眠り姫
融合で生まれた《バインドウィップ》を、僕はリリエットと一緒に試してみることにした。
部屋の中では手狭なので、宿の裏手にある小さな庭に移動する。普段はネルコが洗濯物を干すのに使っていたりするが、今は誰もいない。
まずは思いっきり振ってみた。
予想以上に勢いよく鞭がうねり、バシンッと空気を裂くような音を立てて地面に叩きつけられる。僕は思わず目を見開いた。
「なんかこれじゃあ、思ったより荒っぽいね……」
僕たちのように防具を身につけていればともかく、素肌に当たったら下手すると皮膚が裂けるかもしれない。
武器である以上、ある程度の威力は当然だ。でも相手がスリとはいえ、年下の女の子にこんなものを本気で叩き込むのは、さすがにためらいがある。
それに流血沙汰になれば、さすがに衛兵が来るかもしれない。
「もっと、力を抜いて鞭を相手に絡めるようにしたらどうだ」
リリエットが助言をくれた。
「ちょっと、試してみろ」
そう言って、リリエットは聖銀の盾を構えた。
……これはこれで抵抗がある。だが、リリエットの目は真剣そのものだったので、やってみることにした。
「じゃあ、行くよ」
力を抜いて、何か軽いものを投げるようなイメージで腕を振る。
鞭が盾に当たり、その反動でしなり、裏に回り込んでリリエットの腕に絡みついた。
「おお、うまいじゃないかユニス」
リリエットが満足げに微笑む。
僕も少し驚いた。
「うん、リリエットの助言が良かったのかも。なんだか、うまくいったね」
その後も何度か試してみたが、軽く振るうような使い方が最もしっくりきた。
「ねえ、なんか僕の技術というより、鞭の性能かも」
軽く振っただけなのに、鞭は物に当たると自然にしなり、巻きついていく。鞭自体が意思を持っているというと、少し大袈裟だが、一人でに絡みに行っているかのようだった。
「ふむ、そのようだな。だが、これなら奴に目に物見せてやれる」
リリエットは自信に満ちた顔で頷いた。
前から思っていたけど──もしかしたら僕の《鑑定》って、あんまり性能が高くないのかもしれない。
スライムの小手のときもそうだったけど、実際に使ってみると《鑑定》では見抜けない特性がある。
融合スキルのおまけみたいにくっついてきた力だから、把握できる情報が少ないのかもしれないな。
まあ……とにかく、今回はリリエットも満足そうだし、よしとしよう。
* * *
夕食を取りながら、僕たちはスリの少女のことを話し合った。
「また来ると思う?」
「……次は警戒しているかもしれないな。だが、わざわざ冒険者を狙っているなら、何か目的がある可能性もある」
リリエットはパンをかじりながら言った。
「とりあえず、明日もトレントのダンジョンに潜る。帰り道でまた出くわすようなら──今度こそ、捕まえる」
その目には、静かな闘志が宿っていた。
* * *
翌朝、僕たちは再びトレントのダンジョンへ向かった。
五階層までの道のりは、先日メモを取っていたおかげで順調に進める……かと思われた。
だが、四階層で予想外の敵が現れた。
紫色の霧をまとった、変異体のトレント。
「……あれは、ギルドの情報にあった個体だ!」
リリエットが声を上げた。
全身から淡い紫のもやを発しながら、異様な気配を放っている。
「霧の攻撃に気をつけて!」
僕は声を張り上げる。
以前、月蝕ミカンをドロップした個体が吐き出してきたあの霧と同じ気配がする。
動きは通常のトレントよりも素早いが、今の僕たちなら対処できる。リリエットと連携して攻撃を加え、順調に追い詰めていった。
──そのとき、トレントが口から紫の霧を一気に噴き出した。
狙われたのはリリエットだ。
だが、リリエットは警戒していたおかげで、慌てず、すぐに霧の外へと退避する。
「さすがリリエット!」
安心しかけた、次の瞬間だった。
霧の範囲を抜けたはずのリリエットが、ふらりと体を揺らし、そのまま崩れるように倒れ込んだ。
「リリエット!」
焦る気持ちを抑えつつ、まずはトレントを倒すことに集中する。
胴体に炎蜥蜴の斧を叩き込むと、トレントは悲鳴のような音を立てて霧と共に消え去った。
すぐにリリエットに駆け寄る。
「……寝てる?」
口に手を当てると、浅く規則正しい呼吸。意識を失っているのではなく、完全に眠っているらしい。
けれど、額から少し血がにじんでいる。
慌てて《若木の帽子》を外し、傷を確認する。
「……切れてる。倒れたときに地面にぶつけたんだ」
傷は浅い。だがこのままではよくない。
「リリエット、起きて!」
肩を揺さぶると、ゆっくりとまぶたが開いた。
「……すまない。あの霧のせいか、急に意識が遠のいて……」
「血が出てるよ。大丈夫?」
リリエットは自分の額に指を当て、痛みを確認するように目を細めた。
「ああ、大したことはない……」
僕はバックパックを開き、《癒しのミックスジュースポーション》を取り出す。
ダンジョンに入るときは、念のためいつも忍ばせていた。
「はい、これ。飲んでみて」
リリエットは素直にそれを受け取り、ひとくち飲む。
「……これは……旨いな」
思わず笑ってしまいそうになる。
「ねえ、リリエット」
少しだけ真面目な声で言う。
「いや、すまない。……どうやら、血は止まったようだ。それに……少し腫れていたのも、よくなっている。痛みも、もうない」
ポーションの効果が、額の切り傷だけでなく、内側の打撲にも効いてくれたみたいだ。
癒しのミックスジュースポーション──あなどれない。
リリエットの無事も確認できたので、ドロップアイテムを確認する。
紫色のリンゴだ。
表面には艶があり、鮮やかな光沢を帯びている。
どこか幻想的で、惹きつけられるような美しさがある──けれど、その色は明らかに不自然だった。
鑑定。
《アメジストリンゴ:食材》
食材……。
これ、本当に食べて大丈夫なのだろうか?




