リザードマンエリート
翌朝。
僕とリリエットはいつものように宿を出て、南門でマリィと合流した。
僕たちはそのままサハギンのダンジョンへと向かい、最短ルートで四階層を進んでいく。すでに地図は頭に入っていて、ほどなくして五階層への階段までたどり着くことができた。
「いよいよ、五階層だね」
階段を前にして、僕が一息つくように言う。
「リザードマンエリートってやつが出てくるんでしょ?」
マリィが確認するような口調で言う。
「うん。五階層では出現頻度は低いらしいけどね。黄色い鱗で、体格も普通の個体よりしっかりしてるからすぐ分かると思うよ」
「ふむ……当然、通常個体より強いということだな」
リリエットがいつもの調子で言う。
「そうみたい。特別な能力があるわけじゃないけど、単純に一段上の強さらしい。とにかく無理しないで、これまで通り数の優位で戦おう」
「承知した」
「わかったわ!」
僕たちは階段を一歩ずつ下り、五階層へと足を踏み入れた。
* * *
新しい階層に入ったときは、いつも通り慎重に行動する。奥には進まず、まずは階段周辺を探索する方針だ。
リザードマンの気配を察知すると、適切な位置に陣取り、慎重に戦闘を重ねていく。今のところ遭遇するのは通常のリザードマンばかりだった。階層が下がったからといって別に今までと強さの差はない。確実に倒していく。
緊張感が少しずつ緩みかけた、その時――
「みんな、あれ! 黄色い鱗!」
マリィが通路の先を指さし、声を上げた。
僕とリリエットもすぐにそちらを見る。確かに、そこに立っていたのは――これまでのリザードマンとは明らかに違っていた。
ずっしりとした体躯。
通常個体よりも一回り大きく、肌を覆う鱗はまるで磨き上げられた琥珀のように、艶やかに光っていた。金属のような重厚さと、滑らかで硬質な光沢を併せ持つ“黄色”――それが、このリザードマンの威圧感に拍車をかけている。
手には長く鋭い骨槍を携え、全身から漂う圧力が段違いだった。
リザードマンエリート――間違いない。
「……来るよ!」
僕は黒溶の戦斧を構え、仲間たちに声をかけ一歩、前へ出た。
リザードマンエリートとの距離が縮まる。
その黄色の鱗が淡い光を反射し、骨槍を携えた姿は、まるで戦場の騎士のような威圧感を放っていた。
まずは……僕が攻撃を引き受ける。
パーティーの中で最も防御力のある僕が最初に敵の攻撃を受ける。そうすれば、リリエットとマリィが動きやすくなるはずだ。
リザードマンエリートが吠え、間合いを詰めてくる。
次の瞬間、骨槍の鋭い突きがこちらに向かって放たれた。
「っ――!」
僕は盾を構え、咄嗟にそれを受け止めた。
凄まじい衝撃。槍の穂先が勢いよくぶつかってきて、腕が痺れる。
……なんて重い一撃だ。
普段ならここで反撃するところだ。けれど――今は仲間を信じる。
僕は反撃したい衝動を抑え、次の動きに備えて盾を構えなおす。
リザードマンエリートは槍を引き戻すと、今度は横に薙ぐような攻撃を繰り出してくる。
僕は再び盾を構え、全身で受け止める。
重い。けれど、耐えられる。
その瞬間――
「はっ!」
リリエットが滑るように前へ踏み出し、聖銀の剣を振り下ろした。
銀の刃が、金の鱗の隙間を裂く。
リザードマンエリートが低く唸る。ちゃんと効いている。
そして――
リザードマンエリートは今度はリリエットに標的を変えた。
槍を高く振り上げ、力任せに叩きつけようとして――
「今よ!」
声とともに、細身の影が敵の右側面へと滑り込む。
マリィだ。いつの間にそこに回り込んでいたのか。
リザードマンエリートの腕をあげ、脇が大きく開いたその瞬間、マリィのダガーが右腋に突き込まれた。
「ッ!」
その部位は比較的鱗の密度が荒く、マリィの鋭い一撃は見事に鱗の隙間を突いていた。
刃が深く入り込み、リザードマンエリートの咆哮が響いた。
今だ――!
