「リザードマンの琥珀鱗」×「グリーンゼリースケイルアーマー」
――来る!
槍が胸に届く、その瞬間。
視界の端で、リリエットが駆けたのが見えた。
「はあっ!」
鋭い斬撃が走る。リザードマンエリートの左脚を、聖銀の剣が切り裂いた。
ほんのわずか、やつの歩調が乱れる。
その刹那、僕は右半身を後ろにそらすようにして槍から逃れようとする。
だが…。
「ぐっ……!」
右胸に衝撃が走る。胸の中の空気が、勝手に吐き出される。
……けれど、貫かれてはいない。体を斜めにそらしたことで、穂先は逸れていった。
衝撃に弾かれ、左斜め後方へ吹き飛ばされる。
ドンッ、と鈍い音を立てて尻餅をついた。痛みが一気に押し寄せる。息を吸おうとするのになぜかうまくいかない。
視線を上げると、リザードマンエリートはバランスを崩していた。
足を斬られた影響で踏ん張ることができず、突進の勢いそのまま前のめりに――転倒。
「ユニス!」
リリエットの声が聞こえた。けれど、答えられない。息が整わない。声が、出ない。
代わりに、指を伸ばして、倒れた敵を指し示す。
――こいつを、先に!
僕の意図を理解したリリエットは、すぐに動いた。
「よくも!」
立ち上がろうとするリザードマンエリートの背中に、跳ねるように飛び乗る。
聖銀の剣が逆手に構えられ、その刃が、背中へ――。
ズブリ、と肉を割る音がした。
床に膝をついたリザードマンエリートが、串刺しになったまま、鈍く吠える。
けれど――
「っ……まだ、動くのか……!」
リザードマンエリートは両手に力を込め、再び体を起こそうとしている。
信じられない。あれだけの深手を負っても、まだ立とうとするのか。
このままでは、リリエットが振り落とされる!
僕は歯を食いしばり、無理やり体を起こした。腕に、脚に、まだ力は残っている。
「っ……!」
全身を駆けさせる。リザードマンエリートへ――!
渾身の力を込めて《黒溶の戦斧》を振り下ろした。
狙いは、頭部。
斧が鱗を砕き、火花を散らして食い込む。炎と溶岩の輝きが、一瞬、辺りを照らした。
巨体が、ビクリと震える。
「――――……!」
声にならない断末魔を上げ、リザードマンエリートが崩れ落ちた。
光となり、霧散する。辺りに静けさが戻る。
後には、またひとつ、琥珀色にきらめく鱗が残されていた。
僕は、その場に膝をついて、大きく息を吸って、吐いた。
勝った。――なんとか、勝てたんだ。
「二人とも、大丈夫!?」
マリィが駆け寄ってきて、心配そうに声を上げた。
「私は大丈夫だ」
敵の背に飛び乗っていたリリエットは、今は床にぺたんと座り込んでいる。そのまま小さく頷いた。
「僕も、なんとかね」
そう言いつつ、僕は右胸に手をやる。鎧が小さく凹んでいたが、貫通していないのがわかった。
……さすが、刺突耐性付きの装備だけはある。
「本当に大丈夫か?」
リリエットがこちらを見て問いかけてくる。
「うん、鎧のおかげで助かったよ。衝撃までは防げなかったけど、まあ……飛ばされたのはご愛嬌ってことで」
僕はお尻についた砂を払いながら、わざと軽い調子で笑ってみせた。
実際、大きな怪我はなさそうだ。
「それなら良いが……」
「うん、本当に平気。でも、少し奥まで来すぎたかも。このまま階段方向に戻って、今日は撤収しよう」
今の戦いで、三体目のリザードマンエリート。階段はまだ見つかっていないけれど、十分な戦果だ。
「そうだな」
「わかったわ」
その後はエリートとの遭遇もなく、無事に地上へと戻ることができた。
* * *
「黄色いやつ、強かったね」
帰り道、マリィがぽつりとつぶやく。
「ああ、そうだな」
リリエットも頷いた。
「でも、ちゃんと渡り合えてたよ。最後の戦いだって、結果的には完勝だ」
リリエットがちらりと僕を見た。
――危なかったんだぞ。
そんな言葉が聞こえてきそうな視線だった。
けれど、僕としてはリザードマンエリートに苦戦したという印象はパーティで持ちたくなかった。
もちろん油断はしない。でも、変に苦手意識を持って萎縮してしまうと、これまでうまくいっていた連携が崩れてしまいそうな気がした。
「それに、いざという時はポーションもあるしね」
付け足すように言うと、リリエットも渋々といった様子で頷いた。
「……まあ、そうだな」
「でも、ユニス。その鎧、せっかく昨日作ったばかりなのに、凹んじゃったね」
マリィが僕の胸元を指さして言う。
「ああ、それね。ちょっと考えがあるんだ」
「もしかして、修理に出すつもり?
