「スライムボム」×「ツインアックス」
翌朝――。
ノックの音で目を覚ました。
「ユニス、起きているか?」
「……今起きたよ。入ってきていいよ」
返事をすると、ほどなくしてドアが開き、リリエットが入ってきた。
「まだ寝ていたか、すまない。今日は武器の融合をするのだろう? 気になって、つい……」
ああ、そうだった。昨日作った《スライムボム》と《ツインアックス》を融合する予定だったんだ。
僕は布団の上であくびをひとつし、体を起こす。少しだけ残る眠気を振り払いながら、机の上に置いておいたふたつの素材――青いゼリー状の球体と、手慣れた愛用武器を手に取った。
「そっか、じゃあ……早速融合、しよっか」
そう口にした瞬間、急に胸の奥に不安がよぎった。
「……ねえ、これ、もし変な融合結果になったらどうしようか?」
言っても仕方ないとは思いながらも、思わずリリエットに尋ねてしまっていた。
「変な結果とは、どんなものだ?」
「……たとえば、刃がぷにぷにのスライム製になっちゃったりとかさ」
リリエットは少しだけ目を瞬かせたあと、ふっと笑みを浮かべて言った。
「やってみなければわからないのなら、今さら心配しても仕方あるまい。それに、もしそうなったとしても――また二人でゴブリンを狩ればいいのだ」
リリエットは優しくそういってくれた。
そうなれば、融合でポーションを作る試みは遅れてしまう。
リリエットは今、誰よりも強力なポーションを求めているはずなのに内心の焦りを表に出さずにそう言ってくれたのだと思うと僕も怖気づいてはいられない
僕はそのまっすぐな信頼に、もう一度頷いた。
「……うん。そうだね。今さら心配しても仕方ないよね。自分の直感を信じるよ」
改めてツインアックスを強く握る。
どうか強い武器になってくれ……!
「――融合」
瞬間、光がはじけ、手の中でふたつの素材が溶け合うようにして姿を変えていく。
次の瞬間、僕の手元に現れたのは――
刃が赤く染まった、鋭い片手斧だった。
基本はツインアックスの形をそのままに、刀身が燃え盛る炎のように波打っており、赤く輝いている。斧の中心には、ウズラの卵ほどの赤黒い魔石がはめ込まれている。
僕はすぐに鑑定を試みた。
《フレイムアックス:片手斧 攻撃力12 炎ダメージ+3》
「……すごい!」
思わず声が漏れる。
「どうだったのだ!?」
リリエットが、待ちきれないというように身を乗り出してきた。目がきらきらと輝いている。
僕は彼女に、鑑定結果をそのまま伝えた。
「ほう……それは、凄まじいな!」
リリエットが感嘆の声を漏らした。期待以上の成果に、僕の胸も高鳴っていた。
この武器なら、トレントにも――そして、さらに下の階層の探索にも役立つはずだ。
「よし、じゃあ朝ご飯を食べて、ダンジョンに行こう」
「ああ、そうだな」
フレイムアックスを一旦部屋に置き、僕らは宿の食堂へと降りていった。
朝食はパンと野菜の入ったスープ。いつもと変わり映えしないメニューだが、どこか気持ちが浮き立っていたせいか、味がいつもよりずっと美味しく感じた。
きっとリリエットも同じ気持ちだったのだろう。いつもより食事が早く進み、僕らはあっという間に準備を整えて、街の外れへと足を向けていた。
トレントのダンジョン――その入り口は、前回に比べると幾分静かだった。
トレントはタフなわりに、ドロップアイテムの買い取り価格がそれほど高くない。興味本位で来ていた冒険者たちが、”稼げないダンジョン”だと判断して別のダンジョンに流れていったのかもしれない。
「よし、前回と同じように正面は僕が立つよ」
僕は腰のフレイムアックスに手をやりながら言った。
「新しい武器を手に入れたとはいえ、一日空いたし、慎重にいこう」
そう付け加えると、リリエットがこくりと頷いた。
「承知した。気を引き締めていこう」
彼女の声は落ち着いていて、まっすぐな目をしていた。宿屋ではどこか浮かれているように見えたが、大丈夫そうだ。
ダンジョンに入ってから、しばらくは静かな時間が続いた。
ツタの張りついた壁、湿った空気、ぬかるんだ石畳――何もかもが前回と変わらない。
けれど、手にしている斧が違うだけで、僕の心はずっと軽かった。
そして、少し進んだ先――
「来た」
曲がり角の先、ずしん……と地面を踏み鳴らす重い足音。
一体のトレントが姿を現した。
その巨体は以前と変わらず、ねじれた幹の腕と根のような足で、ゆっくりと僕たちに迫ってくる。
「じゃあ、行くよ!」
僕はフレイムアックスを引き抜き、トレントの正面に立つ。
トレントが拳を振り下ろす瞬間、僕は盾でそれを受け止めた。
――ガンッ!
