迷宮都市でつかまえて
融合が完了すると、淡い緑色の光と共に、小さなガラス瓶に満たされた液体が現れた。
手に取って、鑑定と念じる。
《癒やしのグリーンポーション:道具 傷口修復(小)》
「ちゃんとできたね」
僕が笑うと、隣で覗き込んでいたリリエットが首を傾げた。
「……ああ、だが、あまり美味しそうではないな」
緑がかった液体は、どう見ても薬草そのものを絞り出したような見た目をしていた。今までのポーションが、ジュースのように美味しそうなものばかりだっただけに、そのギャップは大きい。
「まあ、飲み物を作ってるわけじゃないからね」
僕は苦笑して言いながら、ポーションをテーブルの端に置いた。
* * *
その晩の夕食をとりながら、スリの少女について再び話し合っていた。
「……結局、今日は姿を現さなかったね」
「警戒されてしまったのかもな。昨日の対応で、さすがに私たちが待ち構えてるって気づいたようだな」
リリエットはどこか悔しそうだった。
「でも、もし警戒されててこっちを狙ってこないなら、それはそれでいい気もするけど」
僕は苦笑しながら言った。
「それは、そうかもしれないが…」
リリエットにしては歯切れの悪い言い方だった。
てっきり、二回も出し抜かれたのがリリエットの誇りに火をつけたのかと思っていたけど、それだけじゃないようだ。
「……何か、気になることがあるなら言ってよ。リリエットがそんな言い方するの、珍しいからさ」
「そうだな…。」
リリエットは少しためらうようにして、口を開いた。
「理由は分からないが、あの犯人はわざわざ冒険者を狙ってスリをしているように見える。私たちも、すでに二度狙われた」
「うん、そうだね」
「だから、あのまま放っておけば、次はもっと危ない相手を狙うかもしれない。私たちが止めねばならんと思ってな…」
「それは…、確かにそうだね」
冒険者といえば聞こえはいいが実態は、暴力を飯のタネにしているようなものだ。普通の職業と比べれば、よほど荒くれ者が多い。そんな荒くれ相手にスリが見破られたらタダではすまないだろう。
「スリ相手に甘い考えだろうか?」
リリエットの優しさが、少しだけ誇らしかった。
「そんなことないよ。リリエットらしいと思ったよ。僕も協力する」
フードが取れたとき、相手は僕よりずっと年下に見えた。ここで止めて上げれるなら僕もそうしたい。
「だが、私たちは警戒されてしまったようだからな……」
そう呟いたリリエットの視線が、ふと食堂の奥へと向いた。
まるで宝箱でも見つけたかのように、ぱっと顔が明るくなる。
「ユニス、良い案が思いついたぞ」
* * *
翌日
ダンジョン探索は順調だった。
人食い花との戦闘にも慣れ、触手の巻き付き攻撃にも落ち着いて対応できるようになっていた。
ドロップアイテムは相変わらず《しなる触手》ばかりだったが、未踏破の道も埋められて悪くない成果だ。
そして、バックパックがいっぱいになり探索を切り上げてダンジョンの外に出る。
「よし、今日は南門に行くぞ」
リリエットが気合を入れて言った。
* * *
南門に着くとそこには、約束通りの人物が待っていた。
「ネルコ!」
リリエットが声をかけると、少女が振り返って手を振った。
いつものエプロン姿ではなく、今日は軽装の冒険者風の装いだ。
「待ってたわよ。この服、どうかしら?それっぽく見える?」
ネルコがくるりと一回転する。
それを見たリリエットが、満足そうに頷いた。
「うむ。完璧だ。これで、あのスリも油断して近づいてくるはずだ。」
「そう、それならよかったわ。せっかく一番忙しい時間をお父さんに無理言って抜け出して来たんだから成功させるわよ」
「ああ、改めて礼をいう。ありがとう」
リリエットが頭を下げた。
「いいってば。そんなに真面目に頭下げられると、逆に困っちゃうじゃない。
報酬、忘れてないでしょ?」
「もちろん、リンゴとミカンが合計で10個だったよね」
僕がバックパックをぽんと叩いて言うと、ネルコはぱっと笑顔になる。
「うん! 五個ずつって聞いたけど、ミカンはちょっと多めでもいいわよ。私、あっちの方が好きだから」
ネルコはニッコリ笑った。
***
ネルコには僕のバックパックを背負ってもらい、先頭を歩いてもらうことになった。
僕とリリエットは、昨日と同じように距離を取ってその後ろをついていく。
今回のルートは、あえて迷宮都市の外から西門へと回り込むものだった。スリの犯人はダンジョン帰りの冒険者を狙っているようだ。なので、都市の外から西門に入る。そのためにネルコにはわざわざ南門で待っていてもらったのだ。
ネルコには、「ダンジョン帰りの冒険者を演じてほしい」と伝えてある。いつもの彼女とは違う、少し背伸びしたような後ろ姿が、どこか頼もしく見えた。
西門の前に差しかかる。街道を行き交う人も多く、時刻的にも人通りはちょうど良い。
ネルコが門を通過して、ほんの十歩ほど歩いたところで──
「ユニス」
リリエットが、ささやくように、けれどはっきりとした声で言った。
僕はすぐに背中のバインドウィップを引き抜き、音を立てぬよう構える。
ネルコのすぐ後方に、フードを深くかぶった小柄な人物が忍び寄っていた。
急いでスリに近づく。
向こうもこちらに気づいた。だが、もう遅い。
僕は練習通り、バインドウィップを軽く振る。
鞭がしなり、まるで意志を持ったかのように相手の足に絡みついた。
「きゃっ!?」
スリは一瞬バランスを崩し──
「ぎにゃッ!?」
と、なんとも妙な声を上げながら、派手に転んだ。
背中から地面に倒れ込み、足をじたばたさせる様子は、なんというか……ちょっと可哀想で、でもどこか笑いをこらえたくなる光景だった。




