どうして僕は、冒険者になったのか
今日も変わらず、ゴブリンダンジョンで黙々とゴブリンを狩り続ける。
迷宮都市ハルシオンの東門近くに位置するこのダンジョン、通称ゴブリンダンジョンの1〜3階層にはゴブリンしか出現しない。だが、2階層からはゴブリンが群れで行動するようになり、4階層からはホブゴブリンが現れるという。
ホブゴブリンはゴブリンが成長した姿とも言われており、体格は人間の成人ほどある。ドロップアイテムの種類も変わり、ギルドの買い取り価格も上がる。融合素材としての価値も未知数だ。
3階層までは稼ぎとしては今と大差ないかもしれない。だが、ホブゴブリンの出る4階層に行ければ、大きく展望が開ける。
今日は、その一歩手前の仕上げの日。
いつもより注意深く、ゴブリンの攻撃を観察し、盾で防ぎ、ゴブリンソードで切り裂いていく。
20体目のゴブリンを倒し、ギルドで換金。約210ゴルドの稼ぎだった。
宿に戻り、食事を済ませてベッドに横になる。
横になった瞬間、自分の心臓の鼓動が耳に届いた。
明日は二階層に行く。
緊張しているのが自分でもわかる。
こんなに胸がざわつくのは、初めてダンジョンに潜る前夜以来だ。
今日、しっかり寝ないと明日に響く。
何体もゴブリンを倒してきた。スライムだって倒せた。数が増えるくらいで何を怖がっているんだ。
そう自分に言い聞かせ、目を閉じた。
気づけば朝だった。
皮の兜とスライムゼリー(黄)を取り出し、融合する。
《黄色スライムの兜:防御力2 打撃耐性+2 魔法耐性-1 ※ユニス以外が装備すると破損する》
狙い通りの結果に、満足する。
ただ、見た目はやはり派手だ。
青や緑のスライム装備はそこまで目立たなかったが、黄色は明るく、遠目にもわかる。だが、命には代えられない。
朝食を済ませ、装備を整え、一階に降りる。
掃除中のネルコに声をかけられた。
「本当に兜を黄色にしたのね。せっかく小手はかっこいい感じだったのに……」
からかうような口調だったが、すぐに表情が変わる。
「ねえユニス、どうしたの?」
急に真剣な声色に変わった。
「え、何が?」
「何がって、自分で気づいてないの? すっごい顔してるわよ」
頬に触れてみると、強張っていたことに気づく。
「……今日は、ゴブリンダンジョンの二階層に行こうと思って。なんか、変に緊張してるみたい」
自嘲気味にあえて笑って言った。この迷宮都市ハルシオンの付近には先日出現したという新しいダンジョンを合わせて現在7つのダンジョンがある。ゴブリンダンジョンはその中で最も難易度が低いとされている。そこの二階層に行くのに怖気づいていたらお笑い草だ。そう思った。
ネルコはきっと笑い飛ばすだろうと思ったが意外な反応をした。
手に持っていた箒を近くのテーブルに置いて、真剣な表情で僕の方に歩み寄ってきた。
「ユニス、新しいことに挑戦するのは誰だって怖いものよ。特にダンジョンのことならなおさらね」
そう言って、ネルコはそっと僕の頬に手を添えた。
「変じゃないわよ。むしろ、ちょっと臆病なぐらい慎重なほうが冒険者としてはちょうど良いのよ」
驚いて、動けなくなる。
「……大丈夫。ユニスなら、ちゃんと戻ってこられるわ。私、待ってるから」
一瞬だけ、その手の温かさが伝わってくる。
すぐにネルコは手を引っ込めると、少しだけ照れくさそうな笑顔で言った。
「ま、常連が一人減ったら困るからね。気をつけて、いってらっしゃい」
「……ありがとう。いってきます」
僕はゆっくりとダンジョンへ向けて歩き出す。
その道すがら、自問する。
どうして、自分はダンジョンに潜っているんだろう。
村を飛び出したあの日、自分の人生は自分で決めるんだと、そう思っていた。
でも現実は甘くなかった。
身一つで村を出て、まずは日雇いの仕事で金を稼ぎ、装備を買い揃える必要があった。
怒鳴られながらレンガを積み、重い荷物を汗まみれで運ぶ日々。
村が恋しくて泣いた夜は、一度や二度ではない。
それでも、冒険者になるという思いだけを支えに、ここまで来た。
なぜ、そこまでして冒険者になりたかったのか。
多分最初に意識しだしたのは、子どもの頃に聞いた話からだった。
”都市の冒険者は毎日肉を食べている。”
豆とキャベツのスープをすすりながら、そんな話を聞いて、羨ましかった。
村で肉が出るのは、年に数回の特別な日だけ。
それがきっかけだった。
少し大きくなってからは、ダンジョンを制した冒険者が貴族になり、何人も嫁を貰ったという話を同世代の友達と笑い合った。
うちは三人兄妹。兄さんが畑を継ぐ。妹の相手も父さんが決めるだろう。
僕には、何も残らない未来が見えていた。
だから、飛び出した。
別に家族が冷たかったわけじゃない。
むしろ父さんは村を出る僕に少しだけお金を持たしてくれた。
田舎の村の現金は貴重だった。
村を出る僕にすこしでも持たせてくれた気持ちが嬉しかった。
