「リザードマンの鱗」×「緑色スライムの鎧」
黒溶の戦斧は、期待以上だった。
攻撃力の高さもそうだが、それ以上に“溶岩ダメージ”の追加効果が強力だ。傷口を焼くような継続ダメージは、サハギンのような炎が少し効きづらい相手にも有効に作用する。
この武器は――間違いなく今までの《炎蜥蜴の斧》を上回っている。
僕たちは昨日と同様に、最短ルートで四階層を目指した。
地図も頭に入っており、途中の敵も難なく突破できるようになってきた。階段を下り、気を引き締めて進んでいく。
そして、四階層でのリザードマンとの戦い。
ここでも黒溶の戦斧は、その性能をいかんなく発揮した。
斧が振るわれ、火花が散り、傷口からは赤く輝く溶岩がじゅうじゅうと音を立てて広がっていく。リザードマンは苦しげに叫び、傷口を見て動きを鈍らせる。
だが――そのとき、僕はふと違和感を覚えた。
……何か変だ。
たしかに斧の威力に怯んでいるようには見える。
でもそれだけじゃない。あのリザードマン、まるで何かに“驚いている”ような素振りを見せた。
リザードマンの顔は人間のそれとは全く別物なので表情や感情なんてわかるわけない。
でも、あの反応はただのダメージを受けた反応には見えなかった。
戦闘が終わり、リザードマンの鱗がドロップした。
僕はそれを拾いながら、そっと口を開いた。
「いま……リザードマン、ちょっと変じゃなかった?」
僕の言葉に、リリエットが反応する。
「その斧で攻撃したときのことか?」
「うん。なんかこう……怯んだっていうより、驚いてたというか。何かを見て、動揺したような感じがして」
「そりゃ、誰だっていきなり熱々の溶岩をくっつけられたら驚くでしょ?」
マリィが当然のように言い、肩をすくめる。
「まあ……それもそうだとは思うんだけど……」
自分でも言っていて少し自信がなくなる。
だが、リリエットはまじめに考えてくれていた。
「そうだな。私はそこまで特別な反応には見えなかったが……今後も注意して見ておこう」
「ありがとう」
僕の考えすぎかもしれない。
これ以上考えても仕方ないので、引き続き四階層の探索を続ける。
その後もリザードマンの反応をみながら戦ったがやはりはっきりとしたことは分らなかった。やっぱり僕の考えすぎだろうか…。
ただひとつ言えるのは、この《黒溶の戦斧》が、今の僕たちにとって十分すぎるほど頼りになる武器だということだ。
リリエットやマリィもリザードマンの動きに慣れてきたこともあり、昨日と比べるとずっとスムーズに戦えている。
探索は順調に進んだ。
メモを取りながら四階層の通路を記録し、リザードマンと遭遇すれば慎重に排除していく。
骨槍や石斧は拾わないことに決めていた。骨槍はかさばりすぎるし、石斧は重いくせに買取額が安すぎる。
幸いにも、牙や鱗のドロップ率はかなり高い。おそらく八割程度。
昨日、骨槍と石斧が立て続けにドロップしたのは、ある意味では運が良かった……いや、悪かったのか。
そうして探索を続けていると、骨槍と石斧を拾わない選択をしたおかげで身軽な状態で探索できたのが功を奏したのだろうか。
「階段だわ!」
マリィが通路の先の階段にいち早く気づき歓声を上げた
「どうする、ユニス?」
リリエットが落ち着いた声で問いかけてくる。
「今日は、ここまでにしておこう」
僕は即答した。
リザードマンは決して簡単な敵ではない。
ここまで来るまでに、僕たちは何体も倒している。肉体の疲労だけでなく、精神的な疲れもたまっていた。
しかも――
「五階層からは“リザードマンエリート”が出てくるんだ。黄色い鱗の個体で、上位種らしい。一度に出てくる敵の数は変わらないけど質が変わるって話らしいんだ」
少し前に、素材を売りに行ったときにギルドの掲示板で見かけた情報だ。
あのときはまだ先の話だと思っていたけど、マリィのおかげもあってもう目前まで来ている。
