噂と焦り
融合の光が、ゆっくりと収束していく。
まばゆい輝きが消えた、ひとつの鎧が残されていた。
形は、以前と大きく変わっていない。ゼリー状の物質が、鱗のような凹凸を形作っている。
けれど、決定的に違っていたのは、その色だ。
まるで磨かれた宝石のような、滑らかで深みのある艶。ほんのりと透けるような色味が、角度によって黄色にも橙にも見える。
そして、よく見ると――以前、槍の一撃で凹んだ箇所は、跡形もなく修復されていた。
鑑定。
《アンバーゼリースケイルアーマー:鎧 防御力7 刺突耐性+2 魔法耐性−1 ※ユニス以外が装備すると破損する》
「凹みがなくなっているな」
リリエットが鎧の表面を撫でながら、感心したように言った。
「うん、それに防御力がちょっとだけ上がってる。……融合成功、だね」
「ふむ。やはり、上位個体の素材だけのことはあるか」
彼女はしげしげと鎧を見つめ、それから視線を僕に移した。
「ユニス。……ちょっと、着てみてくれ」
もちろん、わざわざ言われなくてもそのつもりだった。装着感を確かめる必要がある。
僕は鱗の鎧を両手で持ち上げ、いつものように腕を通して身にまとう。フィット感はそのままに、重さも変わらない。やはり色が変わっただけのようだ。
「どうかな?」
身をひねり、腕を振ってみる。違和感はない。
「ああ。やっぱりだ」
リリエットが腕を組みながら、重大な欠陥でも発見したかのような口ぶりで言った。
「……な、なにが?」
僕が思わず問い返すと、彼女は真剣な顔でこう告げた。
「派手だな、その鎧」
「……あっ、やっぱり?」
自分でも、なんとなくそんな気がしていた。いや、正確には――融合が終わって光が収まった瞬間から、そうじゃないかと気づいてはいた。
でも、言われるまで気づかないフリをしたかった。ちょっとだけ、目立つ程度で済んでほしかった。
だがリリエットの言葉は、確信を持っていた。完全に派手なんだ。
「もはや光り輝いて見えるな」
リリエットの口調には、少しだけからかうような響きがあった。
「ちょっと、それ言い過ぎだよ」
僕がむくれて言うと、リリエットは何が可笑しかったのか、クスリと笑った。
派手すぎる装備。これで魔物が僕を優先的に狙ってくれるなら、それはそれでよいかもしれない。
多少目立ったり、人にからかわれたりしても、それが何だというのだ。
僕は胸元の鱗を軽く叩いて、ひとつ息をついた。
「……まあ、性能が良ければ文句はないよ」
ほとんど、自分に言い聞かせるように言った。
* * *
夕食の時間。
テーブルを挟んで、リリエットと向かい合って食事をとる。こんがりと焼かれた腸詰の匂いが、今日一日の疲れを少しだけ癒してくれるようだった。
もちろん、夕食時には装備は外している。さっきまで話題になっていた《アンバーゼリースケイルメイル》のことも、今は忘れようと思った。
でも、明日の朝、出発する前にネルコに会ったら、絶対なんか言われるよな。
鎧の色とか、光り方とか。絶対からかわれる。
そんなことをぼんやり考えていた、その時だった。
「ねえ、あなたたち聞いた?」
声をかけてきたのは、ちょうど盆を手に配膳していたネルコだった。
「え、聞いたって……何の話?」
「トレントのダンジョンよ。あそこがそろそろじゃないかって、噂になってるのよ」
トレントのダンジョン――そろそろ?
……まさか。
「それは、どこかのパーティが討伐しそうということか?」
リリエットが身を乗り出して聞いた。
「そうよ。ルミナスクローバーって、女の子四人組のパーティが十階層まで進んだらしいの。けっこう噂になってるわ」
十階層……。
僕たちが今ようやく五階層に挑み始めたばかりだというのに、彼女たちはもうそこまで進んでいるのか。
「ねえ、トレントのダンジョンって……何階層まであるか、知ってたりする?」
「そんなの私が知るわけないでしょ。でもね、街じゃみんな十五層ぐらいじゃないかって噂してるわよ」
ダンジョンの階層数はダンジョンごとに違う。少なくとも十階層以下というのが一般的らしい。中には二十階層を超えるダンジョンもあるらしいがそういうダンジョンはめったにないらしい。十五階層というのは、妥当な線かもしれない。
「どうして十五層って?」
「賭けになってるのよ、何階層まであるかって。その一番人気が十五層ってだけ。つまり、賭ける人たちの“勘”ね」
なるほど、根拠としては弱いが、やはり15層ぐらいが一番硬い予想ということだろう。
「ねえ、あなたたちはどこまで進んでるの?」
「……五層だよ」
隠しても仕方がない。僕は正直に答えた。
「あらら、それじゃあちょっと難しいかもね」
ネルコはあっさりと言った。
でも、すぐに少しだけ表情を和らげて付け加えた。
「焦って無理しちゃダメよ。向こうだって、まだこれから時間がかかるわよ。最終層にたどり着いたとしても、すぐにボスと戦うわけじゃないでしょ。準備もあるし……」
ネルコはマリィとの一件で手伝ってもらった。ぼくらが無理しないか本当に心配してくれているようだ。
「ありがとう。無理は、しないよ」
「……ま、それならいいんだけど。じゃあ、私は厨房に戻るから」
ネルコはそう言って、盆を持ったまま軽く手を振り、厨房の奥へと戻っていった。
残された僕たちは、ふと顔を見合わせる。
「無理はしないよ」
改めて、僕はさっきと同じ言葉を口にした。
「ああ。そうだな」
リリエットの表情はいつもと変わらない。
けれど、その目には――ほんのわずか、焦りがにじんでいたようにも見えた。
僕も同じだ。今は平静を装っているけれど、胸の内では静かな焦燥感が広がっていた。
そして、そのあとは特に会話らしい会話もなく、ただ黙々と、いつもより少しだけ早いペースで夕食を終えた。
――やれやれ。今さら夕食を急いだからといって、明日の探索が早くなるわけでもないのに。
分かってはいるけれど、気持ちが急いてしまうのだった。
食事を終えた僕たちは、それぞれの部屋へと戻り、明日に備えた。




