溶岩の一撃
融合が終わり、手元に残されたのは一振りの片手斧だった。
半月型の刃が左右に広がり、黒曜石特有の光沢を帯びた漆黒の刃に、赤い炎の紋様が縁を這うように走っている。まるで灼熱の血が脈動し――斧なのに生きているような不思議な迫力があった。
鑑定。
《黒溶の戦斧:片手斧 攻撃力15 溶岩ダメージ+4 ※ユニス以外が使用すると破損》
溶岩ダメージ…?
「どうだったのだ?」
リリエットが、斧を覗き込むようにして訊ねてくる。
「黒溶の戦斧っていうみたい。攻撃力が前より上がってるし、新しく“溶岩ダメージ”ってのが付いてるね。前は“炎ダメージ”だったけど、今回の融合で変わったみたいだね。」
「溶岩ってなに?」
マリィが小首を傾げて聞いてきた。
「高温で溶けた岩のことだな。火山の噴火のときに見られる現象だ。……まあ、私も本で読んだだけだが」
リリエットが淡々と答える、流石は貴族のお嬢様だ。
「ふーん……火山って見たことないけど、なんだかすごそうね」
マリィは斧を覗き込みながら、何だか嬉しそうに笑った。
「強いのかしら?」
「きっとね。でも、それは――明日のお楽しみかな」
僕はそう言って、にっこりと笑った。正直、僕も溶岩というのがどのようなものなのかは想像がつかない。
「ふーん、まあ使ってみないとわからないわよね。楽しみだわ」
マリィは斧をもう一度覗き込んでから、くるりと身を翻した。
「じゃあ、あたしはそろそろ帰るわ。融合がどんなのかも見れたしね」
そう言って部屋の出口に向かおうとしたところで――
「せっかくなら、ご飯を一緒に食べていかないか?」
リリエットが声をかけた。
この宿の食堂は、宿泊客でなくても食事ができるようになっていて、夕食時には外から来た客も少なくない。
「ありがと。でも、夕食の時間はいつもバタバタするの。小さい子も多いし、シスターひとりじゃ大変だから」
「そうか。マリィにはたくさんの兄弟がいたのだったな」
リリエットの声に、ほんの少し寂しさが混じっていた気がする。
「じゃあさ、いつか僕たちがそっちにお邪魔してもいいかな?
トレントのダンジョンに行ってさ、果物をたくさん集めて、お土産に持っていくよ」
「いいわね、それ!
みんな喜ぶわよ!」
「おお、それは楽しそうだな」
「じゃあ……サハギンのダンジョンを討伐したら、そうしよう」
「ええ、約束よ」
マリィは笑顔でそう言い、そのまま孤児院へと帰っていった。
* * *
翌日。
昨日と同じように南門でマリィと合流した僕たちは、再びサハギンのダンジョンを目指して歩き出した。
「さて、じゃあいよいよその斧がどんな効果なのかわかるわね」
ダンジョンの入り口で、マリィが楽しそうに言った。
「そうだね。僕もちょっとわくわくしてきたよ」
マリィに向かって頷き返しながら、気持ちを引き締める。
「でも、油断しないで。今日は本格的に四階層の探索をする。目標は――五階層への階段の発見だね」
「おー!」
「ああ」
マリィとリリエットが、それぞれ気合のこもった声で応えてくれた。
そして、階段を下り、ダンジョンへ。
* * *
しばらく進むと、単独のサハギンと遭遇した。
「じゃあ……斧の効果、試してみるね」
僕は半歩前へ出る。
サハギンがこちらに向かって突進してくる。走り込みながら、骨の棍棒を振りかぶった。
その攻撃を、盾でしっかりと受け止める。
そして――反撃。
黒溶の戦斧を胴体めがけて叩き込むと、鋭い切れ味とともに斧から炎が噴き出した。
ここまでは、今までの炎蜥蜴の斧と同じだ。
だが――
斧を振り抜いたあと、サハギンの傷口に赤く輝く泥のような物体が残っていた。
それはぼんやりと光を放ち、じゅう、と音を立ててサハギンの体を焼いていた。
……これが、溶岩?
サハギンは悲痛な叫びを上げ、傷口からは煙が上がっている。
どうやら継続的にダメージを与えているようだ。
このまま追撃をすれば簡単にとどめを刺せそうだったが――僕はあえて動かなかった。
黒溶の戦斧の効果を、もっと確かめたかった。
溶岩は2、3秒のあいだ赤く輝き続け、その後は霧のようにすっと消えた。
サハギンが再び棍棒を振って攻撃してきたが、これも盾で防ぎ、反撃でとどめをさした。骨棍棒がドロップアイテムとしてその場に残った。
「ふむ、継続でダメージを与えているようだな。」
リリエットの分析は、僕と同じだった。
「そうだね。でも、残る時間はそこまで長くないね」
「ああ、そのようだ」
と、そのとき。
「ねえ、これってかなり凶悪じゃない?」
マリィが少し身を乗り出しながら、眉をひそめた。
「傷口がそのまま燃え続けるなんて……こわいんだけど」
そう言いながら、マリィは両腕で自分の体を抱くようにして身をすくめた。猫のような耳もぴくぴくと動いた。
確かに敵の身になってみると恐ろしい効果だ。




