「サハギンの麻痺ヒレ」×「ダガー」
「ユニス、それはなんだ……?」
リリエットが、僕が手にしているサハギンハリセンを指さして言った。
「えっと、一応、武器……らしいよ。名前は《サハギンハリセン》だって」
「それで魔物と戦えるのか……?」
「無理なんじゃない?」
僕は苦笑しながら答えた。
今まででぶっちぎりのハズレ武器だ。
「あ、そうだリリエット。これ、ちょっと持ってみてよ」
「いいのか?
融合で作った武器は、ユニス以外が使うと壊れるかもしれないのだろう?」
「だからこそ試したいんだ。壊れてもいいし、どんな風になるのか確かめておきたくて」
「……なるほどな」
リリエットはサハギンハリセンを受け取ると、ヒレの部分を一度たたみ、軽く空中に向かって振ってみた。
――ばしん!
良い音が鳴って、ヒレがきれいに開いた。特に何も起きない。
「いい音がするな、これは」
リリエットは、どこか楽しそうに目を細めた。
「じゃあ、今度は盾に向かってやってみて」
僕は鉄の盾を構えながら言った。この武器なら、万が一でもケガをすることはないだろう。
「よし、任せろ」
リリエットは勢いよくハリセンを振り下ろした。
――すぱーん!
またしても良い音が響いたその直後、ハリセンは粉々に砕け散った。
「おお……」
リリエットも、少し驚いたように声を漏らす。
「なるほど、こうなるんだね。ちゃんと衝撃は伝わってきたから、一度きりで壊れちゃうって感じか」
「どうも、そうらしいな……」
リリエットは散らばった破片を見ながら、少し思案顔になる。
「ところで、これは……どうするんだ?」
床に広がったヒレの残骸を指差しながら、リリエットが尋ねる。
「あ……」
僕は床の破片を見てため息をつき、ネルコに頼んで箒とちりとりを借りることになった。
***
その後、僕たちは一度部屋に戻って身支度を整え、再び食堂で合流した。
夕食をとりながら、僕はふと思い出して、まだちゃんと聞けていなかったことを切り出した。
「そういえば、リリエットの“連撃スキル”って、どんな感じなの?」
近くに他の客はいないが少しだけ小声で聞いた。
「そうか。まだちゃんと説明していなかったな」
リリエットは少し遠くを見るような目をして、言葉を選ぶように語り始めた。
「うまく説明できるか分からないが……あれは、何かの拍子に体が勝手に動くような感覚だ。
最初の一撃が綺麗に入ったとき、続けざまに剣を振っている自分に気づく。
どう動いたかなんて、後から思い出せないくらい自然で――ただ、ものすごく速い」
彼女は自分の手を見下ろしながら、少し戸惑うように続けた。
「毎回できるわけじゃないが、たまに“流れ”に乗ったような感じになるんだ。
意識よりも先に体が動いて、攻撃が連鎖する……そんな感じだな」
「……へえ、それはなんだか凄いね」
素直な感想が口をついて出た。
「どうだろうな。ただ、上手く使いこなせれば……もっとやれる気がしている」
彼女の声には、探究心とわずかな自信が混ざっていた。
「連撃スキル、うらやましいな。僕にも、何かスキルが目覚めたりしないかな」
ぽつりとこぼした僕の言葉に、リリエットは少し考えるように視線を落とした。
「……私は、元々訓練していたのが大きいのかもしれないな。
それに、ユニスは武器をいくつか使い分けているだろう?
