「????」×「空きポーション」
トレントの拳が、リリエットに向かって振り下ろされた。
リリエットは地面に体を投げ打つようにして、ぎりぎりのところでそれを回避する。
だが、トレントは動きを止めない。
今度は、地面に伏せたリリエットを、その巨大な足で踏みつけようとしてきた。
まずい!
僕は何とか体を起こしたが、この距離ではとても間に合わない。
咄嗟に、握っていたフレイムアックスをトレントに向かって投げつけた。
フレイムアックスは真っ直ぐに飛び、トレントの胴に突き刺さる。
炎が弾ける音と共に、トレントが怯んだ。
その隙を逃さず、リリエットが野兎のような俊敏さで体を起こす。
そして、鋭い突きを放った。
聖銀の剣は、フレイムアックスが突き刺さった場所のすぐ横を貫き、トレントの胴に大きな亀裂を生じさせた。
まだリリエットは止まらない。
素早く剣を引き戻すと、剣先を自らの額に当てるように構え、再び伸び上がるようにして突きを放った。
今度は頭だ。
トレントの濁った緑色の瞳を突き抜け、剣先が後頭部から突き出る。
トレントは呻き声を上げ、ぐらりと揺れると、力尽きたように崩れ落ちた。
そして、その巨体は光の粒となって空中に溶けるように消えていった。
カラン…と、フレイムアックスが地面に落ちた。
荒い息をつき、呆然としたような顔をしていたリリエットは、はっと我に返るようにこちらを振り返った。
「ユニス、大丈夫か」
「うん、なんとか怪我はなさそうだよ」
体を軽く動かしながら答える。スライムゼリーを融合した防具たちが衝撃をある程度和らげてくれたのだろう。拳を食らった胸と、叩きつけられた背中が多少痛むが、大事には至っていないようだった。
「それより、最後の突きはすごかったね」
僕が言うと、リリエットははっと目を見開いた。
「そうだ! あれはスキルだ。あの時、頭の中に声が響いたのだ。──連撃スキルだと」
「スキルだって!? すごいよ、リリエット!」
リリエットは、ダンジョンでの戦いを経てスキルに目覚めたのだ。
「ありがとう……だが、長話をしている場合ではないかもしれない。あんな敵がまた現れたら大変だ」
「確かにそうだね。一度、階段の方に戻ろう」
そう言って、まず落ちたフレイムアックスを拾い上げる。ドロップアイテムも拾おうと思い周囲を見渡して──僕は愕然とした。
足元に転がっていた果実は、最初は満月ミカンかと思った。でも、よく見ると全体の半分ほどが緑色のカビで覆われていた。
「あの強敵を倒して、ドロップしたのがカビたミカンだとは……これは持ち帰る価値があるのか」
リリエットは眉をひそめて言った。
だが──僕はそのミカンを見た瞬間、あるイメージが浮かんだ。
ベッドに横たわる少年。その胸に漂う黒い霧。そこへ緑色の霧が現れ、互いに絡み合い、やがて──二つの霧は消え去った。
我に返った僕は、急いでミカンを鑑定する。
《月蝕ミカン:素材》
──不思議な直感があった。
これは、ポーションの素材になる。
「リリエット。このミカンは、ちゃんと持ち帰る価値があるよ。
とにかく、今は外に出よう」
「持ち帰るのか……?
まあ、ユニスに考えがあるなら良い。
ダンジョンを出るのだな、承知した」
リリエットは不思議そうにしていたが、素直に同意してくれた。
***
ギルドに戻った僕たちは、いつものように素材を売却した。
今日の稼ぎは──540ゴルド。
もちろん、月蝕ミカンは売らなかった。
異形のトレントについては、ギルドの受付に報告することにした。
「あの、今日トレントのダンジョンで通常と異なる個体と戦闘になりました。大きさは二メートルほどで、緑色の霧を吐き出しました」
「それは、初めての情報ね。他に特徴は?」
「他のトレントより、ずっと素早かったです」
「なるほどね。ドロップアイテムは何だった?」
僕は少し迷ったが、答えた。
「それが……カビたミカンでした。
食べられそうになかったので、捨ててきました」
小さな嘘だった。けれど、これは必要な嘘だと、自分に言い聞かせた。
「あら、そんなものをドロップしたの。
でも、今度そういう敵に遭遇したら、ドロップアイテムは必ず持ち帰って。
ギルドで調査するから」
「はい、すみません」
僕たちは足早にギルドを後にし、宿に戻った。
部屋に戻ると、リリエットが口を開いた。
「ユニス。まさか……あのカビたミカンを融合に使うつもりか?」
「そう、そのまさかだよ。
今まで作ってたポーションとは別に、空きポーションに融合しようと思うんだ」
「せいぜい、毒薬にしかならなさそうだが……」
僕は先ほど見た、あのイメージを伝えた。
「それは……では、ユニスはルークを見たというのか」
「どうかな。そこまでは分からない。でも、こないだのフレイムアックスの時と同じだ。ある種の直感なんだ。──これは、ポーションになるって」
「なるほど。ユニスがそういうなら、信じよう。それに、毒をもって毒を制する、という言葉もあるしな」
リリエットは小さく笑った。
「じゃあ、行くよ」
僕は空きポーションと月蝕ミカンを両手に持ち、融合を実行した。
──透明な液体で満たされたポーションができあがった。
すぐさま鑑定する。
《抗生ポーション:道具 病気治療(大)》
「やった、やったよリリエット! 抗生ポーション、病気治療(大)だって!」
リリエットは驚愕した顔で固まり──そして、ゆっくりと口角を上げた。
満面の笑み。
「ユニス!」
リリエットは僕に飛びついてきた。
一瞬のことで、僕は凍りついたように体が動かなくなった。
「私たち、やったのね!
とうとう……とうとうポーションを手に入れたのね!」
リリエットは、普段の落ち着いた態度が嘘のように、どこにでもいる普通の少女のようにはしゃぎながら、そう言った。