「それは……一度戻って準備したほうがよさそうね」
マリィが素直に頷く。
「ここまでのルートはメモしてあるから、明日なら最短で来られるよ」
「そうだな。私もそれがいいと思う」
「じゃあ、明日は五階層ね!」
決意を新たに、僕たちは階段から引き返した。
* * *
ダンジョンを無事に脱出した僕たちは、迷宮都市へ戻り、いつものようにギルドへ向かった。
リザードマンの素材は防具の融合に使いたかったので、《鱗》は何枚か手元に残し、それ以外を売却することにした。
その時――
「ねえ、ユニス、これ見て!」
先に買い取りの列から離れていたマリィが、サハギンのダンジョン情報が貼られた掲示板の前で僕らを呼んでいた。
そちらへ向かうと、地図の紙が何枚も貼り出されていた。
ただし、掲載されているのは三階層までの情報だ。
「ねえ、あっちも見て」
マリィが指差したのは、隣に並ぶトレントのダンジョンの掲示板だった。
そこには、四階層までの地図が公開されている。
「昨日は貼られてなかったよね?」
「うん。たぶん昨夜か、今日から貼り出したんだと思う」
「これは……悠長にはしていられないな」
リリエットがぽつりと呟いた。
「ギルド、討伐を急いでるんだろうね」
「でも、なんでトレントの方は四階層まで出てるのよ」
マリィが少し不満げに眉をひそめた。トレント側の方が“優遇”されているように見えたのかもしれない。
「多分、敵が切り替わる階層までの情報を出してるんじゃないかな」
僕の意見に、リリエットも頷く。
「その通りだろうな。情報の公開を出てくる魔物の単位で区切っているようだ」
僕は小声でリリエットに訊ねた。
「ねえ、これってギルドはここまでの階層の地図しか把握してないと思う?」
「いや、そうではないだろうな。地図の情報を小出しにしている理由はいくつか考えられるが……。初心者が無理をしないようにか、有力な冒険者に配慮しているのか、あるいは別の目的か……はっきりしたことは私も分からないな」
「そうだね。ギルドって、思ったよりずっとバランスを見て動いてるんだね」
ギルドの理事会にはベテランの大物冒険者も名を連ねているという。
彼らが僕らよりダンジョンのことを把握できてないというのは考えられない。色々なバランスを考えて情報を制御しているのだろう。
僕たちは再度、サハギンのダンジョン情報を見直す。
五階層からは“リザードマンエリート”が出現し、下へ行くほどその割合が増えると記載されていた。これは以前見たのと同じ記載だ。
一方のトレントダンジョンでは、“人喰い花”の次の階層から“ドライアド”という魔物が登場するらしい。
だが、それ以降の情報は、どちらの掲示板にも掲載されていなかった。
「……とにかく、のんびりしてると他のパーティに先を越されちゃいそうだね」
「そうだな」
* * *
ギルドを後にして、宿へ向かう。
「マリィ、今日は見に来るの?」
「ううん、やめとくわ。夕方は下の子たちの世話でちょっとバタバタなの。
あたしは、一度見れば十分だわ。
明日、どんなだったか結果だけ教えてくれる?」
「もちろん。じゃあ、また明日南門で」
「うん!」
そうしてマリィと別れ、僕とリリエットは宿へと戻った。
* * *
「さて、今日は何を融合するのだ?」
僕の部屋でリリエットが嬉しそうに聞いてきた。
「昨日は武器を融合したから、予想ついてるんじゃない?」
「ああ、実はな。防具と鱗を融合するのだろう?」
得意げなリリエットに僕は苦笑した。
「その通り。ずいぶん前から、リザードマンの鎧が欲しかったんだよ。店で売ってるやつみたいになるかは分からないけどね」
僕は今着ている鎧を脱ぎ、手に取る。
そして、もう片方の手には《リザードマンの鱗》。
「じゃあ……行くよ」
融合。




