「骨棍棒」×「骨棍棒」
融合の光が消え、僕の手には一振りの短剣が残った。
刃は細身で湾曲しており、その半分――切っ先側には、明らかに金属ではない素材が使われていた。
淡い黄色の半透明の繊維が、魚のヒレのように扇状に広がっており、
まるでヒレが刃に溶け込んだような異質な構造だった。
鑑定。
《パラライズフィンダガー:片手剣 攻撃力3 麻痺効果(小) ※ユニス以外が使用すると破損》
手首を軽く動かしながら、刃をじっくり観察するとヒレの部分が微かにしなる。
光を受けた刃の境界線は滑らかに繋がっているが、ヒレと金属の境目ははっきりと目で見てわかる。
「できたのか?」
リリエットがすっと隣に寄って聞いてきた。
異質でありながら、どこか美しさを備えた見た目につい見とれてしまっていた。
「うん。名前は《パラライズフィンダガー》だって、麻痺効果(小)がついてるね」
「ほう、それは狙い通りだな」
彼女が目を細めて刃を覗き込む。その視線は、いつになく真剣だった。
「ヒレの繊維がそのまま刃の一部になっているようだな。だが……これは、ちゃんと斬れるのか?」
「たしかに、火力はあんまり期待できないかも。攻撃力3ってなっているから融合する前より落ちちゃってるね。」
実際、手に持った瞬間に感じたのは“鋭さ”ではなく、“しなやかさ”だった。
サハギンのヒレは鋭いが金属の刃には及ばない。切り裂くというより、痺れさせることに特化したような武器だ。
「ふむ……直接的な威力は低くとも、足止めには使えるかもしれんな」
リリエットは腕を組み、静かに頷いた。
「うん、とにかく一度試してみたいね。サハギンの相手だったら刃は通ると思うから」
「そうだな。
ところで何という名前だったかもう一度言ってくれるか」
「パラライズフィンダガー」
僕は少しゆっくりと発音した。
「長いな」
「長いね」
ふたりで顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
***
翌朝、ダンジョンの入り口に立った。
手にはいつもの炎蜥蜴の斧、そして腰には新たに作ったパラライズフィンダガーが収まっている。
「じゃあ、一階層で単独の棍棒持ちがいたら、ダガーで戦ってみるよ」
「承知した。たしかに棍棒持ちの方が攻撃を防ぎやすいな」
武器を持たないサハギンは、ヒレを使った体当たりをしてくる。
皮肉なことに、棍棒を持っている個体の方が予備動作が大きく、対処しやすいのだ。
一階層を進んでいくと、さっそく単体の棍棒持ちのサハギンを発見した。
「よし、ダガーを試すよ」
斧を背に回し、パラライズフィンダガーを手に取る。
リリエットは軽く頷くと、やや後方に構えて待機した。
聖銀の剣の威力は高く、うかつに攻撃すると実験にならない。
サハギンが棍棒を振りかざし、こちらに突っ込んでくる。
僕はしっかりと盾を構え、その衝撃を受け止めた。
カツンッ!
力をいなし、間を詰めて反撃。
狙ったのは鱗の少ない腹部。
パラライズフィンダガーがしなるように動き、ヒレの刃がサハギンの皮膚を浅く切り裂いた。
その瞬間――
「……!」
サハギンの身体がびくりと跳ね、次の瞬間、ピク……ピク……と、わずかに痙攣し動きが止まる。
すごい。本当に麻痺している。
僕は追撃をせず、そのまま観察を続けた。
いち、に、さん――心の中で三つ数えた頃、サハギンの身体が再び動き出した。
棍棒を振り上げ、怒りにまかせて襲い掛かってくる。
もう一度、攻撃を防ぎながらダガーで腹を切る。
だが――今度は麻痺は起こらなかった。
「リリエット!」
呼びかけと同時に、リリエットが踏み込む。
聖銀の剣が二閃。鮮やかな二撃で、サハギンを倒した。
息をつく。
「ふむ……本当に麻痺したな。これはかなり強力なのではないか?」
「そうだね。ちゃんと効いた。
でも、二回目はダメだったね」
「もう少し、試してみるか」
その後も何度か単独のサハギンを相手に、実験を続けた。
結果として分かったのは、最初の一撃は麻痺が必ず入るということ。
麻痺時間は個体差があるが、だいたい三秒前後。
一度麻痺させた後は、同じ個体にはそれ以上効かない。
耐性がついてしまうのか、それとも別の条件が必要なのか……現時点では検証しきれなかった。
「まあ、検証はこのくらいでいいかもね」
僕は地面に落ちたドロップアイテムを拾いながら言った。
「一度しか効かないとはいえ、十分な効果だな。初撃で足を止められるのは大きい」
「うん、でもサハギン相手なら、最初から斧で倒したほうが早いかもね」
「確かに。今のところは非常用の武器……といったところか」
リリエットの言う通り、使いどころは選ぶだろう。
けれど、それでもこの武器のポテンシャルには、まだ伸びしろがある。
「でもさ。これに毒のヒレも融合したら、もっとすごい武器になると思わない?」
「ほう。麻痺と毒……両方発動したら、さぞ強力だろうな」
リリエットの目が、わずかに輝く。
「よし、じゃあ今日は三階層の階段を探しながら、毒ヒレ持ちを探してみよう」
「ああ、楽しみだ」
リリエットが穏やかに笑った。
***
だが、何度サハギンと戦っても、毒ヒレを持つ個体には出会えなかった。
三階層への階段を先に見つけてしまった頃には、僕らのバックパックはヒレと骨棍棒でいっぱいになっていた。
「どうする、ユニス」
リリエットが振り返る。
「まあ、しょうがないね。今日はここまでにしよう」
きっと、毒ヒレ持ちの個体をわざわざ出てこいと願っているのは、僕らくらいだろう。
帰りの戦闘でも、毒持ち個体は一体も現れなかった。
***
帰り道。
「今日の融合はどうするのだ?」
「そうだね……」
すっかり毒ヒレに期待していたので、急に選択肢が乏しく感じてしまう。
ヒレと骨棍棒の組み合わせはすでに試したハリセンで、さすがにもう使い道はない。
装備中の武器や防具を無理にいじる気にもなれなかった。
「うーん、骨棍棒を二つ混ぜてみようかな」
「なるほど。ゴブリンの棍棒の時はウッドスピアになったのだったな」
「うん。もし骨の槍ができたとしても、今すぐ使えるかは微妙だけど……さらに融合すれば何かの役には立つかもしれないしね」
「たしかにな」
リリエットも、どこかがっかりしたような様子だった。
夢見た毒+麻痺のダガーは、ひとまずお預けだ。
ギルドに戻ると、骨棍棒を二本だけ残して他の素材を売却し、宿へ戻った。
***
「じゃあ、行くよ」
骨棍棒を左右の手に一つずつ持ち、意識を集中させる。
「うむ」
リリエットも、少しだけ期待を込めた表情で見守っていた。
融合。




