”を討つには力が足りないのかもしれない。今は、もっと力を蓄える時期なんじゃないかって思ってる」
「それはつまり、しばらくは討伐を目指さないということか」
リリエットが静かに問いかける。
「うん。いろんなダンジョンを巡って、経験を積んだり、装備を整えたりしたいんだ。特に、融合の力をみんなにも使えるようになったからね」
「そうだな、私は合理的だと思う」
「わたしも賛成! どんどんすごい装備を作りましょ!」
マリィが拳を握りしめ、意気込んだ様子で言う。
「ふむ……いろいろなダンジョンを巡るとして、まずはどこから挑む?」
「うん、それは、せっかくだからギルドで話を聞いてから決めようかな。浅い層の情報なら、教えてくれると思うし」
ギルドは装備の買い取りだけでなく、冒険者の活動を支援する役割も果たしている。最初にゴブリンのダンジョンに挑んだのも、ギルドの助言があったからだ。
あのとき、他のダンジョンについても簡単に話は聞いていたが、今ならもう少し踏み込んだ情報を聞いて、改めて考えを整理できるかもしれない。
「なるほど、それは良さそうだ」
リリエットが頷く。
「じゃあ、すぐに行きましょう! あたし、早くこのダガーを試してみたい!」
マリィは嬉しそうに声を弾ませると、さっそくギルドの方向へと速足で歩き始めた。
僕とリリエットは顔を見合わせて、苦笑しながら彼女の後を追いかけた。
* * *
マリィが勢いよくギルドの扉を押し開けると、そのまま先頭を切って中へと入っていった。
だが、すぐにぴたりと足をとめ、くるりとこちらを向く。
「ねえ、どこで聞けばいいのかしら?」
僕は、買い取りの列とは別にあるカウンターを指さす。
「ありがと!」
マリィは返事もそこそこに、そのカウンターへと駆けていった。
「すいませーん! ダンジョンについて教えてください!」
はつらつとした声がギルドに響き、カウンターの女性が少し驚いたように顔を上げる。
僕とリリエットは、少し遅れてその後に続いた。
カウンターに座っていた女性は、穏やかな笑みを浮かべて対応してくれる。
「どんなダンジョンを考えていますか?」
「えっと……」
マリィが一瞬こちらを振り向き、僕らに視線を送った。
「この三人で行けるダンジョンを探してるんです。今までに行ったのは……ゴブリン、スライム、トレント、サハギンのダンジョンです」
「まあ、なかなかベテランですね」
「いえ、そんなことは。サハギン以外は、あまり深くまでは潜ってませんから」
僕は控えめに答えつつ、女性が特にこちらを怪しむ素振りを見せなかったことに内心ほっとした。
以前、ギルドでちょっとした騒ぎを起こしたせいで、顔を覚えられているかもしれないと少し気にしていたのだ。まあ、あの後も買い取りのカウンターでは普通に対応してもらっているし、杞憂だったようだ。
「今までのダンジョンは合いませんでしたか?」
「いえ、そういうわけではなくて……。もっと色々なダンジョンを見てみたいんです」
女性は納得したようにうなずいた。
サハギンのダンジョンの主が討たれた今、迷宮都市の周囲には現在七つのダンジョンが存在している。僕たちが挑んだことのあるのは、そのうち三つ。残るは、あと四つ。
北方にあるドラゴンが出現するという最難関のダンジョン。
ゴーレムが出現する、重装備の冒険者向けダンジョン。
そして最近、新たに発生したばかりで、あのトレントとサハギンの懸賞騒ぎのきっかけにもなった、情報の乏しい謎のダンジョン。
それから――
「では、コボルトのダンジョンに挑戦されてみてはどうでしょう?」
女性が提案してくれたその名は、実は内心で最有力だと思っていたダンジョンだった。
コボルト。ゴブリンほどの背丈で、二足歩行する犬のような魔物だ。
「なるほど、毛皮がドロップすると聞いたことがあります」
「ええ、そうです。浅い層のコボルトからは毛皮が、そして三階層以降に現れる黒い個体――“黒コボルト”からは、上質な《黒狼の革》がドロップします」
そう言いながら、女性の視線がマリィの装備に向けられる。
マリィの鎧と兜は、まさにその黒狼の革で作られたものだった。
「コボルトって……牙はドロップしないんですか?」
僕は何気なく尋ねた。見た目からして、それなりに鋭そうな牙を持っていた気がする。もしドロップするなら融合にも使えそうだ。
「いえ、通常の個体からはドロップしませんね」
「通常の、ですか? ということは、そうでない個体が?」
「はい。三階層以降で、ごくまれに“白毛のコボルト”という特別な個体が出現することがあります。そのコボルトは、低温の凍てつくようなブレスを吐いてきて……倒すと、希少な《凍てつく牙》をドロップします。ギルドでは200ゴルドで買い取っています」
僕は自然と隣に立つリリエットへと視線を向けた。
その牙なら――リリエットの聖銀の剣に融合する素材として、これ以上ないほどふさわしい気がした。
リリエットもこちらを見ていた。
その瞳は、まるで子供のように輝いていた。