重い衝撃が腕に走るが、耐えられる。問題ない。
すぐさま、フレイムアックスを振り上げて、トレントの腕に叩き込む。
――ゴウッ!
斧が命中した瞬間、小さな爆ぜる音とともに赤い炎が迸った。
樹皮が焼け焦げ、煙が立ちのぼる。
「燃えてる……!」
明らかにこれまでとは違う手応えだった。
トレントが一歩下がり、呻くような音を上げたその隙を見逃さず、リリエットが斜め後方から突きを入れる。
彼女の聖銀の剣はやはり弾かれたが、トレントの注意を逸らすには十分だった。
「今だ!」
僕はもう一度斧を振り上げ、狙いを胴体に定める。
――ズバン!
刃が深く食い込み、同時に炎の力が一瞬だけ爆ぜた。
トレントの体がぐらりと揺れ、大きくのけぞった。
そして――
どさり、とその巨体が倒れ、光の粒となって消えていった。
「……やった」
思わず息をつく。リリエットも剣を納めながら、うっすらと笑った。
「新しい武器……すごいな。確かに、これは強い」
「うん。斧としての威力も上がってるし、何よりこの炎が効いてるっぽいね」
手にしたフレイムアックスを見下ろす。赤い刃は今も微かに熱を帯びていた。
これは、正解だった。間違いなく。
「この調子なら、下の階層でもやっていけるかもね」
僕は斧の柄を握り直しながら言った。
「今日はできるだけ探索して、下の階層への階段を探そう」
「承知した」
リリエットがこくりと頷く。彼女もまた、戦いを重ねて少しずつこのダンジョンに慣れてきたようだ。
それから僕たちは、左側の壁に沿って通路を進み、慎重に探索を続けた。
途中、何度かトレントと遭遇したが、いずれもフレイムアックスの火力と、リリエットの確実なサポートで順調に撃破していった。
そして、六体目のトレントを倒したところで、リリエットが口を開いた。
「ユニスの斧が、これほど強力なら……戦い方を変えても良いかもしれないな」
「僕も、実は同じことを考えてた」
僕は振り返り、リリエットの顔を見る。
「こっちから殴ったほうがいいかもってことだよね?」
「ああ、そうだ」
今の戦い方は、トレントの初撃を盾で受けてから反撃に転じるというものだった。けれど、フレイムアックスの斬撃と炎は、それだけでトレントの動きを一瞬止めるほどの威力を持っている。
ならば――受けてから反撃するのではなく、最初からこちらが攻めに出たほうが安全なのではないか?
「よし、じゃあ次のトレントを見つけたら、こっちから駆け寄って僕が一撃を食らわせる。リリエットも今度からは後方じゃなくて最初っから並んでサポートして」
「良い案だと思う。それでいこう」
リリエットが素直に頷いた。
そして、次の角を曲がったとき――
「……いた」
ずしん……と音を立てながら、一体のトレントがゆっくりとこちらへ向かってくる。
「行くよ」
僕は構えたまま、ダッシュする。
トレントが腕を振り上げた!
その瞬間、無防備になる胴体に――
「はっ!」
フレイムアックスを真横から振り抜いた。
――ゴォンッ!
斧が胴に命中し、爆ぜる炎がトレントの体を揺らす。焦げた樹皮が飛び散り、トレントの動きが一瞬止まる。
その隙に、リリエットの剣がトレントの足へと走った。剣ははじかれたが、トレントは体勢を崩した。
「もう一撃!」
僕は足を踏み込み、再び胴体めがけてフレイムアックスを振るう。
刃が樹皮を裂いてめり込み、炎が内部から駆け抜けた。
次の瞬間、トレントの巨体がぐらりと傾き、重たく崩れ落ちる。
煙を上げながら光の粒になり、地面に赤いルビーリンゴが一つ転がった。
「……うまくいったね」
「うん、やはりその斧は強い。
最初に主導権を握れるのは大きいな」
僕はフレイムアックスを軽く持ち直し、手に伝わる確かな感触をもう一度確かめた。
この武器なら、いける。
僕たちは、今まで以上に確かな手応えを得て、さらに深い探索へと歩を進めた。
その後も、僕たちは順調にダンジョンを探索し続けた。
新しい戦い方は見事にハマり、今までとは比べものにならないほど楽にトレントを倒せるようになっていた。
リリエットと並んで駆け寄り、フレイムアックスの一撃で主導権を握る。そして怯んだところに連携して追撃を加える――この流れが完成されつつある。
そして、僕らのバックパックがルビーリンゴと満月ミカンで一杯になりかけたころ、ようやく通路の奥に階段が姿を現した。
二階層へと降りる階段だ。




