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「ゴブリンソード」×「ゴブリンの牙」

 その日、僕はいつも通り夕方近くまでダンジョンでゴブリンを倒しまくった。

 いや、正確には“いつも以上に”だ。


 ゴブリンソードの威力は圧倒的だった。

 倒すスピードがまるで違う。余計な動きも、無駄な力みもいらない。

 振れば斬れる。それだけだ。


 気がつけば、バックパックはパンパンになっていた。

 ゴブリンの牙、棍棒、錆びたナイフ――どれもいつも通りのドロップ品。

 でも、ここまで一杯になるのは初めてだった。


 今日はもう十分だろう。

 僕はパンパンのバックパックの重みを感じながら、意気揚々とダンジョンを後にした。


 ダンジョンを出て、冒険者ギルドに向かう。迷宮都市ハルシオンの東門から少し歩いた都市中心部にあるギルドに戻ると、僕はすぐに換金所のカウンターへ向かった。


「お、今日はかなり集めたね」


 換金係の中年男性がにやりと笑う。

 僕は慣れた手つきでバックパックを開け、素材を並べていく。


 ――ゴブリンの牙:1本10ゴルド。

 ――棍棒:1本10ゴルド。

 ――錆びたナイフ:1本20ゴルド。


 合計で、200ゴルドちょうど。

 これまでの最高記録だ。


 ちなみに、ハルシオンで一人が普通に暮らしていくには一日100ゴルドが目安だと言われている。

 僕が冒険者になる前にやっていた日雇いの肉体労働――荷運びや建設の下っ端仕事――は、一日働いて100ゴルドもらえた。

 毎日節約して金を貯め、ようやく装備を揃えたあの頃を思い出す。


 ゴブリンを倒し続けて一ヶ月。

 稼ぎは肉体労働の頃と大して変わらない日々が続いていた。

 でも、今日は違う。


 200ゴルド。

 その重みが、手の中にある。


 宿に戻るり、二階の部屋に荷物を置いて一階の食堂に向かう。

 

 僕はキッチンにいる宿屋の店主、ゴードンさんに声をかけた。


「今日は、エールを追加でお願いします」


「おう、了解」

ゴードンさんはこっちに振り向き愛想よく言うと、再び料理の準備に取り掛かった。


 宿代は一泊八十ゴルド。朝晩の食事付き。

 エールを追加で頼むのが、稼ぎが多かった日のささやかな贅沢だった。


 料理はいつもと変わらない。

 こんがりと焼いた腸詰とたっぷりの蒸かし芋、そして申し訳程度の葉野菜。

 ハルシオンに住む他の冒険者に言わせれば、ささやかな食事なのだそうだが、田舎出身の僕からすると腸詰があるだけでご馳走だ。


 そして、今日はエールがある。

 一杯20ゴルド。

 約ゴブリン2体分の値段。


 いつもはじっくり味わうエールを今日はあっという間に飲み干してしまう。


「追加のエールを頂戴」

 他のテーブルに料理を運んでいる宿屋の娘、ネルコに言う。


 エールを二杯も頼む贅沢は人生初めてだ。


 なにせ、今日のエールは格別に上手い。

 エールが変わったわけではない。

 僕が変わったのだ。


 スキルを手に入れた。

 その喜びがエールを上手くしているのだ。


「エールの追加、おまちどうさま」

 ネルコがジョッキをテーブルに置いて言った。


「エールを二杯も頼むの初めてじゃない?」

 ネルコはいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。


 この宿にはもう半年ほど滞在している。

 すっかり常連だ。

 ネルコとは親しいわけではないが、顔を見れば挨拶し、時間があるときはたまに雑談もしていた。

 まあ、そこまで親しくなくても半年も滞在してたまにしかエールを頼まない僕の懐事情については良く知っているだろう。


「良いことがあったんだよ」

 僕は笑顔で答えた。


「顔見ればわかるわよ。」

 ネルコは呆れたように、笑って言った。


「調子に乗ってあんまり飲みすぎちゃダメよ。」

 ネルコはそう言い残し、あっさりキッチンの方に戻っていった。


 確かに、あまり飲みすぎたことがないからほどほどにしよう。


 追加のエールをちびちびと飲みながら、料理を満喫した。


 部屋に戻って、改めて今日起きたことを整理する。


 鑑定、そう念じてゴブリンソードに意識を向ける。


《ゴブリンソード:片手剣 攻撃力12 ゴブリン特攻+100% ※ユニス以外が使用すると破損》


 頭の中に情報が浮かび上がってくる。

 鑑定も立派なスキルの一つだ。


 ダンジョンで手に入れた珍しいアイテムは冒険者ギルドの鑑定士がスキルで鑑定して鑑定書を付けることがあるらしい。


 スキルはポーションで手に入れるほかに、ダンジョンで魔物を倒し続けていると、ある日突然目覚めるようにして身につくことがある。ポーションでスキルを手に入れるより、こっちの方法の方が一般的だ。


 僕が来る日も来る日もゴブリンを狩り続けていたのは、いつかスキルに目覚めるかもという期待があったからだ。


 どうしてポーションによって融合のスキルを手に入れた僕が鑑定を使えるようになったのかは分からない。

 もしかしたら、融合が鑑定より上位スキルだからかもしれない。


 スキルに目覚めた冒険者は、同じスキルを使い続けたり、複数のスキルを使いこなしたりすると、ある日、いままで使っていたスキルより強力なスキルに目覚めることがあるという話がある。


 融合は鑑定の上位スキルなので、付随して鑑定も使えるようになったということだろうか。


 バックパックの中からゴブリンの牙を取り出す。

 売らずに一つだけ残しておいたのだ。


 右手にゴブリンソード、左手にゴブリンの牙を持ち、

 「融合」と念じてみる。


 何も起きない。


 “使用は一日一回限定。”

 やっぱり駄目だったか。


 予想通りの結果だったが、少しだけ落胆した。


 次にバックパックに向かって「鑑定」と念じてみる。

 ……何も起きない。


 その後、部屋にあるベッドや木の椅子、毛布など、色々と鑑定を試してみたが何も起きなかった。

 鑑定できるものと、そうでないものの違いは分からないが、ギルドの鑑定士は普通はダンジョンで手に入れたドロップアイテムしか鑑定しない。

 もしかしたらドロップアイテムだけが鑑定可能なのかもしれない。


 とにかく、明日試してみよう。


 スキルが手に入って興奮していたが、

 エールの酔いが回ってきたのか、眠気を感じる。


 翌朝。


 朝食を済ませた僕は、部屋の中で融合スキルを起動した。


 融合対象は、昨日のゴブリンソードと、残しておいたゴブリンの牙。


「融合」


 光があふれ、剣が再び変化する。


《ゴブリンソード+1:片手剣 攻撃力12 ゴブリン特攻+101% ※ユニス以外が使用すると破損》


「……それだけ?」


 攻撃力は変わらず。

 特攻効果がたった1%上がっただけ。


 僕はしばらく剣を見つめた。

 昨日の劇的な変化を期待していただけに少しがっかりした。


 ――いや、いい。


 今日が失敗でも、また明日がある。

 このスキルは、組み合わせ次第でまだまだ強力な武器や防具を作れるはずだ。


 僕は希望を込めて、ゴブリンソード+1を腰に下げた。

 そして、再びダンジョンへと足を向けた。

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