「黒曜石の斧」×「炎蜥蜴の斧」
リザードマンの身体が光の粒になって霧散し、僕たちはようやくその場で息をついた。
「ふう……倒した、ね」
呼吸を整えながら辺りを見渡す。初めての四階層、最初の一戦。だが終わってみれば――
「全員、無傷か。完勝だな」
リリエットが静かに呟く。
実際、誰もかすり傷ひとつ負っていない。確かに強敵ではあったが終わってみればリリエットの言う通り完勝だ。
「……あれ、あいつの斧が落ちてる」
マリィが指差した先に、倒したリザードマンが使っていた石の斧が転がっていた。僕は近づいて拾い上げ、すぐに鑑定する。
《石斧:片手斧 攻撃力4》
「うーん……まあ、こんなもんか。だけど、かさばるね……」
大した性能じゃないけど、捨てるには惜しい。とりあえず僕のバックパックに突っ込んでおく。
そのまま階段から離れすぎないよう注意しつつ、付近の探索を続ける。そして、再びリザードマンと遭遇した。
またしても石斧装備だ。だが、動きは先ほどと変わらず。今回はさらにスムーズに討伐に成功した。
この個体は《リザードマンの鱗》をドロップした。
よかった、また石斧だったら荷物が限界だったところだ。それにこの鱗はきっと防具の強化に役立つだろう。随分前から欲しかった素材がようやく手に入った。
「やっぱり、三人いると全然違うね」
鱗を拾いながら僕が言うとマリィが誇らしげに笑った。昨日、冒険者になったばかりでもう戦力になっているのだから得意になる権利はあるだろう。
「ああ、マリィの加入は大きかったな」
言いながらリリエットはマリィの頭をわしゃわしゃと撫でた。マリィも満更でもなさそうだ。
「えへへ、ありがと」
やはり数の差は大きい。リザードマンは一体でこっちは3人だ。誰かが狙われたら、防御と回避に専念し、残る二人が攻撃する。単純だが、それが最も効果的だ。
その後も探索を続け、骨槍を持った個体と、石斧を持った個体を立て続けに撃破した。
ドロップはそれぞれ《リザードマンの牙》と《リザードマンの鱗》だった。
初めて街道で戦ったリザードマンの印象が強くて、ずっと強敵のようなイメージがあったけど……噛みつきや尻尾の攻撃を把握していれば、動作は読みやすい。ここまで倒せば、もう十分に手の内は把握できた。
数で有利な僕たちが遅れをとることは、もうそうそうないだろう。
そう思った矢先――
「気をつけろ。何やら、武器が変だ」
通路の奥、現れたリザードマンを見て、リリエットが警告する。
その個体は、手に黒く、光沢のある斧を携えていた。
先ほどの石斧とは比べ、ずっと良い武器のようだ。
僕たちは警戒して構える。
が、戦ってみると……動きは他の個体とほとんど変わらなかった。武器が良くても直撃しなければどうということはない。
結果は――今までと同じく無傷で勝利した。
地面には、あの黒い斧がぽつんと落ちていた。僕は慎重にそれを拾い上げ、鑑定する。
《黒曜石の斧:片手斧 攻撃力11》
「……僕の斧よりかは弱いけど、なかなか攻撃力が高いよ」
見た目も美しく、黒曜石の刃は鈍く光っていた。
「これは……ダンジョン産の武器だろうか」
リリエットがぽつりと呟く。
「そうかもね。これはちょっと楽しみかも」
「融合か?」
「うん、きっとこいつと融合したら強い武器になるよ」
僕は腰にぶら下げている《炎蜥蜴の斧》を軽く叩いて、にやりと笑った。
武器同士の融合にはツインダガーの失敗があるけど――なんとなく、今回はうまくいく気がしていた。
「え、融合するの?