それも関係しているかもしれない」
「ああ、たしかに……。でも、敵に応じて武器を変えるのって、ダンジョン攻略としては正しいやり方だと思うんだ」
「そうだな。だから、焦ることはないはずだ」
リリエットははっきりとした口調で続けた。
「ユニスには融合という特別なスキルがある。
……それに、以前言っていた“直感”――あれは、もしかすると融合スキルの成長の兆しかもしれない」
「成長の兆し……?」
僕が問い返すと、リリエットは小さく頷いた。
「私もスキルを得る少し前に、自分の剣が、いつも以上に鋭く、そして素早く振るえる時が何度かあった。
最初は、実戦で磨かれた結果だと思っていたが……今振り返れば、あれは一種の兆しだったのかもしれない」
「……なるほどね。じゃあ、僕の“融合”もいつか、もう少し使いやすくなるかな?」
今の融合スキルは、事前に何ができるか分からないし、融合で作った装備は自分専用、そして一日に一回しか作れない。強力なスキルだが制限も多い。
「きっと、そうだ」
リリエットが力強く頷いてくれたおかげで、僕もきっといつかは良くなると根拠もないのに思えた。
僕らはそんな話をしながら夕食を済ませた。
明日もサハギンのダンジョンに行くことを決めたところで、解散となった。
***
翌朝。
朝食を軽く済ませた僕たちは、それぞれの装備を確認し、ダンジョンへと向かった。
一階層では昨日メモしておいたルートを確認しながら進み、あっという間に二階層へと続く階段にたどり着いた。
ここに来るまでのサハギンとの戦闘は、完勝と言ってよかった。
個体差こそあれど、パターンはほぼ掴めている。武器を持つタイプ、飛び込んでくるタイプ、どちらも問題なく対処できる。それに今のところはまだ毒や麻痺のヒレを持った個体とは遭遇しなかった。
防具も整っている。盾の扱いにも慣れてきた。
スキルが目覚めなくても、ゴブリンを狩っていた頃よりずっと成長している。
階段を降りる前に、一度足を止める。
「ここから先は、二体同時に現れる可能性があるんだったよね」
「ああ。情報通りなら、その確率は高いだろうな」
リリエットは剣の柄に手をかけながら頷く。
「よし。じゃあ、出てきたら――互いに一体ずつ、だね」
「うむ。それが最も安全だな」
頷き合い、僕たちは二階層への階段をゆっくりと降りていった。
二階層に足を踏み入れてすぐ、二体のサハギンと遭遇した。
すぐに武器を構え、リリエットと視線を交わす。何も言わなくても、お互いが何をすれば良いかちゃんと通じ合っている。
動きは遅く、攻撃パターンも一階層と変わらない。危なげなく、あっさりと撃破。
「今のところ、特に問題はなさそうだね」
「うむ。警戒は必要だが、まだ慌てるような敵ではないな」
そのまま慎重に通路を進み、たまに地図用のメモを取りながら探索を続けていた――そのときだった。
「ユニス!」
リリエットが鋭く声を上げた。前方、通路の奥から二体のサハギンがこちらに向かって駆けてくる。
だが、先頭の個体は、他のものと明らかに色合いが違っていた。特にヒレの部分が、くっきりと濃い黄色に染まっている。
「麻痺の個体だね!
こっちは僕が受け持つ!」
すぐに一歩前に出る。スライム素材で防具を強化している分、リリエットより僕の方が安全に受け止められるはずだ。
「承知した!」
リリエットは僕の左側へ素早く位置を移動し、もう一体の接近に備える。
二体はほぼ同時に距離を詰めてきたが、焦る必要はなかった。
麻痺の個体も、攻撃そのものは他のサハギンと変わらない。ヒレに注意しつつ、いつも通りの手順で防御し、反撃する。
盾に当たる衝撃、斧が肉を断ち切る感覚、それらはいつもと変わらず――そしてすぐに、敵は霧のように光の粒となって消えた。
僕たちは肩の力を抜いて、ドロップを確認する。
――鑑定。
《サハギンの麻痺ヒレ:素材》
「毒や麻痺のある個体でも、強さは変わらないみたいだね」
「そうみたいだな。これなら、十分対応できるだろう」
その後も探索を続けたが、三階層へと続く階段は見つからなかった。結局、それ以上の毒持ち個体にも出会わず、バックパックが一杯になったところで、その日の探索を切り上げることにした。
***
帰り道。
「今日はギルドで換金したあと、武器屋に寄っていこうかな」
「麻痺のヒレと融合するための武器か?」
「うん。短剣っぽいのがいいかなって思ってて」
僕は少し前の、あの異形のトレントの戦いを思い出す。
「前にトレントと戦ったとき斧を投げたことがあったでしょ。ああいう時に備えて、予備の武器があった方がいいと思ったんだ」
「なるほどな。しかも麻痺の効果があれば、敵の動きを止めて体勢を立て直す時間も稼げる」
「そうそう。それに昨日みたいな結果になると怖いから、炎蜥蜴の斧やゴブリンソードを使うのは嫌だなと思って」
僕がそう言うと、リリエットは少し笑った。
「たしかにな」
ギルドでドロップ素材を売却すると、合計で410ゴルドになった。
二人分のバックパックが満杯になるほど戦ってこの額。やっぱり、このダンジョンは不人気な理由があるんだろう。
それでも、得るものがなかったわけじゃない。
***
武器屋に立ち寄って、《ダガー:片手剣 攻撃力5》を150ゴルドで購入した。
ゴブリンからドロップするナイフよりも、ずっと分厚い刃で、作りもしっかりしている。最近は稼ぎも安定してきたし、これくらいなら、最悪失敗してもあきらめがつく。
宿に戻ると、リリエットは当然のように僕の部屋についてきた。
「よし、やるんだな?」
ワクワクした表情で、彼女はベッドの端に腰掛けた。
「うん。上手くいくといいんだけど…」
僕は左手にサハギンの麻痺ヒレを、右手に買ったばかりのダガーを持つ。
深く息を吸って――
融合。




