誰かのために、手放した
僕たちは一度、薪のことは忘れて五階層の探索に挑んだ。
これまでに通った道を避け、記録していたメモを頼りに未踏の分岐をひとつずつ潰していく。地味で地道な作業だが、確実に進めていくしかない。
途中、リザードマンエリートにも数度遭遇したが、昨日と同じように慎重に戦い、撃破していった。
やがて、薄暗い通路の奥――。見つけた。
六階層へと続く階段だ。
「今日はここまでにしよう」
僕は二人に向かってそう告げた。
薪を使った実験を行ったことで、五階層にたどり着くまでに普段よりも少し時間がかかってしまっていた。焦る気持ちもあったが、無理をして怪我をしては元も子もない。
「そうだな」
「そうね」
二人とも素直に頷いてくれた。
僕たちは階段を後にし、来た道を引き返す。
四階層、三階層、二階層と順に戻りながら、僕の頭は別のことでいっぱいだった。
――炎を囮にできる。これは間違いなく、リザードマンに対して有効な情報だ。
きっとダンジョン攻略のカギになる。
だが、現状の僕たちの戦力では活かしきれない。薪は消耗品だし、僕が使えば初動が遅れる。専任で扱う冒険者がいれば違うかもしれないが、三人では手が足りない。
どうすれば――。
なにか、いい方法が――。
いや、いっそ……。
ふと、あるアイディアが脳裏に浮かんだ。
* * *
ダンジョンを抜け、地上に出た。
都市に戻る道を歩きながら、人通りがまばらになったところで、僕は口を開いた。
「ねえ、二人とも。今日、炎を使った実験のことで提案があるんだ」
「ふむ」
リリエットが短く反応する。
「なになに?
いい方法が思いついたの?」
「うん、ある意味でね。……実はさ、リザードマンが炎に反応すること。いっそ他の冒険者に教えちゃおうって思ってる」
「えっ、そんなことしたら、他のパーティに真似されちゃうじゃない!」
マリィが驚いたように声を上げる。
「うん、それでいいんだよ。マリィ」
「……え?」
マリィが戸惑った顔をする。
「マリィ、君の目的は、トレントのダンジョンが討伐されるのを防ぐことだったよね?」
「そうよ。だからこうして、あなたたちと一緒に……」
「じゃあ、他のパーティがサハギンのダンジョンを討伐して懸賞金が取り下げられたら、それで目的は果たされるんじゃない?」
「そ、それはそうだけど……」
マリィは困惑し、言葉に詰まった。
その間に、僕はリリエットへと視線を向ける。
僕たちの目的はダンジョンの討伐。けれど、情報を公表するということは、自力での討伐を諦めるのと同じ意味になる。
「まさか、私が反対すると思っているのではないだろうな?」
リリエットは穏やかに微笑みながら、言った。
「ううん、正直に言えば、反対されるとは欠片も思ってなかったよ。でも……」
自分でも何と言えばいいのか、言葉が出てこなかった。
リリエットは、仲間の想いを軽視するような人じゃない。
それは分かっている。でも……僕は、リリエットと一緒にダンジョンを討伐したいって気持ちも、本物だったんだ。
「大丈夫だ。分かっている」
僕が黙っていると、リリエットは自らの胸を軽く叩いて、安心させるように言った。
言わなくても分かる――そう伝えてくれたのだろう。
「ありがとう」
僕はただ、リリエットの目を真っすぐ見てそう伝えた。
「ねえ……これって、あたしたちでダンジョンを討伐するのを諦めるってことなの?」
マリィがぽつりと尋ねた。
「うーん……ある意味ではそうかも。でも、完全に諦めるつもりはないよ。僕たちはこのまま探索を続ける。でも、もし他のパーティが討伐してくれたなら――それでも、構わないって思ってる」
「でも……ユニスたちは懸賞金のために討伐を目指してたんじゃないの?」
「懸賞金も理由のひとつだったよ。でもね、本当のところを言えば、僕らはどのダンジョンでもよかったんだ」
口に出してみると、不思議と自分でも納得できた。
マリィを仲間に誘ったとき、僕は“サハギンのダンジョンを討伐する”といった。
でもそのせいで、気づかぬうちに選択肢を狭めてしまっていたのかもしれない。
「そっか……そうなのね」
マリィは再び考え込むように目を伏せた。
「……だが、どうやって炎の情報を公表するつもりだ?