あたしも見てみたい!」
マリィが目を輝かせて前のめりになる。
「ダンジョンを出てからだね。リリエット、この斧、君のバックパックに入れてくれる?」
僕のバックパックは石斧でかなりきつい。
「ああ、もちろんだ」
その次に遭遇したリザードマンは骨槍持ちだった。 そして――リザードマンが使っていた骨槍がそのままドロップした。
僕は拾い上げて、すぐに鑑定する。
鑑定。
《骨槍:槍 攻撃力4》
名前もそのまんまだし、先端こそ鋭いが、骨製だからか攻撃力はあまり高くない。
「ねえ、これ……誰がどうやって持って帰るのよ」
マリィが眉をひそめながら、僕の身長と同じぐらいの長さの骨槍を指さした。
バックパックには絶対入らないサイズだ。
「えっと……」
僕はちらりとリリエットを見る。
リリエットも僕を見る。
そして、二人してマリィを見た。
「あ、あたし!?」
まあ、そうなる。
「そうだね。悪いけど、マリィ頼むよ。今日はもう帰るし、階段もすぐ近くだから。もしリザードマンやサハギンに遭遇してマリィが戦うことになったら、その時は一度そこらに置いてから対応して」
「いっそ、ここに置いてったら?」
マリィがぼそっと言う。
「たぶん、そんなに貴重なものじゃないでしょ。強くもなさそうだし」
たしかにそれも考えた。だが――
「まあ、本当に邪魔になったら置いていこう。でも、初めてのドロップだから……やっぱり持って帰りたいんだ」
「わかったわ」
マリィは覚悟を決めて骨槍を両手で持ち上げる。
「こういうのは新入りの仕事だからな。頼むぞ、見習い冒険者」
リリエットが少しおどけたように言った。
「もー……」
マリィも頬をふくらませて抗議したが、その顔はどこか楽しげだった。
リリエットがこんな冗談を言うのは少し珍しい。女性同士の距離感もあるだろうし、戦いを共にした者同士の絆の芽生えかもしれない。
「よし、じゃあダンジョンを出るよ。帰り道も油断しないようにね」
「ああ」
「うん!」
こうして、僕たちは収穫とともにダンジョンを後にした。
* * *
迷宮都市に戻った僕たちは、まずギルドへ向かった。
買い取りの列に並び、やがて僕らの番が来た。
受付の女性はマリィが持つ槍をみて、何とも言えない表情をした。
「リザードマンの牙と鱗は、それぞれ30ゴルドですね。……石斧と骨槍は、各40ゴルドです」
受付の女性は僕らが何も言う前に教えてくれた。
「……」
値段を聞いた僕は、言葉に詰まる。
鱗と牙はまあ、納得できる。
けれど、石斧と骨槍――あんなにかさばって、40ゴルドだとは…。
どう考えても割に合わない。持って帰る苦労に対して買い取り額が低すぎる。
マリィのほらねという無言の視線を感じる。僕だって高く売れると思って持って帰ってきたのでない。融合に使うつもりなのだから責めないでほしい。
「売るのは、今日はこれだけにします」
僕は道中で倒したサハギンの素材だけを売った。
リザードマンのドロップはどれも融合に使ってみたいと思っていたからだ。
受付の女性は何も言わなかった。きっとこの骨槍を意気揚々と持って帰ってきて、買い取り額を聞いてがっかりした冒険者がいままで何人も見てきたのだろう。
* * *
ギルドを後にして、その足で宿へ向かう。
いつもの通り僕の部屋で融合を行うが今日はマリィも一緒だった。融合を見学するためだ。
「じゃあ、いくね」
僕は左手に黒曜石の斧、右手に炎蜥蜴の斧を持ち、ゆっくりと目を閉じた。
この融合は、きっと成功する――そんな確信めいた直感があった。
深呼吸を一つして、スキルを起動する。
融合。
光が二つの斧を包み込み。
「おー……!」
マリィが素直に声を漏らして拍手した。
リリエットも目を見開いたまま、じっと融合の様子を見つめている。
やがて、光が収束し、一振りの新しい斧がそこに現れた。




