「リザードマンの琥珀鱗」×「黄色スライムの兜」
その後も探索を続けたが、盾持ちのリザードマンエリートと出会うことはなかった。
徐々に疲労も溜まってきたこともあり、今日はこれで引き上げることにした。
「私たち、すごい秘密に気づいちゃったわね」
ダンジョンを出てすぐにマリィが少し得意げに言う。
「どうだろうな。まだ確証はない」
リリエットは冷静な口調で返した。
「そうだね、もう少し色々試したい。明日はあらかじめ使えそうなものを持ってこようと思う」
「心当たりはあるのか?」
リリエットが尋ねる。
「ネルコに頼んでみようかなって。料理に使う薪があるはずだから」
「なるほどな」
「じゃあ、実験は明日ね!」
マリィが楽しげに言った。
そんな会話を交わしながら、僕たちはギルドへと向かった。
* * *
ギルドに着くと、一番混む時間帯で買い取りのカウンターには長蛇の列ができていた。大人しく一番後ろに並ぶ。
その時だった。列の前方でちょっとした歓声が上がる。
「ユニス、あれ……」
マリィが少し眉をひそめて指さす。
前方では、女性だけのパーティが大量の素材を売って騒がれていた。
「もしや、あれが……ルミナスクローバーというパーティではないか」
リリエットが呟く。
見るからに上級者らしい装備を身に着けた四人組。
その中のひとり、赤いポニーテールの女性が列を振り返り、大きな声で言った。
「私たち、今日は十一層への階段を見つけたわ。もうすぐ懸賞金は私たちのものね」
「むっきー……なにあれ、なんでわざわざあんなこと言うの」
マリィが小声で毒づく。
「牽制しているのだろう。一組でも懸賞金を諦めれば御の字、そういう魂胆だな」
リリエットが淡々と言った。
朝、自分たちのペースでやると決めたばかりだったが、こうして目の当たりにすると……。
やはり焦りのようなものが胸に浮かんできた。
買取を終えて、ギルドの外に出る。
マリィがやや興奮気味に口を開いた。
「あんなやつら、気にしなくていいわ!
私たちには、あの情報があるんだから!」
「そうだけど……あんまり大きな声で言っちゃダメだよ」
「わっ、ごめん」
マリィはきょろきょろと周囲を見回し、小さくなった声で言い直した。
「まあ、とにかく明日色々と試してみよう。きっと上手くいくよ」
「うん、そうよね!」
マリィは口を押えながら小声で、しかし元気のよい声でそう言った。
* * *
マリィとはギルドで別れ、宿に戻った僕らは、いつものように融合を行った。
「今日は、やはり防具を融合するのか?」
「うん、今度は兜を融合しようと思って」
今日は新しい素材はない。順当に防具を強化するのがいい気がする。やはり鎧の次に重要なのは頭の守りだ。
素材は、リザードマンの琥珀鱗と黄色スライムの兜。
融合。
光が収まり、手元には琥珀色の兜が残った。
《アンバーゼリースケイルヘルム:兜 防御力4 打撃耐性+2 魔法耐性-1 ※ユニス以外が装備すると破損する》
防御性能も高く、効果も継承されている。
見た目は鎧と同じくゼリー状の表面がうろこ状の凹凸を作っている。そして色も鎧と同じ琥珀色だ。
つまり・・・。
「……やはり、派手だな」
リリエットが一言。
「……そうだね」
言い返す余地がない。
* * *
翌朝。
ネルコに頼んで、料理用の薪を十本ほど分けてもらった。
最初は値段交渉をしようとするネルコだったが、その場面をゴードンさんに見つかり結局、常連だからという理由で無料になった。
その時のネルコのむくれた顔が少し面白かった。きっと僕たちに小銭をださせたらネルコはそれを自分の小遣いとして、ゴードンさんには黙っておくつもりだったのだろう。
薪をしっかりと荷物に詰め込んだ僕たちは、いつものように南門を抜けてマリィと合流し、ダンジョンへと向かった。
僕らはダンジョンに着くと、駆け抜けるように3階層まで行き、四階層へと続く階段に辿り着く。
階段を降りるながら、作戦を確認する。
「炎のことだけど、まずは通常の個体で試してみよう。相手が近づいてきたときに、燃やした薪を投げてみる。どんな反応を見せるか分からないから、気をつけて」
「承知した」
「はーいっ」
探索を始めて間もなく、一体のリザードマンが現れた。
程よい距離。
「よし、行くよ」
僕は薪を左手に持ち、右手の黒溶の戦斧に軽く薪を叩きつけ、火をつける。
火がついた薪を、リザードマンの足元に投げつける。
リザードマンは一瞬驚いた表情を見せ、くるりと反転。
太い尻尾で薪を思いきり叩きつけた。
炎が弾け、薪は粉々に。
この反応はやはり、僕たちの仮説を裏付けるものだった。しかも、リザードマンはこちらに背を向ける形になった。
チャンスだ。
僕がそう思った時にはリリエットが先に動いて、背中に聖銀の剣の一撃を叩き込んでいた。
僕も少し遅れて攻撃に加わる。
通常個体との戦闘は危なげなく終わった。
「やっぱり、予想通りだったわね!」
マリィが嬉しそうに声をあげる。
「ああ、そのようだな」
リリエットもうなずいた。
「そうだね。もう少し、試してみよう」
僕も少し自信を深める。
その後、さらに三体のリザードマンと遭遇。
それぞれ薪に対して、尻尾で叩く・槍で突くなどの反応を見せた。
やはり、リザードマンは熱を発するものを敵だと思っている。これは間違いないだろう。
だが……。
「ねえ、これ……あまり有効じゃないかも」
僕が三体目のドロップを拾いながら言った。
「実はあたしも、そう思ってきたかも……」
マリィが少し表情を曇らせる。
リリエットも思案顔だ。
確かに薪を使うとリザードマンはそれに反応して攻撃した。最初の攻撃を振らせたところから戦闘に入れるのはそれだけ僕らが有利だ。
だが、薪を着火して投げる工程は手間がかかるし、僕自身の初動はどうしても遅れる。通常個体なら問題ない。だが、エリート相手だとその遅れが致命的な結果になりかねない。
しかも薪は消耗品だ。破壊されるか、燃え尽きてしまう。
例えば、薪を投げつけるだけの役割の人間がいたら、もう少し有効活用できそうだが、たった3人のパーティでそれをやる余裕はない。
「一旦、五階層では今まで通り戦おう。もちろん盾持ちの個体が出てきたら利用するけど、それ以外は普通に行こう。変に小細工するより、そっちの方が安全だね」
「そうだな」
「そうね……」
マリィは少し残念そうだった。
「探索中にもっと良いアイデアが浮かぶかもしれない。
一度、ダンジョンを出た後でじっくり考えてみよう」
そう励ましたものの、僕の心には焦りの影が少しだけ落ちていた。
――このままでは、トレントのパーティに先を越されてしまうかもしれない。




