「ユニス」×「マリィ」×「リリエット」
リザードマンが熱に反応するという情報を公表してから、五日が経った。
僕たちはその間もサハギンのダンジョンの探索を続け、今日は八階層の探索を終えたばかりだった。
ギルドに戻り、いつものように素材を売却しようと入り口へ向かうと――そこに、見慣れない立て看板が立っていた。
『サハギンのダンジョン討伐が確認されました。
懸賞金は、討伐したパーティに支給されます。
トレントのダンジョンに対する懸賞金は、取り下げとなりました。』
立て看板にはそう書かれていた。
「とうとう……間に合わなかったか」
リリエットが静かに言った。
「そうだね」
僕も、同じように看板を見つめながら頷く。
あの日から僕たちも探索を続けてきた。そして、今日はようやく九階層への階段を発見したところだった。
だが、不思議と胸に広がったのは悔しさではなかった。
むしろ、どこか安堵に似た気持ちがあった。
――これで、マリィの守りたかったものは守られたのだ。
「……あ、だから帰り道、やけに魔物が少なかったんだ」
主を討たれたダンジョンは、新たな魔物が湧かなくなる。知識としては知っていたが、実際の出来事とこうして結びつけて実感するのは初めてだった。
多分、今日の朝から昼過ぎの間に、討伐が達成されたのだろう。
「…………」
マリィは立て看板をじっと見つめていた。
きっと、どこかで自分たちの手で討伐したかった、そんな気持ちもあったのだろう。けれど、やがて息を吐き、僕たちを順に見て――
「ユニス、リリエット。ありがとう。……私が守りたかったもの、あなたたちが守ってくれたわ」
マリィは、まっすぐな目でそう言った。
本心からの感謝の言葉だった。
「僕たちも、君にずいぶん助けられたんだよ。だから――ありがとう」
僕は一拍置いて、少し迷ってこう続けた。
「それと、こんなこと言うのも変だけど……おめでとう」
結局、僕たちはダンジョンを討伐できなかった。
けれど、これはこれで――ある種の勝利だ。
「そうね、ちょっと変かも」
マリィが笑った。その笑顔につられるように、リリエットも微笑んだ。
僕たちはギルドでの売却を済ませて、表へ出た。
リザードマンの素材は、今後手に入らなくなる可能性が高い。
念のため、少し多めに手元に残しておくことにした。
ギルドから少し歩き、人通りが少なくなった通りで、マリィがくるりと振り返った。
「ユニス、リリエット。……あたし、決めたわ」
マリィの声は、はっきりとしていた。
「これからは、本気で冒険者を目指す。いつかダンジョンを討伐して、ギルドなんかに左右されない、そんな冒険者になる」
その瞳は、まっすぐに未来を見据えていた。
「そうしたら、自分の守りたいものは、なんでも自分の力で守るの。たとえトレントのダンジョンがいつか消えちゃったとしても――それでも子供たちを長く守っていけるような、そんな存在になる。あたし、そう決めたの」
トレントのダンジョンの懸賞金は取り下げられた。
懸賞金がなければ、冒険者たちは無理に主に挑むことはないだろう。
リスクを冒すより、深層を周回して安定して稼ぐ方を選ぶ。けれど――
ギルドの方針次第で、またいつ懸賞金がかけられるとも限らない。
それに懸賞金がなくなったからといって、討伐自体が禁止されたわけでもない。
何かの拍子に、ダンジョンの主が討たれる可能性は、ゼロではなかった。
「だから――ユニス、リリエット。改めて、私を仲間にしてくれる?」
マリィはそう言って、まっすぐに手を差し出した。
「もちろん、歓迎するよ」
僕はその手をしっかりと握り返す。
「ああ。改めて、よろしく頼む」
リリエットもその手を包み込むように重ねた。
こうして――僕たちは、改めて三人で、次の冒険へと向かう決意を固めたのだった。
けれどその夜、もう一つの転機が僕を待っていることに、このときの僕はまだ気づいていなかった。




