「ツインヘッドダガー」×「棍棒」
朝、宿の食堂に降りると、ルークはすでに席についていた。
テーブルの上にはパンとスープが置かれているが、手を付けた様子はない。
どうやら僕を待っていてくれていたらしい。
ちょっと悪いことをした気分になる。
「おはよう。もう起きてたんだね。体調はどう? 昨日の傷、痛んだりしてない?」
僕がそう声をかけると、ルークは顔を上げて穏やかに微笑んだ。
「おはよう、ユニス殿。傷の方は、ポーションのおかげでまったく問題ない。今日から、よろしく頼む」
「そっか、良かった。こっちこそ、頼むよ」
向かいの席に着き、朝食をとる。その後、僕らはそれぞれ部屋に戻って装備を整え、一階で再び合流した。
ルークは昨日と同じ、聖銀の剣と盾を手にしていたが――やはり鎧を身につけていない。服は昨日のままで、防御力にはまったく期待できなさそうだ。それに、背中には荷物を入れるようなバックパックも見当たらない。
「ねえ、ルークって鎧を持ってないの?」
僕がそう尋ねると、ルークは首を縦に振った。
「ああ、持っていない。俺の装備は剣と盾だけだ」
やっぱり。
確かに剣と盾は高品質だが、鎧なしでは不安すぎる。ゴブリンのナイフでも致命傷になりかねない。
「流石にそれじゃ危ないよ。鎧を買いに行こう」
「だが……」
ルークは申し訳なさそうに視線を落とした。
でも、ここで見過ごすわけにはいかない。
「君が怪我したら、僕も困る。それに、もちろんタダとは言わないよ。貸しにしておくから、少しずつ返してくれればいい」
「すまない……恩に着る」
ルークは小さく頭を下げた。
念のため、僕は腰の皮袋を確認する。
中には710ゴルド――昨日の稼ぎと残っていた分を合わせた金額だ。
連泊する場合、宿代は原則として朝に支払う。
僕はルークの分も含めて160ゴルドを受付で払い、残金は550ゴルドになった。
僕らは昨日の帰りに寄った防具屋へ向かった。
目的は、ルークのための防具一式。
とはいえ、予算には限りがある。全身分は到底買えない。
店主と相談しながら、まずは動きやすさと重要性を重視し、皮のグリーブを左右、上半身を守る皮の鎧、そして剣を持つ右手の皮の小手を選んだ。
合計でちょうど500ゴルド。思い切った出費だが、これで戦闘時の安全性はだいぶマシになるはずだ。
最後に残った50ゴルドで、通りの露店を巡り、なんとか値切ってルーク用のバックパックを購入した。
これで、僕の所持金は見事にゼロ。まったくの無一文だ。
「本当に……何から何まですまない」
ルークは申し訳なさそうに俯いたまま、手に入れた防具とバックパックをじっと見つめていた。
「別に、いいよ。あとで返してもらうからね」
あまりにルークが恐縮しているので、僕はできるだけ軽い口調で言った。
「回復ポーション、昨日と今日の宿代、防具とバックパック。
すべてで、1210ゴルドの借りだ。必ず、お返しする」
……一瞬、僕は目を瞬いた。
今、ルークは一切迷いなく数字を口にした。どうやら律儀にその都度、しっかり覚えているらしい。僕も少しだけ頭の中で計算したが、たぶん合ってる。
「まあ、ゆっくりでいいから」
正直なところ、僕としてはルークが一緒にダンジョンへ来てくれるだけで十分に見合うと思っていた。借金なんて形にするつもりはなかったが、ルークの性格を思えば、ちゃんと返してくれるだろう。
装備を整えた僕らは、いよいよゴブリンダンジョンへ向けて歩き出す。
仲間と並んで歩くのは、初めての経験だった。少しだけ足取りが軽く感じる。
あっという間にダンジョンにたどり着いた
「最初は一階層で少し慣れよう。ルークがどれぐらい戦えるか見せてよ」
「なるほど、承知した」