僕は体勢を崩したリザードマンエリートに対し、斧を振り上げた。
黒溶の戦斧――その刃を、胴体へと全力で叩き込む。
刃が鱗を砕き、深々と食い込む。
金属が擦れるような火花が散る。
だがそれだけでは終わらない。
赤く輝く泥のような“溶岩”が、斧の軌跡に沿って傷口を焼いた。
「ガアアッ!!」
リザードマンエリートが自分の傷を見て、狂ったように叫ぶ。
その隙を、リリエットは逃さなかった。
地を蹴り、左足を回り込むように斬りつける。
その脚を支えていた力が抜け、エリートの動きが鈍る。
そこからは一方的だった。
僕、リリエット、マリィ。
三人の連携がかみ合い、休む間もなく連撃を叩き込んでいく。剣が、斧が、ダガーが幾度も鱗を裂き、肉を貫き、巨体を揺らす。
数の優位を生かした、まさに袋叩きだった。
そして――ついに、リザードマンエリートの体が大きく崩れ落ちる。光の粒となって霧散し、辺りに静寂が訪れた。
その場には、きらびやかな黄色い鱗が一枚、ひらりと残されていた。
僕はすぐに駆け寄って拾い上げ、鑑定する。
《リザードマンの琥珀鱗:素材》
やはりただの鱗ではない。見た目も美しいが、何より“エリート”の素材だというのが重要だ。これは防具の融合に使えそうだ……間違いなく、今までの鱗より質が良い。
「ちゃんと、エリート相手でも通用したわね」
マリィが笑顔で言う。
「うん、そうだね。ちゃんと戦えたね」
「ああ、確かに強敵だったが今の私たちなら大丈夫だな」
リリエットも表情を緩めてそういった。
仲間と目を合わせ、短く健闘をたたえ合う。そして――探索を続けた。
やがて、二体目のリザードマンエリートと遭遇した。今回も槍を構えた個体だ。最初は僕が前に出て攻撃を受け止める。タイミングを見計らい、リリエットが切り込み、マリィが隙を突く。三人で連携し、一気に畳みかける。
――袋叩きだ。
すべてがうまく噛み合っていた。戦い方としては、まさに理想的な展開だった。
そして、またしても《リザードマンの琥珀鱗》がドロップした。
「今のもエリートだったね。やっぱり5階層だとそんなに頻繁には出てこないね」
「そうだな。まだ数は少ないが、体感では……10体に1体、といったところか」
僕は周囲を見渡しながら言った。
「ちゃんとエリート相手にも通用するなら、少し探索範囲を広げよう」
「了解した」
「うん、行こう!」
二人とも力強く頷いてくれた。三人でなら、きっと大丈夫だ。
そう信じて、僕たちは階段を探すために行動範囲を広げていった。
それからしばらく――三体目のリザードマンエリートと遭遇する。
「来るよ……!」
今までと同じだ。最初に僕が前に出て、相手の攻撃を受け止める。
槍の突きと薙ぎ払いを盾で防ぎ、タイミングを見てリリエットが斬り込む。
その一撃を合図に、マリィが背後に回り込み、ダガーを突き刺す。
よし、これは勝ちパターンに入った。
僕はそう思いながら《黒溶の戦斧》を振り上げ、振り抜く。
火花が飛び、傷口に赤く輝く溶岩が滲む――その瞬間だった。
「ガアッ!!」
リザードマンエリートが、がむしゃらに槍を抱えて僕に突っ込んできた。
明らかに防御など考えていない、捨て身の一撃。
まずい。距離が近すぎる。盾が――間に合わない!
全身の筋肉が本能的に収縮する。逃げろと叫ぶ頭に反して、体は一歩も動けない。
槍の穂先が、まっすぐ僕の胴を貫こうとしている。
槍が目の前に迫る。時間が止まったかのように、ただその軌道だけが、鮮やかに焼きつく。




