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【祝・書籍化!】融合スキルで武器無双!ゴブリンソードから伝説へ  作者: 田中ゆうひ
第二章

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人食い花

 融合の光が静かに収まった。


 僕の手元に残ったのは、深く、濃い紫色の液体で満たされた瓶。


 瓶を少し傾けると、光を反射してわずかに赤みを帯びる。粘性のあるその液体は、まるで宝石のような艶をまとっていた。


 僕は瓶を握りしめ、そっと「鑑定」のスキルを発動する。


 《オブシディアンワイン:飲み物》


 あれ…?


「どんな効果のポーションになったのだ?」


 リリエットが期待を込めた目で身を乗り出してきた。


「いや、ポーションというか……ワインだね。ただの」


「ワイン? 何の効果もないのか?」


「うん。そうみたい」


 思わず肩をすくめると、リリエットはしばらくオブシディアンワインを見つめてから、ふっと微笑んだ。


「なるほどな。だが、まだ使い道があるから、この融合は少しは成功だな」


「使い道?」


 「ワインは“効果”を期待するものではく、味を“楽しむ”ものだろう?」


 そう言って、リリエットはにっこりと笑った。


 ***


 夕食時、僕たちはいつもの食堂で合流した。


 手には、さっきのオブシディアンワイン。


「ネルコ、ちょっと相談があるんだけど」


 厨房から顔を出したネルコに声をかける。


「お酒をもらったんだけど、ここで飲んでも大丈夫かな?」


 ネルコは一瞬目を見開いて、それから楽しげに笑った。


「いいわよ。常連さんだから特別よ。」


「ありがとう」


 ネルコは軽やかな手つきでコップを二つ持ってきてくれた。


 僕は瓶を慎重に傾け、コップに均等に注ぐ。


 量は少ない。元がポーション瓶なので、二人で分けるとほんの一杯ずつしかない。


「じゃあ……今日の冒険の成功を祝って」


 せっかくのワインなのでなんとなくそれっぽいことを言ってみる。


「ああ、乾杯」


 リリエットも笑って、コップを持ち上げた。


 僕は彼女のコップに自分のコップを軽く打ち合わせ、そのまま口をつけた。


 ――旨い。


 口の中でふわりと広がる香り。深いコクの中に、ほのかな甘みと柔らかな酸味が混ざっている。


 渋みは少なく、果実の風味がしっかりと残っていて、舌に滑らかに流れていく。


 ……これは本物だ。いや、本物以上かもしれない。


 驚いてリリエットに視線を戻すと、彼女も目を丸くしていた。


「これは……旨いな」


 目が合うと、リリエットは素直な感想を口にした。


「本当にそうだね。これは……今日の融合は大成功と言わざるを得ないね」


「ああ、そうだな」


 ふたりで顔を見合わせ、自然と笑いがこぼれた。


 それは戦いの緊張から解き放たれた、ごくありふれた、だけどとてもあたたかなひとときだった。


 ***


 ワインの余韻を楽しみながら、僕たちは自然と今後の方針について話し始めた。


「やはり、トレントのダンジョンの稼ぎはいいね」


 僕がそう言うと、リリエットはすぐに頷いた。


「そうだな。当分は、装備のためにトレントの方を探索するのが良さそうだ」


「うん。リザードマンや、これからもっと下の階の魔物を倒すなら、特に防具の強化は必須だよね」


 特にリリエットが使っている皮の鎧はほとんど最低ランクの防具だ。戦闘スタイルが近接寄りなだけに、早めの装備更新が必要だ。


「理想は……リザードマンの鱗の鎧かもね」


「たしかにな。それなら耐久力もあって、長く使えそうだ」


 僕が以前見かけたとき、防具一式の価格は6000ゴルド。高価ではあるけれど、今のペースで稼げば手が届く範囲だ。


「やれやれ、リザードマンを倒すのに、リザードマンの素材で作られた装備がいるなんて、皮肉なものだな」


 リリエットは肩をすくめて、苦笑した。


「でも、もし“防具を強化しておけばよかった”なんて後悔することになったら、取り返しがつかないからね」


「うむ。備えあれば憂いなしだな」


 僕らはコップを持ち直し、再びゆっくりとワインを口に含んだ。


「じゃあ、リザードマンの出るサハギンのダンジョンの四階層は、防具を整えてから挑むとして……今日ギルドで情報が出ていた“人食い花”はどう思う?」


 僕がそう話を切り出すと、リリエットは少し考えてから口を開いた。


「どうだろうな。トレントと同じように火に弱いなら、私たちの装備でも十分通用すると思う」


 予想以上に前向きな返答に、僕は少し驚いた。


「でも……あまり聞いたことのない魔物だから、少し怖いね。情報も少ないし」


「気持ちはわかる。だが、だからこそ倒せれば他の冒険者との差を縮められる」


 ダンジョン討伐は魔物との戦い以外にもある意味で他の冒険者との競争でもある。情報が出そろうまで待っていたら、その頃には、もう誰かに攻略されてしまっているかもしれない。


