「スライムの魔石」×「火打石」
融合の結果を見届けたあと、リリエットは「ありがとう、ユニス」と小さく言い、部屋に戻っていった。
僕も、ようやくいつものように装備を外し、布で汗を拭く。斧と盾を振り回した今日の疲れが、じわじわと身体に残っていた。
しばらくして、僕たちは再び一階の食堂で合流し、夕食を取ることにした。
今日の料理は肉がゴロゴロと入ったシチューとパン。ジャガイモではなくパンが付くのは少し珍しい。シチューは、しみじみとした温かさを感じる味だ。
「ユニスの“融合”というスキル……不思議だな」
リリエットがスプーンを置き、ぽつりとつぶやいた。
「僕も、そう思うよ」
「やはり、ダンジョンに潜っていて目覚めた能力なのか? 私も、このまま探索を続けていれば、いつかは何かのスキルに目覚めるのだろうか」
そういえば、リリエットには融合スキルについて詳しくは話していなかったな。
「いや、あのスキルはダンジョンで目覚めた能力じゃないよ。僕ももう一か月はダンジョンに潜っているけどまだ何のスキルも目覚めてないんだ。リリエットもいつかはスキルに目覚めるかもしれないけどそんなにすぐではないと思うよ。」
「では、どのようにしてその能力を身に着けたのだ?」
「実は――ポーションで手に入れたんだ。白いポーションでね」
「ポーションで、スキルを……?」
リリエットは目を見開いた。
「そう、ただあんまり期待させると悪いけど、僕がポーションをダンジョンでドロップしたのはそれが最初で最後だよ。それにどの色のポーションが落ちるかも完全に運任せだし」
「……なるほど。それでも、望みはあるということか」
「うん。だから、金のポーションもいつか落ちるかもしれないし、融合で作れるかもしれない。両方、狙っていけばいいんだよ」
そこから先は、料理を食べながら、ゆるやかに融合スキルの話をした。
これまで融合してきたアイテムのこと。一日に一回しか融合できないこと。装備アイテムは他の人が使うと壊れてしまうらしいということ――。
「では……あの剣も、融合の産物だったのか」
リリエットは、少し感心したように頷いた。
「しかし、一日に一回しかできないっていうのは、少しもどかしいな」
「そうだね。それに、融合してみるまで何ができるかわからないのも、ちょっと怖いよね」
「だが、上手くいけばあの剣のように強力な武器になるのだろう?」
「うん、それで思い出したんだけど……」
僕はスプーンを置いて言った。
「実は明日、武器の融合を試そうと思ってる。トレントのダンジョンは、今の僕たちにとって、ぎりぎりの戦いだった。ましてや三階層は、今のままじゃ絶対に無理だと思う」
「私も……そのことは考えていた。さっきの話を聞くに火打石あたりを斧に融合すれば、相性は良いのではないか?」
「うん、僕も同じ考えだった。明日は、まずギルドに寄って火打石を買おう」
その夜は、それで話がまとまり、僕らは早めに休むことにした。
***
翌朝――。
目が覚めた僕は、装備を整えて、食堂に向かおうと階段を降りた。
今日は火打石を買って、ツインアックスに融合するつもり……だったのだけど。
なぜか、ある“予感”があった。
火打石じゃない。もっと魔力の強い何かと融合した方が良い――そんなひらめきが、胸の奥からふと湧き上がった。
理由は、自分でもわからない。ただ、そうすべきだという確信だけがあった。
食堂に着くと、リリエットがいつもの席で僕を待っていた。
「おはよう、ユニス」
「おはよう、リリエット」
「今日は朝食を取ったら、ギルドに行って火打石を買いに行くのだったな」
「そのことなんだけど……少し、考えが変わったんだ」
「……?」
「実は、ちょっと“ひらめき”みたいなものがあって。違う融合を試したほうが良さそうな気がする。それで、急なんだけど、今日はスライムを狩りに行かない?」
リリエットは少し目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「なるほど。ユニスがそう言うなら、信じよう」
そうして、僕たちはスライムのダンジョンへ向かうことにした。
***
このスライムのダンジョンの入り口に立つのは、久しぶりだった。
スライムは、動きは遅いが、油断すれば命を落とす可能性がある。取り付かれたら最後、身体を溶かされてしまうからだ。
けれど、今は僕一人じゃない。リリエットがいる。
「じゃあ、行くよ」
僕は振り返って言った。
「さっきも説明したけど、リリエットは基本僕の後ろにいて、他のスライムがいないか警戒してほしい。それから……万が一、僕がスライムに取り付かれたら、攻撃しまくってなんとか引きはがしてほしい。多分、斬るんじゃなくて突くほうが効くと思うから。」
「……ああ、了解した。任せてくれ」
そう言ってリリエットは剣を手にした。
僕らは静かにダンジョンの中へと足を踏み入れた――。
ダンジョンに入ってすぐ、目的の魔物が姿を現した。
――青いスライム。
ゆっくりとこちらに向かってくる様子は、何も知らなければ無害に見える。けれど、あの体の中には強力な消化液が詰まっていて、取り憑かれたら最後、装備ごと身体を溶かされてしまう。
前回と同じように、僕は距離を取りながら火花の両手槍でスライムを突く。ひと突きしたらすぐに後退し、再び接近して突き、また下がる。その繰り返し。