ギルドに報告するのか?」
リリエットが問いかける。
「それはちょっと考えがあるんだ。
ねえリリエット。炎のことに気づいてるのって、僕たちだけだと思う?」
「む……それは……。
なるほど、他の冒険者がすでに気づいている可能性もあるな」
リリエットが頷きながら言った。
「そう。実際、気づいてる人はきっと他にもいるはずだよ。ギルドだって、もしかしたらすでに把握してるかもしれない。まあ、せっかくの情報をペラペラしゃべるような人ばかりじゃないだろうし、ギルドが本当に知らないって可能性も十分あるけどね」
僕は少し間を置いてから、続ける。
「でも、ギルドは今、二つのダンジョンに懸賞金をかけている。となれば――知っていてあえて公表していないって可能性もある。それに僕らが今から報告しても、すぐに発表されるとは限らない」
「では、どうするのだ?」
リリエットが静かに問い返す。
「昨日、ちょうどいいお手本がいたからね。それを参考にしようと思うんだ」
僕は、自分の考えた作戦を二人に説明した。
結局、マリィも最終的には納得してくれて、僕たちは作戦を実行に移すことになった。
* * *
ギルドは、ちょうどダンジョン帰りの冒険者でごった返していた。
狙い通り、良い時間に戻ってくることができた。
僕は買い取りカウンターの列に、一人で並ぶ。背中には、パンパンに膨れたバックパック。それも二つ。マリィとリリエットの分を無理やり、二つのバックパックに詰め込んで一人で背負っている。
ちょっとしたはったりだが、周囲の視線を引くには十分だった。
ちらちらと他の冒険者たちが僕を見る。
琥珀色に輝く兜と鎧も、思いのほか注目されているようで好都合だ。
しばらくして、僕の番が来る。
後ろには、もうしっかりと列ができていた。
「いや~、今日は大量で、素材を持ち帰るのに苦労しましたよ!」
普段なら言わないようなことを、わざとらしく大きな声で言った。
受付の女性に話しかけるふりをしつつ、実際には後ろの冒険者たちに聞かせるためだ。
「いやー、こんなに多いと、カウンターから溢れちゃうかなー」
ドン、と音を立ててバックパックを置く。受付の女性が少し戸惑った表情を見せた。
「あの、順番にこちらの籠に出してもらえれば……」
「あ、そうですか。……それにしても、参っちゃいますよ」
ドロップアイテムをかごに入れながら、さらに大きな声で続ける。
「リザードマンって、あの裏技を使えばこんなに簡単に倒せるなんて!
あんまり簡単すぎて、ドロップアイテムをいくつかダンジョンに捨ててきたくらいですよ!」
石斧や骨槍は拾っていない、だから嘘ではない。
「裏技……ですか?」
受付の女性が聞いてくれた。聞かれなくてもしゃべるつもりだが、おかげで自然なやり取りになった。ありがたい。
「ええ!
ご存じないんですか?
炎ですよ!炎!!」
僕は思い切り声を張った。もはや完全に異常行動だが、おかげで周囲の注目は完全に集まっている。
「リザードマンは炎、つまり熱いものを敵だと思って攻撃してくるんです。だから、燃えた薪を囮にすると、簡単に狩れるんですよ!」
あまりの声に、受付の女性は顔をしかめた。でももう、覚悟は決めている。
「いや~、ドロップがザクザクとれて、バックパックがパンパンになっちゃって。肩が凝っちゃって困っちゃいますよ!」
わざとらしく肩を回し、首をひねりながら、さらに周囲の冒険者に聞こえるように続けた。
「炎を囮にすれば、リザードマンが簡単に狩れるからな~。簡単すぎて怖いぐらいだよ!」
受付の女性は僕を変わった人と認定したのか、完全に無視モードに入って、無表情で淡々と買い取り金額の計算を始めた。
やがて計算が終わり、お金を受け取る。
列を離れる際、僕は最後のダメ押しを入れた。
「あ、もし炎を囮にするなら、ただ燃えた薪を投げるだけじゃダメですよ。すぐ壊されちゃうんで。ちゃんと――工夫しないと!」
もちろん、その「工夫」が何なのかは僕にもまだ分かっていない。
でも、少しぐらいのはったりは許されるだろう。
それに、情報を聞いた冒険者が安易に飛び込んで失敗してしまわないように、少しは牽制しておきたかった。
最後のダメ押しを終え、ギルドを後にする。
ようやく緊張が緩み、顔がほてってきた。汗が背中を伝う。
少し間を置いて、リリエットとマリィもギルドを出てきた。二人は遠くから、僕の様子を見守ってくれていた。
人通りの少ない道を選んで歩き、ようやく二人と合流する。
「どうだったかな?」
僕は二人の方を振り返り、尋ねた。
「なかなかの演技だったぞ。……かなり不自然だったが、これで噂は広がるだろう」
リリエットは、くすっと笑って答えた。
「そうね、ユニスの声、ギルド中に響いてたわよ」
マリィは頭の猫耳をぱたぱたと手で払った。
「まあ、目的は達成できたし、よしとしよう。……明日も南門で。まだ、僕たちにだってチャンスは残ってるからね」
「あたりまえでしょ!
あたしはまだまだ諦めてないわよ!」
「その通りだ」
リリエットも力強く言い切った。
* * *
そして、五日後。
ギルドで、サハギンのダンジョンが討伐されたという報せを聞いた。
僕たちではない、別のパーティが――ついに、ダンジョンの主を討ったのだ。