「そっか、そうだね。それに、あのダガーがある。万が一のときは、麻痺させて逃げる時間くらいは稼げるかも」


 パラライズフィンダガー。今や、僕の探索には欠かせない保険のような存在だ。


「では、五階層への階段を見つけたら、とりあえず様子を見るだけでも行ってみるか?」


「そうだね。慎重に、無理のない範囲で」


 そうして、しばらくはトレントのダンジョンを中心に探索を続けることを決め、その夜は自然と、心地よい余韻のなかで解散となった。


 ***


 翌朝。


 僕たちはトレントのダンジョンを再び進んでいた。昨日のメモを頼りに4階層まで降り、探索を進めた。


 ほどなくして5階層へと続くあっさりと階段を発見する。


「……五階層への階段だな」


 リリエットが目を細めて確認し、静かに呟いた。


「ユニス、どうする?」


 問いかける口調だったが、リリエットの目には静かな闘志が宿っていた。


 僕は頷いた。


「うん、行こう。ただし――無理はしないよ」


「ああ」


 リリエットはニヤリと笑った。


 ***


 

 五階層に降りた僕たちは、まず階段付近の安全を確認するように周囲を探索した。


 地面は苔むして湿っており、天井の岩肌からはツタのようなものがぶら下がっている。


 空気が重く感じる。


 そのとき――それは、不意に通路の先に現れた。


 ――人食い花。


 高さは優に二メートルを超える。


 中央には、ぶ厚く波打つ花弁が幾重にも重なり、その奥に大きな捕食口が開いていた。

 歯のような突起がギザギザと並び、滴る唾液が地面を濡らす。


 そして、身体を支えるのは複数の――木の根のような、蔓のような――異様な触手。


 それらは地面に根付くことなく、自らの意思を持つようにうねり、地を這い、獣の脚のように本体を持ち上げていた。


「来るよ!」


 二つの太い触手が、唸るような音とともに振り下ろされる。


 左右から挟み込むような動き。僕とリリエット、それぞれを同時に狙った攻撃だった。


 ――ドンッ!


 僕は盾を構え、左からの触手を真っ向から受け止めた。


 重みはあるが、想像していたほどの衝撃ではない。


「やあ!」


 リリエットは一歩下がりながら、右からの触手を剣で斬り払う。

 鋭い音を立てて、触手の表皮が裂け、草の汁のような液体が飛び散った。


「よし、行くよ!」


 僕も斧を振りかぶり、盾で受け止めた触手に向かって力いっぱい叩き込む。


 ――ズバッ!


 斧は見事に触手を切り落とし、切断面からは炎蜥蜴の斧の熱で赤々とした火花が散った。


 切り口からぼうっと炎が噴き出し、人食い花が耳を裂くような声で叫びをあげる。


「ッ……!」


 中央の花弁が一気に開いた。


 巨大な顎が現れ、ぐわっと僕たちを飲み込むように襲いかかってくる。


「左右に!」


 咄嗟に声を上げ、僕たちは左右に跳ぶ。


 勢い任せの攻撃は迫力満点だったが、そのぶん隙も大きい。


「今だ!」


 大きく伸びた花の“首”にあたる部分――幹のような茎が、むき出しになっていた。


 僕はそこへ全力で斧を叩き込む!


 ゴギィッ!


 斧が深くめり込み、炎が噴き出す。


 人食い花の身体がびくりと震える。


「はっ!」


 そこへ、リリエットが横から踏み込み、聖銀の剣を二閃。


 切り裂かれた幹がくぐもった悲鳴を上げ、ぐらりと揺れる。


「もうひと押し!」


「うむ!」


 勢いのまま二人同時に攻撃を叩き込み――


 巨大な花がぐにゃりと崩れ、光の粒となって消えた。

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炎蜥蜴の斧やっぱ強いなー
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