ダンジョンに入ってすぐ、前方の曲がり角の先に一体のゴブリンの姿を見つけた。
ゴブリンもこちらに気づくと、奇声を上げて駆けてくる。
「ルーク、頼むよ」
僕は一歩下がり、戦闘の場を譲った。
「ああ、任せてくれ」
ルークは剣を抜き、盾を構えると一歩前に出る。
ゴブリンが棍棒を振り上げて飛びかかってきた、その瞬間――
ルークは無駄のない動きで一歩引き、盾を使って攻撃を流すようにいなす。
足を滑らせるように踏み込み、剣を一閃。続けざまにもう一太刀。
ゴブリンは反応する暇もなく、二度の斬撃を浴びて光となって霧散した。
その一連の所作はどこか優雅で、まるで剣舞を見ているようだった。
僕のような我流の、力任せの剣術とは明らかに違う何かがある。
「すごいね、ルーク」
思わず素直な感想が漏れる。
「私などまだまだだ。ユニス殿は昨日、すべての敵を一撃で倒していた」
ルークは謙遜気味に言うが、あれは明らかに訓練された技術だ。
「武器がいいんだよ」
僕は事実を口にした。
「私もそうだ。この聖銀の剣は、普通の鉄よりずっと軽い。そのおかげで、あのように振るえるのだ」
聖銀か――軽くて扱いやすいなんて、武器にするには理想の金属だ
もし手に入って融合したらどんな武器が生まれるんだろう。
「とにかく、これなら何とかなりそうだね。二階層に行こう。道は分かるから、ついてきて。そこまでの戦闘は僕がやる。ルークは防具がまだ不十分だからね」
「いや、わた……俺もやれる」
ルークは少し言い淀みながらも、力強く返してきた。
「もちろん、わかってるよ。でも本番は二階層からなんだから。無理して疲れるより、力は温存しておいて」
「そうか……分かった」
納得したようにルークが頷いた。
その後、一階層を進む中で三度の戦闘があったが、いつも通り僕がゴブリンソードで一撃ずつ仕留めた。
「やはり……すべて一撃か。ユニス殿は凄まじいな」
階段を降りながらルークがぽつりと言った。
「武器のおかげだってば」
僕は肩をすくめながら答える。
「私も自分の剣がかなりのものだと自負していたが、たとえゴブリンといえど一撃で倒すのは難しい。
ユニス殿の剣は、すごいのだな」
ちらりとルークが腰のゴブリンソードに視線を向けた。
僕は慌てて、柄に彫られたゴブリンの意匠を手で覆う。
「まあ、そうだね……」
話題を変えるように前を向く。
「そんなことより、二階層だ。気を引き締めよう。一体で来たら僕が対応する。二体で来た場合は、それぞれ一体ずつ受け持とう」
「ああ、承知した」
「僕が先導するから、ついてきて」
「分かった」
昨日と同じように、左の壁に沿って進んでいく。
この階層はまだ把握していないが、片側の壁に沿って歩けば迷うことはない――冒険者の基本だ。
しばらく進むと、足音とともに、前方に二つの影が現れた。
二体のゴブリンだ。
「来るよ!」
一体が左、一体が右へと分かれて突っ込んでくる。左右から挟むような形――この階層で初めての連携だ。
僕は左側のゴブリンを迎え撃つ。盾で棍棒を受け止めると、そのまま反撃に移る。
刃が閃き、ゴブリンの肩から胴へと斜めに深く切り込む。悲鳴を上げる間もなく、霧散した。
同時に、右側のゴブリンがルークに襲いかかる。
ルークは一瞬足を引いて体勢を整えると、盾で打撃を弾き返した。
その反動でゴブリンが仰け反る。
ルークの剣が、迷いなくその胴を二度、斜めに切り裂いた。
二つ目の光の霧が舞い上がる。
「……ふう」
ルークが息をついた。戦闘の余韻に包まれる中、僕は思わず微笑んだ。
「やるね。さっきより動きが良かった」
「ありがとう。ゴブリンの動きにも慣れてきた」
なるほど――やっぱりルークは、訓練を受けた剣士なんだ。
元々は人間同士で訓練をしていたのだろう。
