激闘!リザードマン
馬車は迷宮都市へ向かって進んでいた。
日がすっかり上り、昼も過ぎた頃。空には薄雲が広がり、穏やかな陽光が車内に差し込んでいた。
……けれど、馬車の中はどこか気恥ずかしい空気に包まれていた。
斜め向かいに座るリリエットは、窓の外を眺めながら涼しげな顔をしている。けれど、その横顔はどこかよそよそしく、無言の時間が続いていた。
リリエットの……あの言葉、なんだったんだろう
──ユニスは、こんなに髪が短い嫁は、いやか?
思い出すだけで顔が熱くなる。まさかあんなことを言われるなんて思わなかった。
あれは、からかいなのか。それとも……。
いっそ、本人に聞いてみようか
タイミングを探って、口を開こうとした──そのときだった。
馬車が突然、急停止した。
「お嬢様!
ユニス様!」
御者台から、セバスの緊迫した声が飛んできた。
「魔物です!
こちらに向かってきています!」
僕とリリエットはすぐに武器を手にし、馬車の扉を開けて外へ飛び出した。
風に混じって、何かの気配があった。
──敵意。それも、明確な殺気。
街道の先。人型の魔物が地面を蹴るような音を立ててこちらに近づいてくる。
ダンジョンから出てきた魔物だろう。稀にそういうことがあると聞くがまさか自分たちがその場面に遭遇するとは思わなかった。
「ここで迎え撃とう」
僕はすぐに判断した。馬車の速度では逃げ切れない。
「承知した」
リリエットが聖銀の剣を抜き、凛とした声で答える。
「いけません、お嬢様!」
セバスが慌てて制止の声を上げた。
「この距離ではもう戦うほかない」
リリエットはすでに構えを取っていた。
魔物は徐々にスピードを上げて近づいてくる。
僕らから二十メートルほどの距離。
姿が、はっきりと見える。
リザードマンだ。
僕よりも一回り大きな体躯。
全身は緑の鱗で覆われ、尻尾は丸太のように太く、手には何か大型の獣の骨でできたような槍を持っている。
だが──その身体の数カ所から、血が流れている。
「……手負いだ!」
リザードマンは、目を真っ赤にし唸り声を上げながら、なおもこちらへ迫ってきていた──。
僕は一歩、前に出た。
手負いとはいえ、リザードマンは明確な敵意をこちらに向けている。
逃げ場はない。
「リリエット、僕が正面を引き受ける。君は側面から隙を狙って」
「承知した」
相手は一体。初めて対峙する種族の魔物だが、今の僕たちなら、きっと戦えるはずだ。
リザードマンが地面を蹴って駆け寄ってくる。
その勢いのまま、骨槍を鋭く突き出してきた。
「くっ──!」
僕は咄嗟に盾を構え、真正面からそれを受け止めた。
衝撃が腕に響く。だが、槍の素材が軽いためか、鉄の盾なら何とか耐えられる。
「はあっ!」
リリエットが素早く右から踏み込み、低い姿勢から一閃した。
狙ったのは鱗の薄い腹部。斬撃は浅かったが、それでも確かに血が滲んだ。
しかし、リリエットは止まらない。
すぐさま剣を引き戻し、剣先を額に添えるようにして、素早く突きを放つ。
狙いは──頭部。
だが、リザードマンは本能的に首をそらした。
刃は左目の上をかすめ、皮膚を切り裂くにとどまった。
「くっ!」
リリエットが悔しそうに息を吐いた。
僕も続こう、そう思った時、リザードマンが咆哮し、体を軸にくるりと回転した。
嫌な予感が走る。
「尻尾だ!」
僕は叫んだが、それはわずかに遅かった。
うなりを上げ、鞭のようにしなった巨大な尻尾がリリエットに迫る。
「──ッ!」
リリエットは反射的に盾を突き出した。
ガンッ!
盾と尻尾がぶつかる。
衝撃で、リリエットの体が宙に浮いた。
「リリエット!」
僕の心臓が一瞬、凍る。
しかし、彼女は空中で体勢を整え、猫のように両手と両足を使って地面に着地した。
膝を軽く曲げて着地の衝撃を殺し、そのまますっと立ち上がる。
「大丈夫だ!」
リリエットは一瞬息を整えながらも、瞳には戦意が宿っていた。
僕はすぐに頭を切り替えた。
リザードマンは尻尾を振り終えた体勢からのそりと動き、こちらへ向き直ろうとしている。
だが、手負いのためか動きが遅い。明らかに隙がある。
「……もらった!」
僕は全力で踏み込み、渾身の力をこめてフレイムアックスを振り下ろした。
背中の鱗を裂き、刃が肉に食い込む。
直後、炎がほとばしるように爆ぜた。
「ギィアアアッ!」
リザードマンの悲鳴が響く。
僕はさらに距離を詰め、二撃目を振りかぶった。
この距離なら、槍では攻撃できない──そう判断した、刹那。
「っ!?」
リザードマンががばっと口を開いた。
喉の奥が見えるほど大きく開き、首をぐっとこちらへ伸ばしてきた。
噛みつきだ!
僕は即座に身を沈め、しゃがんで回避する。
リザードマンの顎が、つい先ほどまで僕の頭があった位置を通過する。
間一髪だった。しかし、これでリザードマンは隙だらけだ。
次の瞬間、リリエットが左側から駆け込み、剣を大きく振り下ろした。
狙ったのは、伸びきった首。
刃が、骨ごと叩き切る。
ごとりと、リザードマンの頭部が地面に落ちた。
次の瞬間、魔物の体が光の粒子となって、空に溶けていった。
僕たちは息を整え、顔を見合わせて小さく笑った。