僕は欲張りなのかもしれない。
毎日肉を食べたいし、お嫁さんも欲しい。できることなら、二人でも三人でも。
それが、一番シンプルな理由だった。
でももう一つ。
どこまで行けるのか知りたい。
特別な力なんてないかもしれない。
それでも、同じことの繰り返しのあの村で人生を終えるのは嫌だった。
だから、自分がどこまで行けるのか。
何を掴めるのか。
それを、この人生で証明したい。
気づけば、ダンジョンの入り口が目の前にあった。
いつものように階段を降りる。
ネルコと話したおかげだろうか。
無駄な力みが減って自然体になれている気がする。
ゴブリンダンジョン第二層へと続く階段は、これまで何度もこのダンジョンに通ったことで、場所はしっかりと頭に入っていた。
階段にたどり着くまでに、四度ゴブリンと遭遇したが、いずれも無傷で切り抜けた。
そして、階段を降りる。
足元に気をつけながら、薄暗い通路を一歩ずつ踏みしめる。着いた先――そこは、やはりいつものダンジョンの景色だった。
特別な何かがあるわけじゃない。ただの、石壁と土の匂いが満ちた薄暗い洞窟。
「……なんだ、別にどうってことないな」
自分にそう言い聞かせるように呟く。
少し進むと、十字路になっていた。右と左、どちらへ進むか。
二階層の構造はまったく知らない。こういうときは、壁の片側に沿って歩くのが鉄則だ。僕は左の壁を選び、それに沿って進むことにした。
しばらく進むと、前方に影――一体のゴブリンがいるのが見えた。
こちらに気づいたのか、甲高い奇声を上げて駆けてくる。
跳躍しながら棍棒を振り下ろす。
左腕で盾を構え、衝撃を受け止める。そのまま反動を殺さずに体を捻り、ゴブリンソードを一閃。あっさりと、ゴブリンは霧散した。
足元には棍棒だけが残っている。
この一か月ずっとゴブリンを狩ってきた。
単体ならどうということはない。
二階層でも必ず複数体で襲ってくるわけではない。
大丈夫。自分にそう言い聞かせて鼓舞する。
そのまま進む。しばらくすると、今度は前方から複数の足音。二体のゴブリンが前方から姿を現した。
とうとう来た!
どちらも棍棒を手に、奇声を上げながら一直線にこちらへ向かってくる。
先頭の一体が勢いそのままに正面から突っ込んできた。
僕は体勢を低く構え、盾を前に出して受け止める。
衝撃が腕に伝わったが、何度も繰り返してきた動作だ。反撃に移ろうとした、そのとき――
もう一体が横から飛び込んできた。
気づくのが一瞬遅れる。
咄嗟に体をひねって棍棒の軌道を外すが、肩にかすった。
「……っ!」
鈍い音と共に肩に衝撃が走る。けれど、痛みはない。
鎧に融合したスライムゼリーが、しっかりと衝撃を吸収してくれた。
ありがたい、と心の中で呟きながら、すぐさまゴブリンにカウンターを叩き込む。
斜め上からゴブリンソードを振り下ろし一閃。
刀身がゴブリンの胴を裂き、光の霧へと変わる。
その間に、最初のゴブリンが跳び上がって再び棍棒を振りかぶっていた。
頭上からの打撃。だが今度は見えている。
僕は一歩踏み込み、盾を突き上げるようにして迎撃する。
ゴブリンの体が空中で弾かれるように浮かび――その腹に、救い上げるようにして振り抜いたゴブリンソードが深く食い込んだ。
空中で裂かれたゴブリンは、霧のように消えた。
二体とも、仕留めた。
2本の棍棒だけがドロップアイテムとしてその場に残った。
大丈夫、二体相手でもやっていける。
喜びが体の内から湧き上がるのを感じながら、ゆっくりと深呼吸した。
まだ、ダンジョンの中だ。
一戦上手くいっただけ落ち着いて冷静になれ。
素材を拾い、バックパックに収めたそのときだった。
「――きゃっ!」
高く、短い悲鳴がダンジョンの奥から響いた。
女性の声。距離は、それほど遠くない。
「……!」
本来、ダンジョン内では他の冒険者との距離を保つのが暗黙のルールだ。
だが、今のは明らかに悲鳴だった。
僕は躊躇わず、声のした方へ駆け出す。
曲がり角をひとつ抜け、さらに先へ進むと、視界の奥に動く影。
いた――壁際に追い詰められた、一人の冒険者。剣を構えているが、体勢は不安定だ。どうやら片足を庇っているように見える。
向かい合うのは、二体のゴブリン。ナイフを構えた一体が、今まさに飛びかかろうとしていた。
僕は力いっぱい地を蹴る。
跳躍性能付きの黄色スライムの靴が、僕の体を弾むように前へと押し出した
距離を詰めながら、右手のゴブリンソードに力を込める。
「間に合え――!」
【あとがき】
ここまで読んでくださりありがとうございます!
第11話では、ユニスのこれまでの歩みや冒険者になった理由を少し掘り下げてみました。そして、次回からは新しいキャラクターが登場します。ぜひ楽しみにしていてください。
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