この分なら、二階層でもいけそうだ。
ドロップアイテムを拾いながら、ふとルークを見ると、地面に落ちた棍棒をじっと見つめている。
「どうした? 何か変なものでも?」
「いや……ポーション、落ちてないかと思って。」
金のポーションのことか。そんなに簡単に落ちるわけがない。
「そんなに簡単に落ちたりしないよ。でも、まあ可能性がないわけじゃないんだから、地道にやっていくしかないよ」
「あぁ、そうだな……」
落胆の色を隠しきれないルーク。その気持ちは、僕にも分からなくはない。
僕だって最初は、ダンジョンに潜れば運命が変わるかもしれないって、どこかで夢見ていた。けれど現実は、毎日ゴブリンを狩ってその日暮らしが精一杯だった。
粘り強く、続けていくしかないんだ。
「ルーク、ちょっと周りを見張ってて。地図用のメモを取りたいんだ」
「地図か、確かに重要だな。承知した」
僕はバックパックから紙と鉛筆を取り出した。一階層の道はもう頭に入っているが、二階層は未知だ。
だから簡単にでも、ルートを記録しておく。細かい清書は宿に戻ってからでいい。
こうしてメモを取れるのも、仲間ができたおかげだ。ソロだった頃は、ダンジョン内に筆記なんて考えられなかった。
「よし、書けた。次に行こうか」
僕らは探索を再開した。二階層の通路を慎重に進み、戦闘を重ね、やがて二人のバックパックがいっぱいになったところで、ダンジョンを後にすることにした。
街へ戻る道中、僕はルークに話しかけた。
「今日はかなり狩れたね」
「あぁ、ユニス殿のおかげだ。損害もなく、43体も倒すことができた」
「え、数えてたの?」
「ああ、間違っていないはずだ。だが、ポーションが出なかったのは残念だ」
僕は思わず、苦笑した。
僕も一階層を回っていたころは、狩りのペースを把握するために数を数えていたけれど、今日は初めてのパーティ探索だったし、なにより二階層の探索でそれどころではなかった。
きっとルークは、次こそ金のポーションが出るかもしれないという一心で、必死に数えていたんだろう。
その姿勢が、なんだか胸に刺さった。
「ねえ、どうして金のポーションを探してるか、聞いてもいい?」
僕の問いに、ルークはほんの少しだけ目を伏せてから、口を開いた。
「ああ、弟のために探しているんだ。弟は昔から体が弱くて、よく熱を出していた。
それでも、母の献身的な看病と、腕の良い医師の力で、何とか今までやってこられた。
だが先週――咳き込んだ拍子に血を吐いたんだ。
医師は、次の冬は越せないだろうといった。唯一の可能性があるとすれば、金のポーションだけだと…」
「それは……」
僕は思わず言葉を失った。
もし、自分の妹がそんな状態になったら……僕はどんな気持ちになるだろう。想像しただけで、胸が苦しくなる。
「じゃあ、ルークは弟のためにダンジョンに潜ってるんだね。……なんて言っていいか分からないけど、それって本当にすごいことだと思うよ」
「ありがとう」
ルークは微笑んだ。だけどその笑顔はどこか曇っていて、痛みを含んでいた。
なんとなく、それ以上踏み込んで聞くのがためらわれて、それから僕らは無言のままギルドへと向かった。
ギルドに着くと、さっそくドロップ品の換金を済ませた。
今日は460ゴルドだった。ドロップアイテムは換金時に数えたらルークの言う通り43個あった。
「じゃあ、230ゴルドずつだね」
ギルドを出て僕がそう言って皮袋を開くと、ルークがきっぱりと口にした。
「ありがとう。では、少ないがまずは100ゴルド返済したい」
僕は思わず苦笑して、手を止めた。
「急ぐ気持ちはわかるけど、しばらくは持っておいたほうがいいと思うよ。生活するにもいろいろ必要だと思うし、落ち着いてからでいいよ」