ほどなくして、スライムはぶるぶると震えながら光の粒になって消えた。
地面には、いつものスライムゼリーだけが残されていた。
「……私はただ見ているだけだな」
背後から、リリエットが少し困ったような声を出す。
「それでいいんだよ。いざって時に助けてくれる仲間がいるってだけで、全然違うんだ」
それは、嘘ではなかった。
前回は一人だった。そのせいで、肉体的な疲れ以上に、精神的な緊張感にずっと襲われていた。今日は違う。背中を預けられる誰かがいるだけで、これほど楽になるとは思わなかった。
そのまま僕たちはスライム狩りを続け、六体目を倒したときだった。
光の粒とともに、地面に転がったのは見慣れたゼリーではなかった。
それは、飴玉ほどの大きさの、半透明の球体。
「出た……!」
僕はすぐに鑑定を試みる。
《スライムの魔石:素材》
間違いない。狙っていた素材だ。
「これが、探していたアイテムか?」
「うん、そうだね。思ったより早く出たよ」
「そうか、それは僥倖だな。では、今日はもう帰るのか?」
「いや、まだまだ稼がないとね。昨日はちょっと稼ぎが少なかったから」
昨日の稼ぎはルビーリンゴ8個で160ゴルド。ひとり80ゴルド。ちょうど宿屋の一泊分というレベルだ。
「なるほど、確かにそうだな」
その後も僕たちは、黙々とスライムを狩り続けた。
運が良かったのか、一度も取り憑かれることなく、計30体を撃破。スライムの魔石は結局、その後は一度もドロップせず残りは全てスライムゼリーだった。
***
帰り道。
「……今日は私は本当に見ているだけだったな」
リリエットが、少し申し訳なさそうに口を開く。
「なに言ってるの。リリエットのおかげで安心して戦えたんだよ。前回はこんなに狩れなかったしね」
「そうか……それならばよいのだが」
リリエットはほんの少し微笑みかけてから、手にしたスライムゼリーを見下ろした。
「しかし……こんなに大量のスライムゼリーを、ギルドは一体何に利用しているのだ?」
「……えっ」
僕は思わず言葉に詰まってしまった。
スライムゼリーの用途――それは僕は村にいたころから知っていた。でも、あれって……もしかして、男の間でしか有名じゃないのか?
「えっと、その……まあ、一種の医療品、かな?」
「なに!?薬になるのか!」
「えっ、いや、そうじゃなくて……その……」
リリエットの澄んだ瞳が、興味と期待に満ちて僕を見つめてくる。
……やばい、逃げ道がない。
「あの、言いづらいんだけど……避妊具の、材料になるんだよ」
「……避妊具……?」
「えっと、その、あれに被せて……さ……」
「あっ!」
リリエットが顔を赤く染めながら、思わず声を上げた。
耳の先まで真っ赤になり、口元を押さえて俯く。
「そ、そうだったのか……」
それ以上、何も言葉が出てこない僕らは、なんとなく気まずい空気のまま、しばらく無言でギルドへと歩いて行った。
***
ギルドに戻った僕らは、早速スライムゼリーを買い取ってもらうことにした。
スライムの魔石は、融合に使うつもりなので手元に残しておく。
スライムゼリーは青色も黄色も一つ20ゴルドだ。29個売却したので合計580ゴルドが今日の稼ぎだ。
そのあと掲示板に立ち寄り、トレントのダンジョンに関する情報を確認するが、内容は昨日と変わらず、新しい張り紙もなかった。
「じゃあ、火打石だけ買っていこうか」
「ああ、融合の素材となるのだろう?」
「うん。なんとなく、うまくいく気がするんだ」
火打石を一つ購入し、僕らはギルドを後にした。
「結構な稼ぎになったな、ユニス」
リリエットがそう言いながら、ほっとしたように微笑む。
「そうだね。しばらくは宿代の心配をしなくて済みそうだよ」
宿に戻ると、リリエットが言った。
「では、今日も融合をするのか?」
「うん。見てく?」
「ああ、ぜひ」
僕は自室へ入り、スライムの魔石と火打石を机に並べた。
「魔石を直接斧に融合しないのだな?」
「うん。何となくこうするのがいいような直感があるんだ」
この直感は――もしかすると、融合スキルが成長したのかもしれない。同じスキルを使い続けるとより強力になっていくというのは有名な話だ。
しかし、なんとなくぼんやりとそう思うだけなので、ただの思い込みだろうか……。
リリエットの信頼に満ちたまなざしが、若干プレッシャーだ。
「じゃあ、行くよ。融合」
僕は二つの素材を手に取り、融合を発動した。
光がふわりと包み込み、素材はゆっくりと消えていく。
手元に残ったのは、こぶし大のぷにぷにとした球体だった。
青いゼリーに包まれたそれは、内側に赤黒い核のようなものが透けて見えている。
僕はすぐに鑑定を行った。
《スライムボム:道具 炸裂時に範囲炎ダメージ(小)》
なるほど……こうなるのか。
僕は鑑定結果をリリエットに伝えた。
「ほう……面白いアイテムだな。これは、ユニスの思った通りなのか?」
「いや、何になるかまではわからなかったんだ。でも、明日の朝、これとツインアックスを融合してみようと思う。上手くいけば強力な武器になると思う」
「それは……期待大だな」
リリエットが、いたずらっぽく笑う。
その笑顔を見ながら、僕はスライムボムをそっとテーブルの隅に置いた。
どんな武器になるのか、明日が楽しみだ。
あとがき
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