「癒しの薬草」×「空きポーション」
僕はドロップアイテムのアメジストリンゴを拾い上げる。
近くで見るとやはりルビーリンゴとは違い、どこか冷たい印象を受ける。
手のひらの果実をじっと見つめていると、隣でリリエットが声を上げた。
「変わった色のリンゴだが、食べられるのか?」
「うーん……《鑑定》だと“食材”って出たけど……ちょっと、食べる勇気はないかな」
まさかとは思うけど、さっきのリリエットのようにいきなり意識を失って眠り込むなんてことがあったら大変だ。
「……融合用か?」
「そうだね。そのほうが、無難だと思う」
苦笑しながら、僕は紫色のリンゴ――アメジストリンゴをバックパックにしまい込んだ。
気を取り直して、僕たちはさらに奥へと進む。
目指すは五階層だ。
* * *
道中では特に問題もなく、昨日も通った道をたどって順調に五階層へと到着できた。
「よし。今日は昨日より少しだけ奥を探索しよう。もちろん、無理はしないで」
「ああ、承知した」
僕たちは慎重に進みながら、メモを取りつつ五階層の地形を記録していく。
途中、何度か人食い花と遭遇したが、もう驚くようなことはなかった。
触手による攻撃も、巻き付いてくることを前提に対応すれば慌てることはない。
リリエットと連携しながら、次々に撃破していく。
そして――三体目の人食い花を倒したときのことだった。
「……あれ?」
ドロップアイテムが触手ではない。
一輪の大きな花だった。
淡い青を基調に、光の加減でわずかに銀が差すような、透き通った輝きを持っている。
花弁は何重にも重なっており、中心に向かってゆるやかにカーブを描いている。
今までの人生でこれほど美しい花は初めて見た。
「……これが、人食い花のドロップ?」
思わず手を伸ばして拾い上げる。
ふわりと軽い。けれど、しなやかで張りがあり、ちょっとやそっとでは破れそうにない。植物とは思えないほどの頑丈さを感じる。
鑑定。
《蒼蓮の花:素材》
名前の通り、澄んだ青色の大輪の花。
あの凶悪な人食い花からドロップしたとは、にわかには信じがたいほど、美しく静かな存在だった。
「美しい花だな……」
リリエットが花を覗き込むようにして、うっとりとした声を漏らす。
「そうだね。……なんだったら、リリエットの部屋に飾っておく?」
僕が冗談めかして言うと、彼女はすぐに首を振った。
「何をいう。貴重な素材だ。飾っておくだけなど、もったいない。融合にも使えるだろう」
その目は真剣だ。
確かに、彼女の言う通りだった。
見た目こそ花だが、蒼蓮の花は手に取っても散ることなく、しなやかで丈夫な感触があった。
案外、防具と融合すれば、軽量かつ高耐久な装備ができるかもしれない。
「そっか。じゃあ、これは一旦しまっとくね」
僕は蒼蓮の花をバックパックへとそっと押し込んだ。
普通の花なら、こんなふうに他のアイテムと一緒に入れれば花が散ってしまいそうだが、この花に関しては、その心配はなさそうだった。
* * *
その後も探索は続いた。
少しずつ未探索の通路を潰していきながら、戦闘と記録を繰り返す。
6体目の人食い花を倒したところで、今日は切り上げることにした。
結局、蒼蓮の花以外のドロップはすべて《しなる触手》だった。花のドロップは貴重なのかもしれない。
パンパンに膨らんだバックパックを背負って、僕たちは迷宮都市へと帰る道を歩いていた。
「ユニス、昨日と同じ作戦で行こう」
リリエットが声をかけてくる。
例のスリについての話だ。
囮作戦――つまり、僕がスリに狙わせるような行動を取り、後方からリリエットが対応するという手だ。
昨日の今日で引っかかるかな……。
とはいえ、他に妙案があるわけでもない。僕は頷いた。
「了解。」
「よし、じゃあユニス。あの花は私のバックパックにしまっておこう」
リリエットの方を見ると、彼女は真剣な顔ですっと手を差し出してきた。
「万が一やつに取られたら困る。」
その真剣な目に、ちょっと笑ってしまいそうになる。
「了解。それに、バックパックの一番上はちゃんとただのルビーリンゴにしておくよ」
蒼蓮の花だけが貴重というわけではない。
ドロップの少ない癒しの薬草や、初めてドロップした《アメジストリンゴ》も、大事な戦利品だ。
「それが良い」
リリエットは、そう満足げに言った。
* * *
西門が見えてきた。
僕はバックパックを少し背中から浮かせるようにして、バインドウィップを背中に差し込んだ。
いつでも引き抜けるように、柄の位置を調整する。
リリエットは、昨日と同じように少し距離を取って僕の背後を歩いている。
ただの帰り道に見えるが、どこか緊張感がある。
意識しすぎているのが相手にバレないように、僕はなるべく自然に歩く。
商人や冒険者でにぎわう通りを抜け、徐々に人通りの少ない区画へ――
……しかし。
歩いて……歩いて……。
誰にもぶつからない。
背後に気配もない。
とうとう、人通りの多いエリアを抜けてしまった。
気配を察したのか、リリエットが近づいてくる。
「うむ。どうやら今日は来ないらしい」
「そうだね……昨日の今日で警戒しているのかもね」
僕は思わず肩の力を抜いた。
無事だったのは喜ばしいことだけど、なんだか少し拍子抜けしたような、妙な疲れが残った。
──まったく、無駄に精神力を使ってしまったな。
* * *
気を取り直して、その足で素材をギルドに売りに行った。
ドロップアイテムの中でも、《癒しの薬草》、《アメジストリンゴ》、《蒼蓮の花》の3つは売らずに取っておいた。
どれも貴重で、素材として使いたい可能性があったからだ。
一方、手に余るほど集まった《しなる触手》は初めて売却することにした。
受付の人いわく、あれは丈夫なロープの素材として人気があるようで、
一本あたり30ゴルドという、意外に悪くない値段で買い取ってもらえた。
* * *
部屋に戻ると、ほっと一息つく。
椅子に腰を下ろした僕に、リリエットが静かに尋ねてきた。
「今日は……やはり、あの花を融合するのか?」
彼女の言う“あの花”とは、《蒼蓮の花》のことだ。
「それもいいんだけどね。今日は、《癒しのミックスジュースポーション》を使っちゃったから、薬草を使ってポーションを補充しておこうと思うんだ」
「なるほど。確かに、あれは思ったよりも効果が高かった。万が一に備えて作っておくのは良いことだ」
リリエットが素直に頷く。
実際に飲んだ彼女が認めるということは、それだけ実戦でも役立つと感じている証拠だ。
前回、僕は《ミックスジュースポーション》に《癒しの薬草》を融合して、あのポーションを作った。
けれど今回は、《空きポーション瓶》と《癒しの薬草》を直接融合する。
きっとうまくいく……はずだけど、少しだけ不安もある。
僕はバックパックから空きポーションと、癒しの薬草を取り出す。
深呼吸ひとつ。
そして、意識を集中して念じた。
融合。