そんな変な鎧、見てくれるところあるのかな……」
マリィが首を傾げる。
「ううん。実はね……」
僕はわざと勿体ぶってみせる。
「そのまま融合するのだろう。今日、手に入れた鱗を使ってな」
リリエットがすかさず言った。まるで全部お見通しといった表情だ。
「ああ、なるほどね。作り直しちゃえば凹みも元通りってこと?」
「ええっと、うん。そうなんだ。このまま融合してみようと思って」
肩をすくめて答える。リリエットに向かって、今度は僕は無言で抗議した。
せっかく勿体ぶったのに、答えを先に言わないでよ。
「でも、実際に凹みが元通りになるかはやってみないとわからないけどね。今まで試したことないから」
鎧を鑑定してみても、表示は変わらず《グリーンジェルスケイルアーマー》のままだ。
以前、くし切りのルビーリンゴを鑑定しようとした時は鑑定できなかった。つまり、鑑定できるということはスキルの判断ではこの程度の凹みは“損傷”とまでは見なされていない……ということなのだろうと思っている。
「なるほどね、うまくいくといいわね」
そんな話をしながら都市に戻り、ギルドで素材を換金した後、マリィと別れて宿へ向かった。
もちろん、琥珀色の鱗は売らずに全て手元に残しておいた。融合に使える、貴重な素材だ。
* * *
「さて、じゃあ早速やってみようか」
部屋に戻った僕は、バックパックから一枚の琥珀色の鱗を取り出してテーブルに置き、鎧を脱ぐ。
リリエットは当然のように僕のベッドに腰掛け、その様子を見守っていた。
「ユニス、ちょっと待て」
彼女は立ち上がり、鎧を脱いだ僕に近づくと、シャツの上から右胸をごく軽い力で押した。
「痛っ!」
思わず声が出た。
「やはりな。痣になっているではないか?」
呆れたようにリリエットが言う。
僕も慌ててシャツの中を覗き込む。槍で突かれた場所が、うっすらと紫色になっていた。大きくはないけど、確かに痣になっている。
「こんぐらいの痣になってる」
僕は親指と人差し指で輪っかを作って見せた。
「やれやれ、無理をするな。ポーションを飲んだほうがいいのではないか?」
「まさか。そこまでじゃないよ」
リリエットは少し不服そうだった。
「えっと、でも心配してくれて嬉しいよ」
僕が素直にそう言うと、リリエットはほんの少し視線を逸らしながら、
「……バカ」
ぽつりとつぶやいた。
何気ない仕草だが、意外な反応になんだか胸の奥が少しくすぐったくなる。
――やばい、なんか変な空気になったかも。
「と、とにかく。融合の方が気になるでしょ?
きっとかっこいい防具になるよ」
僕は慌てて話題を戻すように言った。
「……そうだな」
リリエットがあきらめたように頷く。
「じゃあ、行くよ!」
僕は鎧と鱗を持って、深く息を吸い、意識を集中させる。
融合――そう念じた。




