異形のトレント
翌朝。
僕たちはいつものように宿を出て、トレントのダンジョンへ向かった。
リリエットが隣を歩きながら尋ねた。
「今日は、どうするんだ?」
「三階層を探索しながら、四階層への階段を探そうか」
「四階層へは降りるのか?」
リリエットが首を傾げる。
「それは、一旦待ったほうがいいと思う」
僕は少し慎重に答えた。
「四階層は同時に何体のトレントが出るか分からないからね。三体以上のトレントに囲まれたら、今の僕たちじゃ対応できない。ギルドの情報が出るまで、待っていいと思う」
「そうだな、三体同時は厳しいな…」
リリエットも同意してくれた。
「四層ではブドウがドロップするらしいけど……ポーションになるかな?」
僕が尋ねると、リリエットは腕を組んで考え込んだ。
「どうだろうな、健康には良いような気がするが、病を治すのは難しいだろうな」
「リリエットは、薬の原料に心当たりある?」
「そうだな……昔からルークは肺が悪かったからな。母様が熊の肺を取り寄せたことがあった」
「熊の肺……?」
「ああ。悪い臓器と同じ臓器を食べると良いという話を聞いたそうだ」
「……効果、あったの?」
リリエットは無言で首を振った。
その仕草に、胸が少しだけ痛んだ。
――当たり前か。もし本当に効果があったなら、リリエットは今こんな危険なダンジョンに潜る必要なんてなかったはずだ。
そんなことを考えながら、僕たちはダンジョンに到着した。
内部に入り、慎重に三階層まで降りる。
三階層では昨日より範囲を広げて、メモを取りつつ探索を続けた。
今じゃ、トレントが二体同時に現れたときの対応もだいぶ様になってきた。お互いに一体ずつ受け持ち、僕が先に倒して連携して残りの一体を倒す。
僕がトレントを倒すまでリリエットは危なげなく一体を受け持つことができる。それどころか最近のリリエットの剣の技はまた一段と鋭くなっている。
特に突きだ。スピードも正確性も依然とは比べ物にならない。硬い樹木の肌を持つトレントには剣による斬撃はあまり有効ではないが、リリエットが放つ正確な突きが顔面に炸裂すると十分致命傷になる。いくら聖銀の剣が他の剣と比べて軽量だとしてもあのように扱えるのはリリエットの技量があってこそだ。
このまま、何事もなく探索が進めばいい。
そう思った矢先だった。
異様な気配を感じ、足が止まる。
目の前の通路に、異形のトレントが立っていた。
そいつは、今まで見たどのトレントよりも大きかった。
体長は優に二メートルを超え、腕のように伸びた枝はごつごつと太く、濁った緑色の瞳がこちらをにらんでいる。
そして何より、口から緑色の霧のようなものが漏れ出ている。
「何だあれは……」
リリエットが低く呟いた。
トレントの周囲の空気がどこか淀んでいる。
ただ大きいだけじゃない、あきらかに普通のトレントとは異なる。
今まではトレントを見つけたらこちらから駆け寄り、先制して主導権を取っていた。だが、この異形のトレントの姿に躊躇してしまった。
次の瞬間、巨体に似合わぬスピードで、トレントが突進してきた。
それを見た瞬間、僕は叫んだ。
「来るよ」
盾では受け止めきれない、そう直感した。
「リリエット! 盾じゃ無理だ、回避を!」
僕は必死に横へ転がるようにして避けた。
リリエットも最小限の動きで横へ飛び、トレントの突進をかわす。
トレントは僕たちを少し通り過ぎたところで急停止した。
慌てて立ち上がる僕。
リリエットはすかさずトレントの背中に攻撃を仕掛けようとした。
だが、トレントはそれを読んでいたかのように、腕を振り回してくる。
リリエットは寸前で身をかわしたが、枝が壁を抉るような轟音が響いた。
「リリエット、大丈夫!?」
「平気だ、問題ない」
リリエットが力強く答える。
僕はフレイムアックスを握り直し、トレントの腕を狙って斬りつけた。
炎と共に斧がめり込み、トレントが怯んだ。
その隙を狙い、リリエットが再び攻撃を仕掛けようと前に出る。
だが、トレントが口を開き、リリエットに向かって緑色の霧のような瘴気を吐き出した。
リリエットはまともにそれを吸い込んでしまい、激しく咳き込む。
無防備になったリリエットに、トレントの拳が迫る。
「危ない!」
咄嗟に僕はリリエットを突き飛ばした。
その直後、トレントの拳が僕を直撃し、僕は吹き飛ばされた。
「ぐはっ!」
石畳に背中を強打し、肺の中の空気が一気に弾き出され、視界が一瞬、白くかすむ。
「ユニス!!」
リリエットは体勢を立て直していたが、僕の方を見て叫んだ。
ダメだ、こっちを見ている場合ではない、前を見なければ。
僕は必死で息を吸って、声を振り絞った。
「リリエット!
前だ、来る!」
トレントの拳が、今度はリリエットを襲う。




