「癒しの薬草」×「ミックスジュースポーション」
翌朝。僕たちは昨日よりも少し早く宿を出た。
今日こそは三階層に挑もうと、僕もリリエットも意気込みは十分だ。
「……そういえば、ユニスはなぜ冒険者になったのだ?」
ダンジョンへ向かう道すがら、リリエットがふと口を開いた。
若葉の帽子のつばを指先でいじりながら、こちらをちらりと見る。
「ああ、それはね……僕は農村出身でさ。
毎日毎日、同じことの繰り返しでさ、うんざりしたんだ。
それに次男だったから畑は兄さんが継ぐ予定だったしね」
「だが、それなら他にも街に出れば仕事はあるだろう? なぜ、よりによって危険な冒険者を目指した?」
「……うーん、最初に興味を持ったのは、冒険者は毎日お肉を食べられるって話を聞いたからかな。それから――」
言いかけて、少しだけ言葉を飲み込む。
そう、次に出てくる話は、「冒険者になってダンジョンの主を倒せば貴族になれるかもしれない、そしたらお嫁さんをたくさんもらえる」――という夢のような話だ。
だけど、目の前にいるリリエットにそれを言うのは、なんだかちょっと恥ずかしかった。
「それから?」
リリエットが小首を傾げて催促してくる。
「えっと……それから、自分がどこまでやれるか知りたくなったんだ。ただ言われた仕事をやるんじゃなくて、自分の力で、どこまで行けるのかをね」
「なるほど。それは立派な考えだな。……だが、何か隠していないか?」
「え?」
「私があれだけ本心で、ポーションを求めている理由を話したというのに。ユニスだけ、隠し事というのはないだろう?」
リリエットは少しからかうような口調だったが、その言葉にどこか責任を感じた。
「……結婚したかったんだよ」
思わず言葉がこぼれた。
「僕は次男で、村にいたら結婚できるかも怪しかったし。村じゃダンジョンの主を倒した冒険者が貴族になってお嫁さんを何人も貰ったって話を聞いたから…」
あっさり言ってしまえばいいのに、変に引っ張ったせいで自分でも余計に気恥ずかしくなる。まるでリリエットを意識しているみたいで――。
「……なるほど、そうか」
なぜかリリエットも、視線を逸らすように小さく呟いた。
「わ、私のご先祖様も、まさに冒険者から貴族になった方だが……確かに、側室がいらしたそうだ…。だ、だが、父は母一筋だ」
急に早口になったリリエットに、僕もつられて慌てた。
「そ、そうなんだ」
どことなく気まずい空気が流れる。
そんな雰囲気を振り払うように、僕は視線を彼女の手元に移した。
「あっ、そうだ。話は変わるけど、昨日買った小手、いい感じだね」
「うむ、そうだな」
リリエットは調子を取り戻したように、狼革の小手を軽く撫でた。
「三階層では二体のトレントと同時に戦うことになるだろう?
防御力があるに越したことはない」
「うん、頼りにしてるよ」
そんな会話をしながら歩くうちに、僕らはダンジョンの入り口に辿り着いていた。
***
ダンジョンに入り、まずは昨日と同じルートで二階層への階段を目指す。
道中、何体かのトレントと遭遇したが苦戦はしなかった。
フレイムアックスで先制し、二人で畳みかける。このコンビネーションは、まるで長年連れ添ったパーティのように噛み合っていた。
一体、また一体と、トレントを倒していくたびに、互いの動きがどんどん自然になっていくのがわかった。
「……着いたね」
二階層へ続く階段に到達した。
リリエットも小さく頷く。
「今日は、昨日と逆で右側の壁に沿って進もう」
「承知した」
僕らは壁沿いをなぞるように、慎重に探索を続けた。
道中のトレントも一階層と同じで、今の僕らの脅威ではない。
メモを取りながら道順を記録していく。
そして――
「……あった!」
見つけた。
三階層へと続く階段だ。
バックパックを肩にかけ直しながら、中身をちらりと確認する。
まだ三分の一ほどしか埋まっていない。まだ余裕はある。
「行くか?」
リリエットが僕に問いかけた。
「うん、今の僕らならいけるはずだ」
「そうだな」
深く呼吸を整える。
「三階層では二体同時に出てくるかもしれない。そしたら、それぞれ一体ずつ相手をしよう。
一人に二体の攻撃が集中しないように気を付けて。僕は左側、リリエットは右側の敵を相手する」
「承知した」
リリエットは軽く剣の柄を握り直し、引き締まった顔で応えた。
そして、僕たちは階段を降りた――。
***
三階層は、空気が一段と湿っぽく感じた。
石畳もところどころ苔むして滑りやすくなっている。
慎重に足元を確認しながら進むと、すぐに――
「……来た!」
通路の奥から、ずしん、ずしんと重たい足音が聞こえた。
二体のトレントだ。
両脇に広がるようにして現れたトレントたちは、こちらを見つけると、ぐわりと腕を振り上げた。
「行くよ、リリエット!」
「了解!」
僕は左側のトレントに向かって駆け出した。
フレイムアックスを振りかぶり、最初の一撃を叩き込む。
右肩から左胸にかけて刃が樹皮を裂き、炎が一瞬だけ燃え上がる。
トレントが仰け反った。
ちらりとリリエットの方に目線をおくる。あちらも、もう一体とのトレントと戦闘に入ったようだ。
しっかりと初撃を盾で防げている。
そこまで確認して、トレントに向き直る。
トレントは体勢を立て直しつつ、今度は左腕を後ろに引いて横なぎに拳を振るつもりだ。
リリエットがいたら安心して、追撃できたが今はそうではない。
斧を持った右手を体に引き戻し、左手の盾を前に出し攻撃に備える。
ガンッ!