「……確かに、そうだな。では、すまないが返済はもう少し待ってほしい。実は――替えの服を買いたいと思っていたのだ」
「なるほどね。それなら、こっちの通りを西に行ったところの露店で、だいたい揃うと思うよ」
本当に、剣と盾だけ持ってこの街に来たんだな……。一体どうやって迷宮都市までたどり着いたのか、気になることは山ほどあった。でも、今は聞かないことにした。
「そうなのか。では少し、買ってくる。……先に宿に戻ってくれ。良ければ、晩御飯はともにと思っているが」
「いいね。じゃあ、戻ったら部屋をノックしてよ」
同じパーティなら、信頼を深めることが大事だ。
僕は一足先に宿へ戻り、自室でのんびりしていた。しばらくして、扉がノックされた。
「ルークかな?」
立ち上がって扉を開けると、案の定、そこにはルークが立っていた。先ほどまでの貴族風の上等な服ではなく、今は誰でも着ているような、ごく普通のシャツとズボンを身につけている。
だが、それがまたよく似合っていた。やっぱり、ルークは整った顔立ちをしている。どんな服でも様になる。
「似合ってるよ」
「そうか……ありがとう」
ルークは少し照れたように顔を赤らめた。
僕らは一階の食堂に降り、夕食をとった。今日の肉料理は、骨付き肉の煮込み。湯気の立つ皿がテーブルに置かれ、食欲をそそる匂いが漂う。
食事をとりながら、僕らは今日の戦闘のことや料理の味について、ぽつぽつと話した。
だが、どこかルークの様子がおかしい。顔が赤く、言葉数も少ない。そして、呼吸が少し荒い。
「ねぇ、ルーク。体調が悪そうだけど……大丈夫?」
「……少し、疲れが来たようだ」
そう言う声も弱々しい。
「今日は早めに寝たほうがいいよ」
「そうだな」
ルークはコップを置き、ゆっくりと立ち上がった。
食事を終え、僕らはそれぞれの部屋へと戻った。僕はドアを閉めたあともしばらくルークのことを考えていた。大事なければいいけど――。
そして、翌朝。
まだ外は薄暗く、窓の外には朝靄が残っている。ルークの様子を見に行こうかと一瞬考えたが、まだ少し早い気もする。寝ていたら悪い。
代わりに、今日の融合について考えることにした。昨日は初めてのパーティでの探索でまたしても融合のことが頭から抜けていた。
昨日は、素材を全部売ってしまっていた。手元に残っているのは、以前から融合用にとっておいた棍棒とゴブリンの牙、それに、昨日作って放置していた失敗作――《ツインヘッドダガー》だけだ。
「どうせなら、こいつを素材に使ってみるか……」
そう、ツインヘッドダガーは使いにくさが目立った完全な失敗作だ。だったら、もはや惜しむ必要もない。素材として、棍棒と融合させてしまおう。
僕はツインヘッドダガーと棍棒を手に取り、両手で構えて強く念じた。
「融合――!」
光が弾けるように舞い上がり、二つのアイテムが一つになっていく。
《ツインアクス:片手斧 攻撃力9》
「おっ……?」
僕の手に現れたのは、想像以上にまともな武器だった。両面に刃がある片手で扱える大きさの斧だ。刃の部分はツインヘッドダガーの時より明らかに大きいのだが、この部分の鉄はどこから来たんだろう。融合スキルの神秘だ。
軽く振ってみると、思いのほか軽く、バランスもいい。
「……これは使えるかもな」
普段は片手剣がメイン武器だが、斧も敵によっては有効かもしれない。特に、表面が硬いような魔物が相手なら、斧の破壊力は剣以上に頼れるだろう。
僕は部屋の中で軽くツインアクスを振ってみた。左右の刃が空気を切る音を立てる。感触は悪くない。
「よし――」
しばらくツインアクスを振って時間を潰したあと、隣のルークの部屋を訪ねることにした。