新しい仲間
融合が完了すると、手元には盾が一つ残った。
形状は、元の鉄の盾とほとんど変わらない。ただ、表面には淡い青と銀の蓮のような模様が彫られている。花弁の形を模した装飾は、盾というよりも芸術品のような印象さえ受ける。
僕はその盾を手に取り、重さを確かめる。
「……うん、ほんの少しだけ、軽くなったかも。いや、気のせいかも…」
表面に模様が彫られた分、少しだけ軽くなっているような気がする。
鑑定。
《蒼花紋の盾:盾 防御力10 虫系統からの敵対心上昇(小) ※ユニス以外が使用すると破損》
防御力は変わってない。
だが、新しく”虫系統からの敵対心上昇”という効果がついている。おそらく花だから虫を引き寄せるということだろうか…。
「蒼花紋の盾だって……見た目はいいけど、防御力は変わってないね。それに虫からの敵対心が上がるっていう特殊効果がついたよ。今回は失敗かもね。」
僕が少し残念そうに呟くと、後ろからリリエットが顔を覗き込んでくる。
「何を言う。とても綺麗ではないか、その模様。まるで盾に花が咲いたようだ」
彼女は嬉しそうに微笑み、指で花紋の縁をなぞった。
「実戦向きかどうかはさておき、私はこれ、気に入ったぞ」
「ありがとう。でも、特殊効果の方は……正直、使い道があるかは微妙かも」
「ふむ、虫系の魔物がでるダンジョンなら囮になるかもしれんが……。確かに今のところは役立つ場面は思いつかないな。」
そこでふと気づいたようにリリエットが続けた。
「これは、部屋に置いていたら虫が寄ってくるなんてことはないだろうな」
「そんなことはないと思うけど…」
もし、この盾のせいで部屋が虫だらけになったら、即座に鉄の盾を買い直す。僕は少し引きつった笑みを浮かべながら、盾を壁際に立てかけた。
思い描いていた融合結果ではなかったが、防御力を維持したまま、わずかとはいえ軽量化されたのは悪くない。サハギンのダンジョン下層での戦闘では、きっと活躍してくれるだろう。
* * *
翌朝。
目を覚まして最初に確認したのは、部屋の隅に立てかけた《蒼花紋の盾》だった。
──虫、寄ってきてないよね?
昨晩の冗談半分の懸念が頭をよぎったが、幸い部屋の中はいつも通り。虫の姿は見当たらず、ひとまず安心して息をついた。
朝食を軽く済ませてから、僕たちはギルドへと向かった。
外は雲一つない快晴で、道ゆく人々もどこか軽やかな足取りだ。けれど、僕の心には微かな緊張があった。
──マリィは、来るだろうか。
隣を歩くリリエットも、普段よりやや落ち着かない様子で、時折、周囲を見回している。きっと、彼女も気にしているのだろう。
ギルドの建物が見えてくると、入り口付近にひとりの人物が立っているのが目に入った。
フード付きのローブを深くかぶり、顔が隠れている。
だが、その小柄な体格と、ぎこちない立ち姿に、どこか見覚えがあった。
僕が近づこうとしたそのとき──
人物が静かにフードを取った。
露わになったのは、黒髪のショートヘア。そして、ぴょこんと頭の上に立つ、猫のような耳。
「やっぱり、来てくれたんだね。マリィ」
僕が声をかけると、マリィはまっすぐこちらを見つめ、ゆっくりと頷いた。
「うん。あたし、決めたわ」
その声は、昨日よりもずっと芯のある、はっきりとした響きを持っていた。
「あなたたちと一緒に、ダンジョンに行く。だれも、私たち家族を守ってくれないなら──私の手で守るわ」
決意に満ちたその瞳は、まっすぐ前を見据えていた。
「その……今まで、あなたたちの邪魔をしてて……ごめんなさい。これからは、よろしくお願いします」
マリィは頭を深く下げた。
そのまっすぐさに、僕は思わず微笑みそうになるのをこらえた。きっとこの子は、本来は明るくて、素直で、誰よりも真面目な子なんだ。
僕は静かに右手を差し出す。
「歓迎するよ」
マリィは、おずおずと僕の手を握ってくれた。その小さな手には、かすかに震えがあったけれど、ちゃんと力もこもっていた。
「私も歓迎する」
続いて、リリエットが歩み寄り、真剣な表情で言葉を続ける。
「この間は、素晴らしい身のこなしで私の攻撃を避けたのだ。きっと良い冒険者になる」
マリィは目を見開き、次にリリエットとも両手で握手を交わした。
「ありがとう。あたし、精一杯やるわ!」
屈託のない笑顔を見せたその姿に、僕は改めて、この子が仲間になるのだという実感を覚えた。
──だが。
「でも……あたし、実は装備を何も持ってなくて……」
「……あ。」
そういえば、そのことをすっかり忘れていた。
僕だって冒険者になる前は、日雇いの肉体労働を半年近く続けて、ようやく装備を揃えたのだ。リリエットのように、家から武具を持ってきた例外はそうそういない。
もちろん、マリィにそんな準備があるはずもない。
その場で軽く話し合った結果──
僕たちでマリィの装備代を出すことに決まった。
その代わりとして、マリィは今後十日間、報酬なしで僕らに同行する。いわば、見習い冒険者としての契約だ。
マリィはそれを真剣な表情で受け入れ、深く頭を下げた。
マリィは宿暮らしの僕らとは違い、孤児院に住んでいる。だから報酬がなくても、なんとかなるそうだ。
──こうして、僕たちのパーティーに、新たな仲間が加わることになった。