鉄の盾とトレントの拳が衝突する。
衝撃が腕を震わせるが、構わず左腕に斧を叩き込んだ。
炎がほとばしり、トレントの腕を焼く。
トレントの腕はだらりと下がり、怯んだように後退する。
今だ!
振りぬいた斧を今度はすくい上げるようにして、振った。
フレイムアックスはトレントの顔面をとらえ、炎がトレントの頭を包んだ。
力なく倒れていくトレント。
すぐに、視線を横のリリエットの方に移す。
ちょうど、トレントの攻撃をリリエットが後ろに下がり回避していた。
チャンスだ!
僕は渾身の力を込めて、横からフレイムアックスを叩き込んだ。
炎が爆ぜ、刃が胴体に深くめり込んだ。
トレントが呻き、動きが止まる。
「ハアッ!」
その瞬間、リリエットが気合の声とともに剣を突き出した。
その剣はトレントの右目に直撃し、貫いた。
トレントは崩れ落ち、光の粒となって舞った。
「……やった……!」
リリエットが小さく息を吐き、剣を下ろした。
僕も肩で息をしながら、彼女に向かって言った。
「うん、完璧だったね!」
リリエットは頬を赤く染めながらも、しっかりと笑った。
大丈夫、2体だとしても通用する。
僕は息を整え、地面に落ちたドロップアイテムを拾い上げる。
そこには、見慣れたルビーリンゴと満月ミカンが転がっていた。
「……やはり、リンゴとミカンか」
リリエットもため息交じりに呟いた。
先ほどのトレントの瞳の色は赤とオレンジだった。トレントの瞳の色でドロップが決まるのは今までの経験からして間違いない。
僕たちは何度もリンゴとミカンを集めてきた。
だけど――今日、求めているのは薬草だ。
「……よし、あんまり奥には行かず、階段付近で戦おう。目的は下の階層じゃなくて、薬草だし」
「承知した」
僕たちは、メモを取りながら慎重に探索を続けた。
できるだけ階段周辺から離れないように、進みすぎたら道を戻った。
その後も、トレントと遭遇するたびに戦闘になった。
一体、また一体――僕らは確実にトレントを倒していった。
けれど、どれもドロップするのはリンゴかミカンだけ。
四回目の戦闘を終えたとき、僕は地図のためのメモを取るために膝をついた。
その瞬間、通路の奥から重い足音が響いた――
「ユニス!」
リリエットの鋭い声が響いた。
反射的に立ち上がり、武器を構える。
奥の通路の向こうから、二体のトレントが並んで迫ってくるのが見えた。
そのうち右側の一体――
目が、緑色に輝いている!
「大丈夫、行こう!」
僕は叫ぶように言い、リリエットと並んで走り出した。
二人の間に自然と呼吸が合う。
左のトレントに向かって僕が駆け、右のトレントにリリエットが向かう。
もう心配して、リリエットの様子を伺いながら戦う必要もない。
僕は自分が相手取ったトレントを全力で倒し、残る一体をリリエットと連携して倒す。
あっという間にトレント達は光の粒となって消えた。
そして。
光の粒の中に――見慣れない、手のひら大の葉があった。
鑑定!
《癒しの薬草:素材》
「やったな、ユニス」
リリエットが小さく、でも嬉しそうに言った。
「うん……やった!」
自然と笑みがこぼれた。
今はもう、無理をする必要はない。
「よし、今日は引きあげよう」
「承知した」
***
ダンジョンを脱出したとき、背負ったバックパックはまだ半分ほどしか埋まっていなかった。
だけど、今日の最大の目的――癒しの薬草の入手は達成できた。
「なんとか……薬草を手に入れられたね」
「そうだな。融合が楽しみだ」
ギルドに立ち寄り、リンゴとミカンを売却する。
もちろん、薬草だけはしっかりと手元に残した。
今日の売上は480ゴルド、昨日よりは少ないが目的を果たせたので問題ない。
***
宿に戻ると、僕らは迷わず僕の部屋に向かった。
テーブルに薬草とポーションを並べる。
「じゃあ、いくよ」
「頼む」
手のひらで薬草とポーションを合わせ、そっと融合の力を込める。
――融合!
淡い光がふわりと舞い、二つの素材が溶け合っていく。
数秒後、手元に新しいポーションが現れた。
透明な液体の中に、わずかに緑の光が漂っている。
僕はすぐに鑑定を試みた。
《癒しのミックスジュースポーション:道具 栄養補給(小+)・免疫上昇(小)・傷口修復(小)》
……傷口修復、か。
確かに有効な効果だ。だが、リリエットの弟ルークの病を治すことは期待できない。
僕は、正直に鑑定結果をリリエットに伝えた。
リリエットは、しばらく黙っていた。
「……がっかりした?」
そう聞くと、リリエットは首を横に振った。
「少しはな。だが、ユニス。私はあきらめてはいないぞ」
真剣な表情で、リリエットは言った。
「もともと無謀な挑戦だった。私は、剣と盾だけを持って家を飛び出した。がむしゃらにゴブリンに挑んだ時よりずっと希望はある。」
「……うん。僕も、まだやれることはあるって信じてる」
僕たちは、しっかりと頷き合った。
***
その夜は、宿の食堂で夕食を取りながら、これからのことを話し合った。
癒しの薬草は、求めていたほどの効果はなかった。
だけど、トレントのダンジョンの素材でポーションを作れるという実績は、決して小さくない。
今後も、ポーションの直接ドロップを狙いつつ、トレントのダンジョンを探索していくことに決めた。




